サンフランシスコのファッショナブルなエリア、ヘイズバレーにある「b8taストア」(筆者撮影)

サンフランシスコで最も文化的かつチャレンジングな店が集まるおしゃれなエリア、ヘイズバレー。店頭に大きく「B」にも「8」にも見えるロゴが描かれたブティック「b8taストア」は、現在テクノロジー業界のみならず、幅広い消費者向け製品を作る企業から注目を集めている。

「b8ta」(ベータ)は、その名のとおり、製品を販売しながら、ベータテストを店頭で行える画期的な小売店だ。現在、サンフランシスコやニューヨークなど9拠点を構える。


共同創業者でCMOのフィリップ・ロウブ氏(右)とリテールパートナーシップ担当ジェネラルマネジャーのケビン・ウィルソン氏(筆者撮影)

またホームセンターチェーンの「ロウズ」と提携してショップ・イン・ショップを展開するほか、ネットワーク機器ブランド「ネットギア」ともコラボレーションして直営店を出店している。今後、大手デパートチェーン「メーシーズ」でも、長期的なパートナーシップを展開するという。

急速に拡大している「テストできる小売店」とはいったい何か。サンフランシスコにあるb8taのショップを取材し、また共同創業者でCMO(最高マーケティング責任者)のフィリップ・ロウブ氏、リテールパートナーシップ担当ジェネラルマネジャーのケビン・ウィルソン氏に話を聞いた。

「電動歯ブラシ」から「ペッパー」まで

サンフランシスコの店舗を訪れると、珍しい製品の陳列に驚かされる。整然と並ぶテーブルの上に、動作する製品が1つずつ専用の白い台の上に陳列され、その製品紹介が表示されたタブレットが用意されている。

店員は「いらっしゃいませ」と声こそかけるが、その場を動かず、にこやかに笑いかけるだけ。後から聞くと、こうした店員の所作にも意味があることがわかる。

店内では、置かれている製品に自由に触れて、試すことができる。昨今Instagramなどのオンライン広告でよく見掛ける電動歯ブラシを見つけたときには、「これがあの!」とつい声を上げてしまった。製品は知っているが実物は見たことがなく、b8taのショップで初めて目にしたからだ。


スタートアップだけでなく、大手企業もb8taに製品を並べたがる。たとえばSnapchat用カメラ付きサングラス「Spectacles」も、大きなスペースを取ってユーザーの興味を誘う(筆者撮影)

それ以外にも、iPhoneに直接取り付ける高画質デジタルカメラ「DxO ONE」や、サンフランシスコの街中で見掛ける電動スケートボード「Boosted」、Snapchat用カメラ付きサングラス「Spectacles」、コムキャストのスマートホーム製品など、知っているけどまじまじと見たことはない、という製品ばかりに出合うことができた。

店舗のスタッフは誰もが製品の詳細を熟知しており、ある製品を見ていると、その製品に触れてみての感想や疑問などを筆者から自然に聞き出していった。

ロウブ氏によると、顧客の73%が、b8taストアでその製品を初めて見たと答えており、アイデアが詰まった新製品と顧客を引き合わせる場としての機能を存分に発揮していることは、一度店を訪れれば納得できる。

日本ではおなじみとなったソフトバンクロボティクスのロボット「ペッパー」も、米国市場での発売に際しては、b8taストアが活用された。

サンフランシスコのb8taストアには現在130の製品が並び、毎月1日に商品が入れ替わる。店舗のスタッフは製品入れ替えまでにその製品に関するあらゆることを学び、訪れた顧客に説明することができるようトレーニングされるそうだ。

「イノベーション」は訓練や練習の賜物

シリコンバレーでは、破壊的イノベーションという刺激的なキーワードとともに、まったく考えもしなかった新しいことが生まれている――そんなイメージを持っている方も少なくないだろう。しかし実際には異なる。

「イノベーションは、訓練や練習の賜物だ」といわれると、少し拍子抜けするかもしれない。しかし、スタンフォード大学の大学院プログラムd.schoolでは、1年間でイノベーションの起こし方を徹底的にたたき込む。問題定義、議論の仕方、ストーリーの組み立て方、スケッチの描き方、プロトタイプの作り方、テストの方法などを繰り返し練習し、実際のビジネスやスタートアップで実践するのだ。

テストは一般に、プロトタイプを作って行うが、一度テストを行えばいいというわけではなく、発売後も改良に向けたテストを続けることになる。たとえばグーグルはあのシンプルな検索でも、膨大な数のABテストを繰り返しているという。素早いプロトタイピングとテスト、そこから得られるフィードバックの繰り返しが、競争力になる。

ウェブサービスやアプリは、製品をリリースしてからでも比較的少ない手間でテストを行うことができる。サービスを使っている人が集まっていれば、彼らに新しい機能を試してもらえばいいからだ。しかし実物がある製品は簡単に作り変えてテストを行うことはできないし、テストを行う対象者を集めるにも労力がかかる。

b8taが担っているのは、この製品テストの部分なのだ。だからこそ、スタートアップから大企業まで、製品を成功させたいと考える人々が、規模を問わずb8taを頼ることになる。

