バレンタインデーの必需品であるチョコレートの原料不足問題とは?(写真:mahi*taku / PIXTA)

今年も2月14日のバレンタインデーが近づいてきた。今は1年のうちで最もチョコレートが消費される時期だ。そんなチョコレートが今から2年後の2020年には価格高騰や入手困難になるかもしれない、といううわさが出回っている。

カカオが2020年、100万トン不足する?

発端はさかのぼること今から8年前の2010年ごろ。お菓子の情報を扱う米国のサイト「コンフェクショナリーニュース」などが記事で、「2020年には、世界のカカオ豆の生産量が需要を下回り、100万トンが不足する。チョコレートは庶民に手が届かない高価なものになる可能性がある」と報じたことだ。理由は地球温暖化やカカオ栽培の困難さ、新興国の需要増加、とされる。


収穫されたカカオの実の中の種子(カカオ豆)がチョコレートの原料になる

これはセンセーショナルな内容ゆえに日本語に訳され、WEB上で拡散。日本のテレビ番組でも取り上げられたので、耳にした方も多いかもしれない。ただ、その後の状況はほとんど日本で発信されていない。

しかし海外に目を向けると、続きが見つかる。2016年、世界最大のカカオ生産地コートジボワールに拠点を持つ国際ココア機関(ICCO)は、「多くのメディアが2020年に100万トンのカカオ不足が生じると報じているが、そこまでの脅威はなく、極端であると強調したい」と声明を出した。「2020年カカオ不足問題は大げさだった?」などと報じている海外メディアもある。

いくつかの記事で問題の“発言元”とされる、バリーカレボー社(スイス)に直接コンタクトを取った。


【コートジボワール】バリーカレボー社の支援地域で働くカカオ農家の女性 ©️バリーカレボー社

担当者はこう話す。「2010年ごろディスカッションされていた古い話題ですね。私たちはそういう類のステイトメントや予測の発信はしていません」。そして「確かにチョコレートのバリューチェーンに問題はある」としたうえで、それよりも、といった感じで「私たちはカカオのサステナビリティ(持続可能性)のために生産者支援プロジェクトを立ち上げました。2025年までに目標を達成します」と、進行中のプロジェクトの話を膨らませた。

実際のところ、現状はどうなのか。2017年11月発表のICCOのデータによると、2016/17シーズンの世界全体のカカオの需給は、前シーズンより生産量は増え、カカオも余剰となっている。2010年からの推移で、供給不足幅の大きな年もあったが逆もあり、7年間ではトータル30万トン強の余裕がある。予測されていた新興国でのチョコレート消費が想定ほど伸びておらず、カカオの需給はそれほど不安定ではない。

この背景には、世界中のチョコレート関連企業による、カカオ生産農家への支援がある。2020年問題の出所とされる報告書(今は非公開)をたどると、実は「2020年までにカカオが100万トン不足する」と書かれているわけではなく、「消費が年率2%増加すると想定すると、2020年までにカカオ豆の生産量が100万トン以上増えないと需要に追いつかなくなる」と記されていた。

これはチョコレート業界全体が、世界のカカオ豆の安定供給に向けて生産者をサポートし続けなくてはならない、というメッセージだったことが読み取れる。

世界のチョコレートメーカーが支援に乗り出した

カカオは、西アフリカ、中南米、東南アジアなど、主に赤道から南北緯度20度以内の限られた条件下でしか育たない。世界のチョコレートメーカーの取り組み例として、バリーカレボー社(スイス)は「フォーエバーチョコレート」というコミットメントを2016年11月に発表した。2025年までに50万人以上のカカオ農家を貧困から解放し、児童就労を根絶するのが目標だ。「西アフリカのカカオ農家の60%が、世界銀行が提唱する貧困線よりも低いレベルの生活を送っています。この事実はカカオ農家の作業改善の妨げになっています」(バリーカレボー社)。


