開校から9年校長を務めた木村先生と生徒。映画『みんなの学校』では、校長先生と子どもたちとの近い距離間をまぶしく感じる。©関西テレビ放送

写真拡大

「みんなの学校」と呼ばれている公立小学校がある。大阪府住吉区に2006年開校された大空小学校だ。「すべての子どもが安心して学んでいる奇跡の学校」として注目を集めた。2013年にはドキュメンタリー番組として放送され、文化庁芸術祭大賞をはじめとした多くの賞を受賞。そして、2015年に劇場版『みんなの学校』として全国の映画館で公開となった。

この映画では、いわゆる「特別支援学級」や「特別支援校」に通っていた子どもたちが、普通にほかの子どもたちと同じ教室で学び、ともに成長していく様子がとらえられており、今でも日本全国で上映会が行われている。映画をベースにした書籍『「みんなの学校」が教えてくれたこと』も刊行されている。

ちなみに大空小学校は、全国学力調査の平均点が、日本で必ず成績上位3位に入る秋田県を上回ったこともある。それだけ幸せに学べる学校を卒業したら、その子たちはどうなるのだろうか? 開校から9年間校長をつとめた木村泰子さんが、レイ(仮名)という男の子の「その後」を語ってくれた。

校則のない学校

大空小学校は、2006年の開校から、校則はつくっていません。

例えば、学校によくある決まりごとに「学習に必要な物以外のものは持ってきてはいけません」というものがあります。

実はそういうことは、子どもたちは言われなくてもわかっています。

それなのに、この決まりごとがあると、例えばカードゲームを学校に持ってきた子に対して、なんでこんなもの持ってきたの? 授業が面白くないの? 学校楽しくないの? 友達と何かあったの? といった「その子の心を探る問いかけ」は出てきません。

決まりがあるがゆえに「学校で決まってるやろ。持ってきたらあかんやろ!」と、その「決まりを破ったという現象」のみを教師は言及しがちです。そうなると、見なくてはいけないのものが、見えなくなる。

ですから、大空では「校則」をつくらなかったのです。

その代わりとして、「たった一つの約束」をつくりました。それは「自分がされていやなことは、人にしない、言わない」です。大空では、子どもも大人も、この約束を徹底して守ります。どんな大事な授業をしていても、この約束が守れなかったときは、やり直しの部屋(校長室)に「やり直し」に来ます。

「この約束があるのなら、自分もこの学校なら行けるかもしれない」と思って入学・転校してきた子もいるのです。

開校から9年校長を務めた木村先生と生徒。映画『みんなの学校』では、校長先生と子どもたちとの近い距離間をまぶしく感じる。©関西テレビ放送

「しんどい」をすべて抱えた男の子

私は開校から9年間、大空小学校の校長をしてきました。

その9年間でこの子くらいしんどい子はいないなといえるのが、レイです。虐待、貧困、障害、「こういうことがあったら子どもは大変だな」と思われるようなことを、ひとりで全部受けていた子です。

彼が開校2年目で入学してきたとき、「あの子がいるなら大空はやめとこう」と保護者が大空に入れるのを躊躇している――そんなこと噂が立てられるような存在でした。

レイには両親がいましたが、彼ら自身、苦労して育った人たちでした。1週間姿を見ないこともありました。食べ物がきちんと用意されているわけではありません。洗濯をしてくれているわけでもありません。家庭訪問に行った教職員によると、家の中は決して衛生的に保たれていませんでした。

夏になると、彼の体からはえも言われぬにおいが漂います。登校したレイが靴箱の前で上履きに履き替える時も、臭くてみながその場から逃げ出すほどでした。

しかし「それぞれの事情があるので我慢しましょう」といったきれいごとで、子どもたちの関係は決して成り立ちません。

私は子どもに言いました。

「臭いのは事実。なぜ臭いのかを知ろうや。だいたい、なんで臭いの我慢するの? 臭かったら、臭いってレイに直接言いや。言うのを我慢してレイのそばから離れるのは、おかしいやろ?」

