経済制裁の効果はいかほどなのか(写真:KNS/KCNA/AFP/アフロ)

いまだかつてないほどの強力な内容の経済制裁を受けている北朝鮮。それを北朝鮮はどう逃れ、また国連はどう取り締まっているのか。摘発に努力してきた専門家の苦闘がわかる本が出た。著者で、国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員の古川勝久氏に制裁の実効性などに聞いた。

「制裁には意味がない」と引いてしまうのは大間違いだ

――北朝鮮に対して国連安全保障理事会は、輸出入の禁止をはじめとする強力な制裁を科していますが、北朝鮮の核・ミサイル開発はほぼ完了したとの見方も出てきました。制裁は、実効性があるのでしょうか。

制裁だけで北朝鮮に核・ミサイル計画を断念させるのは無理がある。本来、制裁は外交のためのツールだ。核・ミサイルにかかわるヒト・モノ・カネの動きを封じ込めて核・ミサイル増強のペースを抑えつつ、北朝鮮を交渉の場に引きずり出す。これが制裁の本来の目的だ。

過去の事例を見ると、核・ミサイルを放棄させるには、制裁を「外交的アプローチ」と組み合わせることが不可欠だ。さもなくば武力行使だ。たとえ北朝鮮の核・ミサイルを全廃に追い込めなくても、配備数を最小限に抑え込むことは、日本の安全保障上、死活的に重要だ。「制裁には意味がない」と引いてしまうのは大間違いだ。制裁を粘り強く着実に強化しないといけない。

ただ、日本と国益を共有する国は数少ない。制裁の現場は、各国の利害が衝突する国際政治のパワーゲーム最前線。「国連決議が採択されれば制裁は強化される」と幻想を抱いてはいけない。日本政府は、国連制裁の実効性を高めるべく自ら主導する必要がある。

――北朝鮮側の巧妙な制裁逃れに悔しい思いをされた経験も、赤裸々に書かれています。

北朝鮮は、密輸や資金洗浄などを長年手掛けてきたプロ集団だ。他方、各国の取り締まり当局の担当者は2〜3年で交代する。これでは太刀打ちできない。各国で国連の窓口となる外務省と、貿易や金融等の制裁実務にかかわる関係省庁との連携も悪い。国家間の協力体制も不十分だ。

北朝鮮は法を破ってでも必死で制裁網を突破するが、取り締まる側は法を守りつつ制裁を履行しなければならないので、北朝鮮のスピードに追いつけない。たとえば、日本製品を北朝鮮へ密輸するネットワークの関係者を警察が把握していても、逮捕までに数年かかっている。


古川勝久(ふるかわ かつひさ)/1966年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。米ハーバード大学ケネディ政治行政大学院にて修士号取得。米アメリカンエンタープライズ研究所、米モントレー国際問題研究所、科学技術振興機構社会技術研究開発センター主任研究員などを経る(撮影:尾形文繁)

――本書には、北朝鮮への制裁に対する常任理事国の思惑をはじめ、制裁決議がうまく機能しない事例が紹介されています。

安保理決議には、制裁違反者に対する渡航禁止や資産凍結など、強力な制裁措置が盛り込まれているが、各国が履行しなければ紙の上の文言にすぎない。

決議を曲解して制裁を骨抜きにする、制裁違反の証拠を突きつけられても認めようとしない国は数多い。このような国が安保理のメンバーにいる。たとえばロシア。制裁違反容疑のロシア企業について捜査協力を要請すると、「違反を示す確定的な証拠がなければ協力しない」と返してくる。先に有罪が確定していなければ、捜査には協力しないとの姿勢だ。

また、ほぼすべての国連加盟国で、決議履行のための国内法は未整備だ。日本もそうだ。ある日本人が海外で国連制裁に違反しても、日本国内にはそれを処罰する法律がなく、おとがめなしとなってしまった事例がある。切歯扼腕の思いで傍観せざるをえなかった。

勝手に資産凍結の例外措置を作り出してしまった

――2015年3月、鳥取県境港沖に国連制裁対象の北朝鮮企業の貨物船が停泊しており、資産凍結の絶好の機会でした。安保理決議でこの船舶の資産凍結が義務づけられていたのに、日本政府は貨物検査を行っただけでした。

貨物船は、荒天のため境港沖の美保湾に緊急入域していた。日本政府が人道的見地から許可した。湾は「内水」(政府が完全な管轄権を有する海域)だ。政府には決議に基づく制裁措置を適用する義務があった。しかし、「人道的見地に基づく緊急入域の場合、決議の資産凍結は適用されない」として、政府は貨物船を釈放した。

だが、決議には、そのような例外は認められていない。実は、そもそも日本には船舶の資産凍結をするための国内法がない。政府は、制裁履行に必要な国内法の整備を怠っていたのだ。今もまだ法律はない。日本政府が安保理決議を拡大解釈して、勝手に資産凍結の例外措置を作り出してしまった事態は、専門家パネル内でも大きな議論を巻き起こした。

――日本政府の立場には、ロシアや中国が反応していますね。

皮肉にも、制裁の骨抜きを狙うロシアや中国が日本の立場を支持した。ロシアは、安保理の北朝鮮制裁委員会で日本支持すら表明した。これが圧力強化を声高に叫ぶ日本政府の実態だ。

法執行の「抜け穴」を丁寧に埋める必要がある

――安倍晋三首相は「北朝鮮には圧力を」と繰り返し述べていますが、安倍首相と政府の行動にギャップがあるということですか。

日本政府には制裁における「司令塔」がない。船舶・貨物検査では、ようやく内閣官房国家安全保障局が関係省庁を取りまとめるようになったが、法整備や国際協力には着手できていない。内閣官房に特別本部が必要だと思う。


法整備、貨物・船舶検査のオペレーション、国際協力等を統合しての、全関係省庁によるオールジャパン体制が不可欠だ。

決議の完全履行には、現行法の拡大解釈や改正ではもはや対応できない。「北朝鮮制裁法」を制定して、法執行の「抜け穴」を丁寧に埋める必要がある。

――国連の各国スタッフの能力の差を本書から感じました。大国のエゴでスタッフを就任させたり、そのスタッフの能力などもさまざまなようですね。

ニューヨークの国連本部には、100人以上の優秀な日本人職員がいるが、日本政府の支援がなく、昇進できない。

他方、英仏は、国連安保理の主要ポストを押さえるべく、国家一丸となり人事戦略を進めている。たとえばフランス外務省は、法務省の職員をテロ対策の主要ポストに押し込む。5年後、本国に召喚し政府内で昇進させると、国連でより高位のポストに応募できるようになる。こうして、上位ポストの独占を図る。5年がかりの「オール・フランス」の人事戦略だ。

省庁間の縦割りが激しい日本では、想像もつかないアプローチだ。反省して、見習うべきだ。