第4次安倍内閣が発足し安倍首相が「人づくり革命」「生産性革命」を打ち出した昨年11月、ロシアでは共産主義支持者たちが「ロシア革命100周年」を記念してデモを行っていた(写真:AFP/アフロ)

通常国会が召集され、予算委員会を舞台に連日、論戦が続いている。今年の安倍晋三首相の発言のキーワードは「人づくり革命」と「生産性革命」という2つの「革命」だ。

もともと「革命」というのは左翼政党が好んで使う言葉であり、歴代首相は「共産主義的暴力革命」などと批判したり揶揄したりすることはあっても、自らの政策への理解や支持を得るために積極的にこの言葉を使うことはなかった。首相たちが好んで使ったのは「改革」という言葉であり、安倍首相もしばしば使っていた。それが「革命」に比重を置きだしたのである。そこには国民により強く政策を印象づけようという言葉のインフレーションがあるようだ。

「革命」は体制転覆、歴代首相は「改革」を好んだ

「革命」も「改革」も物事を変化させることを意味するが、「革命」は権力体制や組織などを比較的短期間に抜本的に変えてしまうことを意味する。これに対し「改革」は基本的な体制は維持しつつも内部に変化をもたらすことを指す。つまり「革命」は物事を劇的に変えてしまう不連続的な運動であるのに対し、「改革」はそこまで激しいものではなく既存の秩序は維持される。

もちろん「革命」が本質的に否定的な意味を持っているわけではなく、「産業革命」「フランス革命」「エネルギー革命」など使われ方はさまざまだ。しかし、政治の世界では資本主義システムを否定する共産主義や社会主義の勢力が「革命政権樹立」などと好んで使うことから、自民党など保守勢力は否定的に使ってきた。

安倍首相の祖父・岸信介首相は「民主政治は革命的な方法によって社会的、経済的、政治的各方面における非常な摩擦とそれから犠牲とによる激変を生ずることなく運営される必要がある」と、革命的な政策転換を否定している。また大学紛争が全国に広がった頃、佐藤栄作首相は「これは革命への幻想である」などと批判していた。

だからといって何も変えないのでは政治は成り立たない。そこで歴代首相が使った言葉が「改革」だった。かつては「一内閣一改革」といわれるほど、改革は重いものだった。大平正芳首相や竹下登首相は「税制改革」を掲げ、中曽根康弘首相は「行政改革」に力を入れた。海部俊樹、宮澤喜一首相らは衆議院の選挙制度見直しを柱とする「政治改革」に挑戦したが成功せず退陣に追い込まれた。それほど政権にとって「改革」は重いものだったのだ。

それが一変したのが1990年代後半あたりからだ。歴代首相の施政方針演説や所信表明演説に「改革」という言葉がどのくらい登場するか調べてみた。政策通を「売り」にして、行政改革、経済構造改革、金融システム改革など6つの改革を掲げた橋本龍太郎首相は、演説のたびに30回以上「改革」という言葉を使い、最多は42回だった。跡を継いだ小渕恵三首相は対照的に毎回十数回程度しか言及していない。

そして「自民党をぶっ壊す」と従来の自民党政治の否定を打ち出した小泉純一郎首相は「改革」一色だった。「郵政改革」「三位一体改革」など代表的な政策だけでなく、「聖域なき構造改革」「構造改革なくして日本の再生と未来はない」「改革の痛み」「国民の支持なくして改革は実行できない」などと「改革」の意味づけや目的などを熱心に説いている。言及した回数は毎回30回前後で、最多は54回に上った。

小泉首相に比べると安倍首相の「改革」の言及頻度はさほど高くない。それでも第2次政権になってからは毎回、10回から20回ほどは言及している。最も多かったのは2015年2月の施政方針演説で37回だった。小泉首相と比べた場合の安倍首相の演説の特徴は、最重要課題だけでなく、細かな政策にまでことごとく「改革」をつけている点だろう。具体的には「農協改革」「電力システム改革」「水産業改革」「林業改革」「大学改革」などなど、改革のオンパレードである。