レイとその周りの子どもたち、教職員は、何度もこのことについて考え、話し合いました。

4年生のときに子どもたちと話し合っていたとき、ひとりの子がレイに向かって言いました。

「おまえな、水でいいから、学校来てから頭洗えや」

臭いなら洗えばいい。なら洗えや。そういえる環境が、レイに居場所を作った。Photo by iStock

翌日から、登校するとシャンプーと石けんを抱えて手洗い場に行き、頭を洗い、足の裏を洗い、顔も洗って教室に行くようになりました。暖かい季節だけでしたが、それ以来、子どもたちの訴えはなくなりました。そうやってレイは大空に、自分の居場所を見つけたのでした。

どんな家庭に育った子でも、パブリックでは平等に学べるようにしなければなりません。何一つ肩身の狭い思いをしないで学び、社会で役に立つことができるように導く。それが学校の役割でもあり、レイはそんな可能性を持っている子でした。また、そういう子と一緒に学ぶことで、確実に周囲の子も大変多くのことを学んでいくのです。

『みんなの学校』は地域で作られている

大空には、子どもと教職員、サポーターと呼んでいる保護者とともに、学校をつくっていく大人がほかにもいます。学校の外からやってきて、学校を力強く支えてくれる地域の人です。地域の人は毎日のように学校へきて、さまざまな形で子どもたちとふれあいます。また、「大空パトレンジャー」といって、子どもたちの登校する様子を見守ってくれます。

学校の中を支えているのは、管理作業員です。彼らは子どもたちを毎朝校門で出迎えているためか、子どもたちが何気なく発した言葉で家庭状況などの異変を敏感に感じ取ります。また、遅刻なのか、欠席なのか、朝連絡の取れない子の家に自転車を飛ばして様子を見に行くこともあります。

レイは、この管理作業員とパトレンジャーの人々に温かく育んでもらいました。朝学校に行けないでいると、管理作業員が自転車で様子を見に行きます。集団登校に間に合わず遅刻してしまえば、自宅近くでパトレンジャーの方が待っていて学校まで付き添ってくれます。

運動会でも、保護者や勤務している人のみならず地域の人たちが協力してくれる ©関西テレビ放送

私たちは、レイの在学中から、大空を卒業した後のことが気になっていました。6年間一緒にすごした大空の仲間がいるとはいえ、レイの事情を中学の先生方にもわかっていただく必要があります。地域の中学校と密に連絡をとり、中学進学の準備もしていました。

ところが、家庭の事情で本当に突然引っ越すこととなり、彼は地域外の中学に行くことになったのです。レイは、地域の愛に支えられて小学校に6年間通っていたので、まったく知らない中学だと行かなくなってしまうのではと不安に思っていました。

それでも「当たり」だったのです。中学進学後、レイはこう報告してくれました。

「担任の先生、めっちゃいい人やねん。若くてサッカーの顧問してるんやけど、『お前のことは俺が何があっても守ったる、安心して来い』って言ってくれたん」

よかった、少なくとも1年レイは学校に行ける、と思った6月のある日のことでした。
レイが学校に行かなくなったのです。

「見えないところを見る」教育

行かなくなった理由は、生活指導の教師に体罰を受けたことでした。中学には校則があります。体育館に全員集められて集団行動を学びます。そこに生活指導の先生が入ってきて、レイに「お前は校則違反の靴下を履いている」と言いました。校則は白なので、レイが白くない靴下を履いていると注意したのです。

それでもレイは「白です」と答えました。先生は「なんでこれが白やねん、嘘つくな!」と怒ったそうです。しかし白なのです。白だけど、親が洗濯をしない。洗濯機がないのです。大空でも、ひとつかふたつしかない靴下を、「明日は洗いや」と言われながら水で洗い、生乾きで履いてきていました。だからグレーだったりまだら模様だったりするのです。

でも元は「白」です。地毛なのに「なんで染めてくるんや!」というのと同じです。生活指導の先生は「嘘つくな!」と怒り、体操服の首根っこを引きずり出そうとしました。レイは靴を脱いだらすごい臭いもするであろうこともわかっている。思春期ですし、みなの前で靴を脱ぎたくない。先生は引きずり出そうとする。そうしているうちに首が締まり、息がつまって倒れてしまいました。

