誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり、「理想の夫婦」ランキングの常連として、幸せに暮らしていたが、結婚6年目に夫が女性と週刊誌に撮られてしまう。夫が何かを隠していることに気が付いた妻は、記者のインタビューに答えようと言うが…。

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクトカップル」の行く末とは?




「怜子、本当に週刊誌のインタビューに答えるつもりなのか?」

事務所の社長が帰った後、夫・隼人がつぶやくように言った。さっきは勢いでそう言ってしまったものの、私が答えることで本当に事態が好転するのか、たしかに自信があるわけではない。

―女の子と口裏を合わせたい、なんて言い方も、意地悪だったかも。

少し頭を冷やす必要がある。私は衝動的になった自分を反省し、隼人に言った。

「ちょっと翔太の部屋、見てくる。その後また話そう。」

子どもの顔を見て落ち着きたい。

私の意図を理解したのか、彼は頷いて分かった、と笑顔を作った。その笑顔にまた胸がざわつく。それが何故なのか分からないまま、私は彼に背を向け子ども部屋に向かった。

音をたてずにドアを開け、静かにベッドに近づき覗き込むと、思わず微笑んでしまう。

今年4歳になった、一人息子の翔太。夫譲りの柔らかな髪を撫でながら、ベッドの横に座る。規則正しい寝息に癒されて、少しずつ興奮がおさまってくると、去り際の社長の言葉を思い出した。

「私は怜子に“理想の妻”という肩書を守り続けて欲しい、なんて思ってないからね。」

玄関まで見送った私に、隼人には聞こえない声で社長が言った。彼女の心配は有難かったけど、私はまた「大丈夫です」と答えてしまった。

「彼に責任を取らせなさい。あなたがかばう必要はない」と怒りが収まらない様子の社長に、「2人で話し合ったら、すぐ連絡します」と言って、その背中を押すようにして玄関のドアを閉めた。

社長も、そして私達を知る誰もが、実は私達が「恋をせず」結婚した「親友同士」であることを知らない。

―キスできるか、で始まって、他に好きな人ができたら別れようって言ってた私達が“パーフェクトカップル”と呼ばれるようになるなんて。

街で「憧れのご夫婦です」と声をかけられたりすると、後ろめたい気持ちになることもあったし、私達の結婚はある種の「共犯関係」の様なものだと、今回のことで改めて思う。それでも。

―今の私たちには、この子がいるから。

寝返りさえも愛おしい我が子。翔太が生まれた時、とにかく“元気”で“自由”な名前にしたかった。

厳格な家庭に育ち、常に周りの評価に囚われてきた自分が嫌で、我が子には自由な人生を歩み、羽ばたいて欲しくて「翔太」という名前を選んだ。

私と似たような境遇で育った隼人も、俺たちって本当にどこまでも似てるんだな、と笑いながら賛成してくれた。

―この子のためにも、ちゃんと考えなきゃ。

のびをした小さな体に布団をかけ直し、リビングへ戻るため立ち上がった。


何かを隠し通そうとする夫に苛立つ妻。さらに事態は悪化していく


「飲みながら、話してもいいかな。」

リビングに戻ると、隼人が白ワインのボトルを開けていた。問いかけられたはずなのに、テーブルの上には既にグラスが2つ置かれている。

「ドイツのリースリング。」




彼の明るすぎる声で、この雰囲気を強引に変えようとしているのが分かる。聞いてもいないブドウの品種を言いながらワインを注ぐ彼。

私は苛立ち、わざと乱暴にソファーに座りこんだ。

「うん、これ怜子好きだよ。絶対。」

先に飲んだ隼人に、目で促される。こうなると彼は私が飲むまであきらめない。私はしぶしぶ、グラスを口に運んだ。

―美味しくてムカつく。

果実味の強い、確かに私の好きな味。

いつまでたってもワインに詳しくなれない私の代わりに、隼人が私の好みを熟知した。それは6年間の結婚生活で、彼が私について学んでくれたことの一つだ。

満足そうにこちらを見ていた隼人と目が合うと、彼が話し始めた。

「俺が会社と話をしてるから、もう何も心配しなくていいよ。」

心配しなくていい?

苛立ちが増していく私には気づかず、隼人は呑気な声で続けた。

「昨日、うちの広報部にも週刊誌から連絡が来たみたいでさ。今朝番組終わりでアナウンス部長と上層部に誤解だってことを説明したら納得してくれたよ。記事を止める交換条件は出せなかったけど、社として俺を守る声明を出すって。」

記事を止める、とは週刊誌がつかんだネタよりも、得だと思えるようなスクープ、例えば「未発表のドラマの主役」などを独占情報として教えることで、記事を抑えてもらう駆け引きができることがある、ということなのだが。

―当たり前でしょ。「理想の夫」のスキャンダルを超えるスクープなんて、そうそうない。

それに今、私が聞きたいのはそんなことじゃない。彼も分かっているくせに、私の質問を避けようと必死になっているように見える。私をごまかせないことは知ってるのに。

―そんなに、相手のことを言いたくないの?

怒りで胸が熱くなった気がしたが、多分これは怒りではない。この感情には、結婚前、ずいぶん昔に覚えがある。

―私、嫉妬してる。隼人が守ろうとしている女の子に。

結婚してからも「親友」。子供が生まれてからは「両親」としての絆が深まった実感はあっても、自分が「女」としての感情をこんな形で隼人に抱く日が来るとは思わなかった。

困惑した気持ちをごまかしたくてワイングラスを手に取ると、私の携帯がなった。

着信画面の名前は、さっき帰った社長。もう、悪い予感しかしなかった。


誰かに罠にはめられた!?理想の夫婦に襲いかかる悪意とは?