ロウブ氏は、b8taで行っていることを次のように説明する。

「b8taで商品を販売することで、企業は、興味を持った顧客数、気づきを得た顧客数、実際に手に取って試した顧客数、そして販売数の定量的なデータを得ることができます。同時に、店員との会話や顧客からの質問、購入意向、買わない理由は何か、といった定性的なデータを、接客から24時間以内にSlackを通じてメーカーにフィードバックします」

ロウブ氏が見せてくれたダッシュボードには、「Impression」「Discovery」「Demo」「Sales」の数字が並び、同時に接客結果の文章が送られてくる様子がわかった。しかし、店舗内でこうしたデータをどのように取得しているのだろうか。

「店舗内の天井にはカメラが設置されており、複数の角度から顧客の動きや、製品の周りでの手の動きなどを検出する仕組みを構築しています。カメラは、人がどの商品を見たか、どの商品の前で足を止めたか、どの商品に触れて試してみたかを自動的に計測し、リアルタイムで企業に対してフィードバックを行っています」(ロウブ氏)

同時に、接客の際の会話などの定性データは、店舗のスタッフがそのつど文字でタブレットに記録し、企業へとフィードバックする資料を作り出す。このようにして、b8taに製品を出品するだけで、メーカーはユーザーテストのセッションを行うことができ、製品開発やマーケティングに必要なデータを得ることができるのだ。

ビジネスモデルをシンプルに変更

ロウブ氏は、b8taのビジネスモデルを1年半前に変えたと説明する。

「以前は、製品販売金額から手数料を徴収するビジネスモデルにしていました。しかし1年半前に、料金体系をよりシンプルにし、1店舗に1つの製品を置く場合の料金を月額固定制としました。販売手数料もいりませんし、レポートも定量・定性すべて含んだ料金にしました。ただし、フィードバックの効果を最大化するため、最低期間は6カ月以上と定めています」

自分たちのビジネスも、顧客となるメーカーからの意見を取り入れ、わかりやすくシンプルに変化させ、b8taストア自体を進化させているのだ。このように変更したことで、メーカーはキャンペーンとベータテストにより安心して積極的に取り組むことができるようになり、b8taストアに出品する意義も明確になった。

ロウブ氏によると、b8taストアを訪れる顧客は35〜45歳が中心で、男女比は50対50だという。週末にはファミリー層も、製品に触れて楽しむそうだ。この傾向はウェブサイトの訪問者が男性7割であることと比べると、非常に幅広い層に対して、製品を紹介する場になっていることがわかる。


新しいスポーツ用品も販売されていた。モーター付きスケートボード「Boosted」は、サンフランシスコ市内で見掛ける頻度が高い製品だ(筆者撮影)

店の入り口にはスマートホーム製品が配置されており、スマートキッチンも勢力を伸ばしてきたという。またスマートフォンアクセサリーは定評があるほか、スポーツや旅行関連、デジタルおもちゃ、空気清浄機など、テクノロジーを生かした製品が所狭しと並ぶ。

一方、まったくテクノロジーと無縁の化粧品も人気があり、店舗内で最も販売数が多いのは替えのブラシがサブスクリプション(定期配送)で届くデザインの美しい電動歯ブラシ「Quip」だという。必ずしも、テクノロジーにかかわる製品だけにこのモデルが有効なわけではない点は、デザイン思考がより幅広いビジネスモデルであることの表れだ。


電動歯ブラシ「Quip」は、b8taストアの中で最も販売が好調な製品だ。b8taストアには、必ずしも、スマホと連動したり、高度なテクノロジーを駆使したものばかりではない(筆者撮影)

店頭をベータテストの場に変えてデータを集める方法は、まるでリアル店舗版のGoogleアナリティクスのようだし、人々に見たことがない製品を紹介し、手に取ってもらう場を提供する様子は、米国で最も床面積あたりの売上高が高いApple Storeのようでもある。ウェブとリテールのトップ企業を高い次元で融合させたb8taストアの成長は、まだまだ続いていくことになるだろう。

日本市場にも興味を示す

ジェネラルマネジャーのケビン・ウィルソン氏は、このモデルの有効性は米国にとどまらないという。

「このビジネスモデルは、どんな製品に対しても適用することができると同時に、世界中のどんな地域でも有効だと言えます。キックスターターで製品を立ち上げたばかりのスタートアップだけでなく、サムスン、スナップ、グーグルでも利用できます。世界中のメーカーが、店頭を製品テストの場に変え、データを集めたいと願っているのです」

中国、中東とともに、日本市場にも興味を示すウィルソン氏。われわれの店頭での振る舞いが、未来の大ヒット商品に貢献するようになる日も近い。