【ペルー】明治が開催するファーマー・トレーニング・スクール。現地との信頼関係を築くことから始まる地道な活動だ ©️明治

ネスレ社、ハーシー社、マーズ社は2020年までに、カカオ豆の購入を100%サステナブルカカオ(公正取引・人権尊重・地球環境に配慮した栽培などの条件を満たしたカカオ)に切り替えることを決めた。日本では、明治が「メイジ・カカオ・サポート」として、ガーナ、エクアドル、ベネズエラなどのカカオ産地で生産者向けにカカオの栽培技術を教えるスクールを開講している。独自のカカオ豆の発酵法を伝えて高品質カカオを栽培してもらい、高価格で取引することで農家を収益面でもサポートする。

世界カカオ財団(WCF)は2015年に「ココアアクション」プロジェクトを始動。2020年をゴールに、ガーナとコートジボワールで30万人のカカオ生産者を対象に、経済的自立、高度な農作業スキルの習得を目指し、活動を進めている。このプロジェクトには世界大手のハーシー、マーズ、ネスレ、モンデリーズ、フェレロ、バリーカレボー、カーギルなどの9社が自主参画している。

世界第2のカカオ生産国ガーナでは日本のNGOが活動する。貧困のためカカオ農家の子どもが人身売買されるケースがあり、その構造改善のための支援を続けているのだ。「生産者の生活が成り立たなければ、カカオ生産は続かない。消費者も企業も生産地に関心を持ち、チョコレートを取り巻く良い状況を作っていきたい」(認定NPO法人「ACE」事務局長白木朋子さん)


【ガーナ】ACEの活動地 アシャンティ州のカカオ農家。カカオの実を手で割り、中身のカカオ豆を発酵させた後天日干しにする ©️ACE

また、立花商店の生田渉さんは、カカオ豆の輸入商社の立場で、カカオ生産者とチョコレート生産者を結ぶ。「世界のカカオ・チョコレート業界が問題を受けて大きな予算を割き、支援や取り組みを始めている。ビーントゥバーなどのトレンドにより、品質が高い豆に高い買値が付く市場が登場し、チョコレート生産者や個人が以前よりカカオ生産者に注目するようになったのもすばらしい」。

新たに2050年問題も

2018年1月には、新たに「カカオの2050年問題」が報じられた。米国海洋大気庁(NOAA)によると、地球温暖化により一定の気温・湿度になると、2050年にカカオの木が絶滅するおそれがあるというのだ。カカオは平均気温が27度以上、高温多湿な限られた条件下でしか育たない。気候変動、病害、農家の貧困、後継者問題――カカオ栽培を取り巻く問題は多い。しかし、生産国側の問題が明らかになる度に、消費国側による研究・支援が進む。カカオとチョコレートの需給バランスは、その結果のようにも見えてくる。

カカオ生産者とチョコレート消費者の経済的格差は依然大きく、「チョコレートを見たことがない」というカカオ生産者は珍しくない。「カカオの生産国からは、日本企業からの支援やCSR活動の拡大を求める声が大きい」(立花商店 生田さん)。


(写真左)【ベトナム】ティエンジャン州のカカオ農家 Ducさん夫妻 高品質なカカオを作るが「後継ぎは決まっていない」と話す。(写真右)【ハイチ】2016年10月に大型ハリケーンがハイチを襲い、カカオ豆加工施設はほぼ全壊。カカオ農家は壊滅的被害にあった ©️立花商店

2020年、2050年といわず、私達消費者が永遠にチョコレートを楽しむためには、カカオ生産者に意識を向け、さまざまな問題を理解しなくてはならない。近年カカオの国際相場の低迷もあり、生産者の収入は十分ではない。引き続き、世界中のチョコレート関連企業による継続的なカカオ生産者支援は不可欠であり、チョコレートを楽しむ私たちも、それぞれの立場でカカオ生産国の現状を理解し、支えることが必要になるだろう。