2018年のなでしこジャパンは、来年のFIFA女子ワールドカップフランス大会の予選を兼ねたAFC女子アジアカップを4月に控える重要なシーズンとなる。そこで、さらなる戦力充実を視野に、選手発掘・強化を目標としたなでしこチャレンジプロジェクトを4年ぶりに実施した。


W杯、五輪を経験した高瀬愛実がチャレンジの場でアピールした

 期間は2月4日からの5日間。なでしこジャパンの予備軍とも言える立場の23名が集められ、高倉麻子監督のもと、なでしこ的サッカーの基礎を叩き込まれた。

 求められたのは、止める、蹴る、決めるという極めてシンプルな要素だ。しかし、そこは高倉監督。止める直前直後の視野、身体の使い方、ボールの置き所など、すべての基礎の中に世界で戦う質を求めた。

 相手との駆け引き、寄せ方、状況判断、ラインコントロールなど、ピッチレベルでのトレーニングに加えて、ピッチ外でも攻守の原理原則のレクチャーなどがあり、5日間のメニューは多彩。3日目にはセレッソ大阪ユース(高校1年)とのトレーニングマッチなど実戦も組み込まれ、最終日の紅白戦まで選手たちが集中力を切らすことはなかった。

 そのなかでムードメーカーとなっていたのが、郄瀬愛実(めぐみ/INAC神戸)と櫻本尚子(ジェフ千葉)だ。互いに挫折を味わってきた27歳の最年長コンビが気を吐いた。

 ワールドカップドイツ大会優勝時メンバーだった高瀬は、その後ロンドンオリンピックで銀メダルも獲得している。しかし、「どれだけ自分が関わっていたかと考えれば悔しさしかない」と、苦い想いを残していた。リオデジャネイロオリンピック予選で出場権を逃し、高倉監督が指揮を執るようになってからは代表に声すらかからなくなった。

 所属するINAC神戸では中堅となっていく中で昨シーズン、フォワードからサイドバックへコンバートされる。FWとして「守備は期待していない」と言い渡されていた郄瀬にとって、ある意味吹っ切れたコンバートだった。

 最前線で張っていた攻撃の嗅覚は、そのままサイドバックに生かされた。「走る距離は長くなったけど、攻撃参加のためのビルドアップなら苦しいとは感じない」と、新ポジションに意欲を燃やした1年だった。

 そして今回、”サイドバックの郄瀬”に高倉監督は興味を持った。

「前に代表として戦った選手はここ(チャレンジ合宿)にはいない。それは悔しいですけど、やっぱり”なでしこ”っていう緊張感はあるし、チャンスをもらえて今はアピールするのみです!」(郄瀬)

 トレーニングでは、初めてラインコントロールを学んだ。時間があれば、守備面を担う大部由美コーチに教えを乞う。ピッチでは仲間へ指示を出し、鼓舞する郄瀬の声が響き、これまでにない貪欲な姿を見せた。

 もう1人の27歳、櫻本は名門・常盤木学園出身だ。同級生に熊谷紗希(リヨン)がいる。ともに浦和レッズレディースへ入団したが、熊谷は着々となでしこジャパンに定着し、海外移籍を果たしていく一方、櫻本は出場機会に恵まれない環境に身を置いていた。

 DFは試合経験がモノを言う。出場機会を求めてジュニアユース時代を過ごした浦和からジェフ千葉への移籍を決めたのは入団から3シーズン目を迎えるタイミング。先を見越した早い時期での決断だった。

 目論見通り、センターバックとして経験を重ねていき、持ち前の対人の強さを磨く一方で、味方の動かし方、ラインの統率など、一つひとつ引き出しを広げてきた7年間だった。そして今回、ようやく待ち望んでいた”なでしこジャパン”に触れるチャンスがやってきた。ミニゲームであっても、強烈なコンタクトプレーに、体を投げ出してのスライディングなど、常に全力プレーで挑み続けた。

 郄瀬と櫻本には2人で話し合って決めたことがある。それは積極的なコミュニケーションだ。こういった場が初めての選手も多いなかで、2人はピッチ内外であらゆる選手に話しかけ、雰囲気作りに励んだ。それは単なるアピールではなく、自分自身のためだと櫻本は言う。

「コミュニケーションを取ることで雰囲気が良くなればトレーニングの質は必ず上がる」

“お客さん”になりがちな選手が多くなると、モチベーションのズレはトレーニングに影響を及ぼす。郄瀬と櫻本はそれを嫌った。なぜなら、「これがラストチャンスだと思っている」(櫻本)からだ。なでしこ見学会ではなく、「私は(なでしこのポジションを)奪いに来ている」と櫻本は言い切った。この2人の影響はチーム全体に及んだ。

 郄瀬と櫻本はユース年代に代表活動が重なっている時期があるが、大会をともに戦った経験はない。そんな2人がここで再会した。想いは一瞬で重なった。それぞれが”代表”というものに一度触れているからこそ、その重みを実感している。そして挫折を味わったからこそ、もう一度あの場所に行きたいと思うのだろう。

 ほかの選手は2人に完全に触発されてのプレーとなったが、それでいい。初開催からこれまでで最も本質をとらえた”なでしこチャレンジプロジェクト”となったことは間違いない。そして、何よりもここには今のなでしこジャパンにない”貪欲さ”があった。

「雑草魂は強いんですよ」――最後に楽しそうに笑った高倉監督。「あの2人がすごく雰囲気を作ってくれた。即戦力とはいかないけど、これからリーグでパフォーマンスが上がれば呼んでみたい選手も2、3人いた」と満足げな表情だった。

 活動を打ち上げた翌日がアルガルベカップの代表発表という日程もあり、実際にはプロジェクトから引き揚げられた選手は出なかったが、「いつ(立場が)ひっくり返るかわからない。これからの成長次第でなでしこに組み込んでも違和感なくやれると思う」という高倉監督の言葉に、彼女たちの無限の可能性を見た気がした。

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