「見直し」とか「対策」などという言葉に置き換えてもいいような個別具体的な政策にも「改革」という名前がつけられているのが近年の首相演説の特徴だろう。

濫造された「改革」が達成されず、たまっていく

これだけ数多くの改革が登場すると、1つひとつの改革がどう進展しているか、チェックのしようもなくなる。掲げた改革が実現できないときは首相のクビが飛ぶなんてことはとっくの昔の話で、今や改革濫造の時代となった。濫造された改革は達成されないまま次の政権に引き継がれていく。お荷物となった改革が手つかずのままたまっていき、首相の演説で列挙されているともいえる。

こうした変化の背景には、政党が安定的な支持基盤を持つ時代が終わり、無党派層が多数を占める時代になったということがあるだろう。首相や党首のイメージが支持率に大きく影響するだけに、国民に強く伝わる言葉、いい印象を与える言葉が重視されるようになってきた。それが言葉のインフレーションを引き起こしているのだ。

しかし、ここまで「改革」が濫造されると、聞くほうにとっても新鮮さがなくなってしまい、当たり前の言葉になってしまう。より刺激的な言葉として「革命」が登場するのは必然的なことかもしれない。

安倍内閣では、2016年5月に経済財政諮問会議が骨太方針で、人材育成や研究開発投資を促進するという「生産革命」を打ち出し、以後、首相が言及するようになった。また、2017年6月には、首相が記者会見で「人づくり革命」という言葉を持ち出した。ここからは2つの革命がしばしば並列して使われている。

これに対して共産党の小池晃書記局長が記者会見でわざわざ「革命という言葉を軽々しく使わないでほしい」と苦言を呈した。共産党にとって「革命」とは権力の交代、さらに言えば階級闘争によって政治権力が入れ替わることを意味する重いものである。彼らの定義からすると安倍首相の言う「革命」は別物ということだろう。共産党幹部がクレームをつけるほどだから、首相が自らの政策を「革命」と名付けることはそれなりに目立ったようだ。

では安倍首相の掲げた「革命」の実態はどうか。首相が「革命」を口にすれば、官僚組織は黙って見ているわけにはいかない。中央省庁は首相の意向に沿う政策を掲げて予算獲得に奔走する。一例を挙げよう。国土交通省は省内に大臣以下局長級官僚をメンバーとする「生産性革命本部」を作り、革命を実現するための「生産性革命プロジェクト20」をまとめた。

中央省庁に「革命本部」を設置するというのもすごい話である。しかし、打ち出されたプロジェクトの内容はあぜんとするようなものだった。

従来ある「対策」が「革命」に早変わり

具体策として並んでいるのは、高速道路の拡幅など「ピンポイント渋滞対策」、「高速道路を賢く使う料金」、空き家対策などの「不動産最適活用の促進」、「ダム再生」、羽田空港の飛行経路見直しに伴う設備の整備など「航空インフラ革命」、大都市圏における混雑を原因とした遅延を防止・解消する対策「鉄道生産性革命」などなど。

要するに国交省が掲げてきたこれまでの政策に単に「革命」の名をつけただけである。しかしそれぞれは首相の意向に沿った政策であるから予算を増額すべきだと財務省相手に折衝しよう、という思惑が見え見えの「革命」なのである。

ほかの役所も似たり寄ったりで、「革命準備室」のような組織を作って、予算要求案を作り出すなどしている。首相は声高らかに「革命」を叫ぶが、足元の官僚組織はこれ幸いと既得権の維持・拡大に汗を流している。これでは革命も改革も実現するわけがない。「改革」や「革命」が政権の人気取りのためだけではなく、既得権維持に利用されているというのは皮肉な話だ。

いうまでもないことだが、いま本当に必要な「革命」は何か。1000兆円を超す累積債務を抱える「財政危機突破革命」であったり、長期的に維持不可能といわれている「社会保障制度革命」であろう。残念ながらこれらにはまだまったく手がつけられていない。