こうしてレイは中学に行けなくなりました。

その後、レイは別の中学に転校して、施設にもお世話になりながら中学3年生まで学びました。私はその間一度も会っていませんでした。

中学に行けなくなった本当の理由

レイが中学3年生になったとき、私は大空を退職しました。レイが私に会いたがっていると聞き、久しぶりにレイに会いに行きました。

ものすごく大きくなっていました。「あんた大きくなったなあ!」と言いましたら、彼はこう答えました。

「そら、1日3回ご飯食べれてる」

そのあとレイは私に足の裏を見せました。「あれ、臭ないな」と言いましたら、

「毎晩お風呂入っとる」

と答えました。

お風呂に入れているから臭くない。入れないから臭い。それが分かっていれば、子どもは排除しません。先にお伝えしたように、「学校で足洗え」と子どもたちも言えるのです。むしろ、「臭いから洗いや」と平気で言える環境であることが大切なのです。

しかしレイが足の裏を見せた理由は、臭いをかいでもらうためではありませんでした。「ちゃう、かかと見て」というので見てみると、足のかかとにひどいケロイドができていたのです。中学で体罰を受けたときのものでした。かかとにケロイドができるほどの力で、引きずられていたのです。

レイは生活指導の先生に首を絞められたいきさつも改めて話してくれました。そしてこう言いました。「おれは次の日から学校に行ったらアカンと思って、学校には行かないことにした、そうやって出した答えが正しかったのか間違っているのか、ずっと考えているけどわからん。先生どう思う? 先生の考えを聞きたかった」

行かなくなった理由を聞かないと私の考えも言えません。

レイは生活指導の先生にひっぱられた時に担任の先生がいたことも教えてくれました。担任の先生はレイの味方で、靴下が本当は白いことも知っています。だから先生が「校則違反ではありません」と言って守ってくれるのかと思ったのだそうです。しかしそのまま気を失ってしまい、起きたら保健の先生しかいなかったと。その翌日から「学校に行ったらあかん」と思ったのだというのです。

「レイ、あんたそんなヘタレか? 担任の先生に守ってもらえなかったくらいで!」

思わず私はそう言いました。ところが戻ってきた返事は、とても意外なものでした。

「ちゃうねん。担任な、生活指導の先生から俺を守りたかったに違いない。ただな、担任、若いねん。生活指導の先生、年いったえら〜い先生やねん。若い先生が年いった先生に『やめたって』って言えなかったんや。でも次の日俺が行ったら、担任は守りたかった俺を守れなかったって、苦しいやろ? だから俺は行ったらあかん、と思って行かんかった」

「信じられる人はいますか?」

レイから学んだのはかけがえのないことです。

親がいつも側にいなくても、勉強ができなくても、貧しくても、発達障害というレッテルを貼られても、一人の子が安心して学べる居場所がある、ただこれだけで、この子は安心して自分が育つという事実を作ったのです。ですから中学で体罰を受けても、「担任の先生が苦しくなるから行くのを止めよう」と考えられるのです。

大阪には、基礎的な学習を学び直すことのできる高校があります。レイはその公立高校に合格しました。今では、自転車で高校に通い、毎日高校から大空に戻って来て、大空小学校でボランティアをしています。

もちろん私はいません。今の大空は校長が変わり、教頭が変わり、職員の3分の2が変わっています。それでも理念はひとつですから、たとえぶれることがあっても戻るのです。レイはその職員室にひとりのボランティアとして加わっているのです。

虐待を受けるような問題にさらされたことのある子どもたちにとっては「酷」ともいえる、あるアンケートがあります。大人に裏切られたことのある子どもたちに、「あなたはこれまで生きてきた中で信じられる人がいましたか」と問うのです。そのアンケートではほとんどの子が「いない」と書くそうです。

しかし、レイは「います」と答えていました。

「それは誰ですか?」とアンケートはさらに問います。レイは何と書いたでしょうか。「大空の先生」?「校長先生」? いえ、違います。

レイは、「大空の人たち」と書いたのです。「人たち」というのは、レイの周りにいつもいた、「大空をつくっている大人たち」なのです。先生はたった一握りです。

レイは、ぶれそうになった私の心を何度も揺り戻してくれます。
教育の原点は、ここを外して未来はないということの、確信をもたせてくれるのです。

今、レイには夢が二つあるそうです。一つは困った子どもを支える施設で働く人になりたいというもの、もう一つは大空の地域で暮らしたいというものです。

大空小学校は、「当たり前の教育」をしています。そんな「当たり前の教育」の中で、すべての子どもたちが地域の学校に居場所を作り、自分から自分らしく「未来の自分」を誇らしく感じられるような学びができることを、私は心から願っています。


映画『みんなの学校』