自動車大学校に見るクルマに対する意識 今昔物語

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 若者のクルマ離れが叫ばれる昨今だが、整備士を養成する自動車大学校における状況も昔とはだいぶ様相が変わってきているようである。

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 数年前まで、自動車大学校へ入学してくる学生は、学校に入るまでに実際に自分でクルマをいじった経験がある者が多く、基本的なクルマの知識を事前に持っていたという。しかし、今ではバッテリーがどこにあるかわからない学生も中にいるらしい。学生用の駐車場を見ても、かつてはカスタムされた車がズラリと並んでいたのに、今は“軽のノーマル車が多い”という。

 たしかに昔、クルマは「生活の中にある興味」の大きな部分を占めていたのかもしれない。筆者の子供のころは、1日にワーゲンを何台見たかを競う恥ずかしいくらい単純なゲームがあったくらいである。また、父親は車のボンネットを開けて自分でエンジンルームをいじる機会も多く、男子はそれを見て面白がったものである。そんな中で、クルマの種類や仕組みなどを生活の中で自然と学んできた。

 しかし今では、幼いころからママが自分を送迎してくれる単なる移動手段の一つにすぎず、興味の対象はクルマでなくても他にもたくさんある。ありすぎる。だから、自動車大学校に入学してくる学生が、バッテリーの位置を知らなくても当たり前なのかもしれない。

 自動車大学校の教師らは、今と昔の違いは「18歳までに学んだ経験値」だという。昔は当たり前だったことも、今の学生は経験していないことが多いそうだ。だが、パソコンやスマホに関しては経験値が多いのだろう。

 もう1つ気になるのは、自動車大学校ではクルマの知識・技術だけでなく、生活に対する教育も基礎的な挨拶から始めるということである。“最近の若者は挨拶もろくにできない”と言われ始めたのがバブル期あたりからだろうか。しかし、お客様相手の職業であれば常識的な挨拶はやはり必須で、個人の能力や企業の実力を測るバロメータにもなる。しかも、自動車大学校は専門学校であるがゆえ卒業したら社会に出て即戦力になる可能性もあり、技術だけでなく、対外的な立ち振舞いも重要であろう。

 現在、整備士の人材不足も心配されている。メーカーがしのぎを削って「いいクルマ」を製造しても、ユーザーの大事な所有車を扱う末端の整備士が優秀でなければ元も子もない。さらに、EV、自動運転など電子制御が多くなるクルマに変わっていく中、整備士の技術の中身も変わっていくであろう。だから、優秀な整備士の育成は最重要で、このような自動車大学校の存在意義はとても大きい。