「まだ隼人くんと話してるよね?」

「はい」

電話に出た私に社長は、緊急事態なの、と早口で続けた。

「事務所のスタッフが今発見したんだけど、隼人くんと女の子の画像が出回ってる。対処は考えるけど、これはヤバい気がする。」

見たくないだろうけど、と電話が切られた後、LINEの通知音がした。恐る恐る開くと、それは…

ツイッターをスクリーンショットした写真。

そこには、タクシーをつかまえようとする男。幸いにも週刊誌より画像があらく、顔はぼやけているけれど、週刊誌に撮られたときと同じ服装。記事が発売されてしまえば、服で隼人だと確定されるだろう。

先ほど出回りはじめたというこの画像に、既に100件以上のリツイートがついている。しかも「堀河アナ、発見!奥さんじゃないっぽいよね」という疑惑のコメントがつき、ご丁寧に、ハッシュタグは「#不倫」。

隼人に抱きつくようにもたれかかる女性の肩を、彼の手が支えていた。

最悪だったのは、週刊誌の写真では分からなかった彼女の顔が、こちらでははっきりと認識できる。そしてその顔には笑みが浮かんでいる。

―この子って…。

その顔に、私は見覚えがあった。

「怜子?」

携帯の画面に見入っていた私は、隼人の声で我に返る。私は無言のまま、テーブルの上、隼人の前に携帯を差し出した。

「どうしたんだよ?」

怪訝な顔で携帯を手に取った隼人の顔が固まったのを確認してから、私は言った。

「彼女だったのね。」

「…怜子、説明する。」

うわずった隼人の声。彼が私に、相手の女性を隠そうとした理由が分かった。彼が人生最大に傷つき、忘れ去ったはずの「過去」。

彼を捨て、嫌というほど惨めな気持ちを味わわせた唯一の女。

婚約を破棄された、隼人の元恋人だったからだ。

「さやかちゃん、だっけ。」

当時散々聞かされた名前を私がつぶやくと、隼人は観念したように頷き言った。

「この前、怜子は行けなかった展示会があっただろ?」

私は無言で頷く。それは2週間くらい前。私がいつも夫のスーツを選ばせてもらっているセレクトショップの展示会だった。

夫婦でどうぞ、と招待してもらっていたのだが、私はロケの日で、たしか隼人は後輩の男性アナウンサーを連れて行ったはずだったけれど。

「さやか…が。」

隼人は、ひどく言いにくそうに、その名前を口にした。

「彼女がアパレルブランドのプレスだったのは怜子も知ってるよな?最近転職したみたいで…スーツブランドにいた彼女と再会したんだ。皆の手前、名刺交換することになっちゃって。」

私の顔色を伺いつつ続ける隼人を、平静を装い促す。

「後輩が、彼女のブランドをすごく気に入って。このままみんなでご飯行きましょうよ、って彼女を誘ったんだ。元々彼とは、その日帰りに飯の約束してたから、急に断るのも不自然で。」

「それで…何で2人になったの?」

「2人きりになんかならないし、むしろなりたくもないよ」

私の質問に、隼人は心外だと言わんばかりの口調になった。

「でも帰りにさ、なんか、さやかが…彼女が、ひどく酔っぱらって。支えた時に撮られたんだと思う。みんな方向も同じだったし、後輩と3人でタクシーに乗るってことになったんだけど。」

「撮られても良いようにずっと3人でいたはずなのに、甘かった」と隼人は、バツが悪そうにポツリ、ポツリとつぶやく。

「だからやっぱり、オレが自分で誤解を解くよ。スタッフに頼んで番組で説明する時間を作ってもらう。そのほうが世間の印象もよくなるだろうし、頼めば後輩も証言してくれるからさ。」

相手が彼女だったなら、隼人が絶対に「浮気」していない事は分かる。捨てられた相手にすがるなんて、絶対にできない人だと、私が一番よく知っている。でも…。

隼人の声を聞きながら、もう一度携帯を手に取った時、社長からのLINEメッセージに気が付いた。画像と一緒に送られていたようだが、さっきは気が付かなかった。そこには…

「おかしいと思うこともあるの。この画像がどこから出たのか。記事はまだ公表されてないのに、あまりにもタイミングが良すぎる気がして。」

タイミングが良すぎる。

その文字が妙な力を持って脳内に響き、私は画像にくぎ付けになる。

#不倫、そして微笑む彼女の笑顔。肩に回された隼人の手。

週刊誌の記事だけなら、彼の番組でも止められるかもしれない。けれど、このツイートの画像はどうだろう。悪意をもって画像を加工されたら?フェイクニュースが、真実として噂になってしまう、今の世の中だ。

―守りたい。

私は、覚悟を決めて隼人に言った。

「好きな人ができたら別れてもいい、って言って結婚したの覚えてる?」

「それ、翔太が生まれる前の話だろ?」

隼人の言葉に、そう、今は大切な翔太がいる、と返してから続けた。

「この6年で私たちの環境は変わってしまった。あなたはアナウンサーとして、私もモデルとして、番組にもスタッフにも責任がある。そして何より、翔太を守らなきゃ。」

私は、隼人の返事を待たずに社長に電話をかけた。1コールもせずに出た社長に宣言する。

「明日、記者のインタビューを受けます。彼と一緒に。」

社長はもう反対しなかった。電話を切ると、隼人をまっすぐに見つめ、言った。




「この日あったことを、ウソなく全て教えて。私たちの中では、もう笑い話になっている、と演技をするの。2人で、完璧な演技を。」

自分達の生活を守るための決断。

この時私は、家族を守るために、ただ必死だった。

世間を欺くつもりなど、本当になかったのに。

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「完璧な演技」のインタビューで…夫婦のバランスが崩れはじめる。