富士フイルム、米ゼロックスを買収(ロイター/アフロ)

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 1月31日、富士フイルムホールディングス株式会社(富士フイルム)は、米国のゼロックスコーポレーション(ゼロックス)の株式の50.1%を取得し、富士ゼロックス株式会社との統合を発表した。これによって、事務機器関連市場で世界第4位のゼロックスと、第5位の富士ゼロックスが統合し、世界トップの事務機器関連企業が誕生する。

 クラウドコンピューティングシステムの普及、タブレット端末の活用などによるペーパーレス化などを受けて、世界の事務機器市場は縮小傾向にある。2016年までの9年間で当該市場の規模は26%程度縮小したといわれている。今後も、ネットワーク技術の進展などに伴って、事務機器への需要は低迷していくとの見方が多い。

 ゼロックスの売り上げの60%程度が北米市場からもたらされている。経営統合後の“新・富士ゼロックス”の売り上げの70%超が日米欧の先進国市場から得られる。ライバルも、米国のヒューレット・パッカード、キヤノン、リコーなどブランド力のある企業が多い。市場全体が縮小トレンドにあるなか、今回の統合が富士フイルムの経営の“お荷物”になり、収益率が想定外に悪化するのではないかという懸念を指摘する報道は多いようだ。

 しかし、経営統合の発表を受けて富士フイルムの株価は一時14%高となる場面があった。投資家のなかには、今後の経営改革に期待するものが多いようだ。今回の統合によって、富士フイルムがどのような成長ビジョンを描いていくかに注目が集まる。

●富士フイルムとゼロックスの関係
 
 富士ゼロックスは、オフィス用の複写機をはじめとする事務機器メーカーとして知られている。この企業の歴史は1962年にまでさかのぼる。同社は、富士フイルムが50%、当時の英国企業であったランク・ゼロックス(現、米ゼロックス)が50%を出資して設立された。その後、出資比率は富士フイルムが75%となっている。

 両社の事業規模を見ると、富士フイルムの売上高は2.3兆円程度(17年3月期、ホールディングスベース)であるのに対し、米ゼロックスの売上高は、1ドル110円換算で1.2兆円程度(2016年12月期)である。

 経営のヒストリーを振り返ると、富士フイルムの場合は、写真フイルム需要の低迷を構造改革によって乗り切った。現在、売上高の15%が画像(イメージ関連)、40%程度がヘルスケアなどからなるインフォメーションソリューション事業、残りがオフィス関連などのドキュメントソリューション事業からもたらされている。株価は、リーマンショック後の低迷を挟んでV字回復を遂げてきた。ただ、足許の株価はやや伸び悩み気味で推移している。この状況について、市場参加者は一段の経営改革を富士フイルムに求めているとみることもできる。

 近年、米国の株式市場全体で株価が堅調に推移し、一部では株式のバブルが発生しているとの指摘もある。そのなかで、ゼロックスの株価は低迷している。オフィスでのペーパーレス化が進むなかで、市場参加者はゼロックスの成長が難しいと考えてきたといえる。かつて、ゼロックスは事務機器メーカーとして競争力を発揮し、一時はコピーをとることを、“ゼロックスする”と言うほどブランド力があった。しかし、同社はその後の環境の変化にタイムリーに対応することができなかった。その結果、ゼロックスは株主への価値還元への圧力に押されてコスト削減を優先せざるを得なくなった。いってみれば、経営が近視眼的になり、中長期的な視点で選択と集中を進め、成長分野を開拓することが難しくなっている。

●ゲームチェンジを目指すコストカットの意義
 
 今回の経営統合を考える上で重要なのは、富士フイルムを率いる古森重隆会長兼最高経営責任者(CEO)の判断だ。同氏は、デジカメの登場によって存在意義が低下した写真フイルム中心の事業構造を抜本的に見直し、その経験を技術力を生かしつつヘルスケアという新しい成長分野を開拓した。これは、イノベーションの良い例だ。

 その発想は、いち早く成長分野を取り込んで、競争上の立場を優位なものに変えようとするものだ。攻撃は最大の防御というにふさわしい経営スタンスであり、業界の競争環境に変化をもたらすゲームチェンジャーともいえる。

 富士フイルムは、今回の統合によって22年度までに年間17億ドル(約1,870億円)の収益改善が実現できると算定している。それが実現できれば、浮いた分の経営資源を技術開発、M&A(合併・買収)などに回し、さらなる成長戦略を描くことができるだろう。

 このコストカットが、今回の経営統合の理由だ。報道では、コストカットでは物足りないという、どちらかというと消極的、あるいは富士ゼロックスの経営改革が難しいといった後ろ向きな論調が多い。

 しかし、それを理由に経営統合によるコストカットの実現を先送りしていては、いつまでたっても経営の改善を実現することは難しいだろう。また近年、世界の大手企業の経営を見ていると、市場シェアの拡大とコスト削減を同時に進めることが、競争に勝ち残るために不可欠となっている。特に企業の規模が大きくなれば、シェアの確保は死活問題といえる。アマゾンやグーグルの成長を見ていると、特定の分野に固執するのではなく、さまざまな分野でのシェアを拡大し、より多くの付加価値を生み出す体制を整備している。

 富士フイルムにも同様の考えがあるはずだ。経営統合によって、富士ゼロックスは世界トップの事務機器関連企業となる。加えて、コストカットも実現できる。それをやらない手はない。そうしたシンプルな発想を実行に移すことは、口で言うほど容易なことではない。そのうえで、新しいビジネスの成長を模索し、事務機器市場の競争をリードしていこうとしている。

●見逃せないガバナンスの徹底
 
 経営統合が決まったことによって、中長期的に富士ゼロックスの成長戦略はより柔軟かつ大胆なものになっていくと期待される。たとえば、ペーパーレス化に着目して、これまで紙ベースで保管されてきた書類などをデジタル化し、クラウドコンピューティングのシステムに保存するサービスなどが提供されれば、需要を生み出すことができるだろう。
 
 そうした戦略を実行に移していくためには、経営統合後の2つの組織を、いかに調和させ、ひとつの指揮系統にまとめていくかが重要だ。わが国の企業の海外展開を見ていると、東芝をはじめ買収した海外企業のガバナンスに失敗したケースが多い。

 2010年度からの6年間にわたって、富士ゼロックスのオーストラリアとニュージーランドの子会社で不適切な会計処理が行われていた。その教訓を生かし、現地のカルチャーを尊重しつつ、明確なビジョンを提示して、従業員のコミットメントを引き出す経営が求められる。富士ゼロックスに関して、古森氏自らが取締役会のチェアマン(最高責任者)に就任することを表明している。それは、富士フイルムとしてシナジー(相乗効果)の実現に取り組むための、現時点で最大限のコミットメントといえる。

 計画通りのコスト削減などが実現できれば、経営統合は、富士フイルムの企業価値の向上につながるだろう。そのなかで、古森CEOの後継者が頭角を現し、スムーズに経営者の世代交代が進むことも重要だ。

 今回の経営統合は発表された内容を見れば当たり前のようにも思えるが、わが国の企業が米国の名門企業を傘下に収めるという、かなり思い切った決断ともいえる。現CEOの才覚だけでなく、組織全体でイノベーションを実現し、常に成長を目指す組織体制を整備することが欠かせない。見方を変えれば、行動様式の異なる組織がひとつになることによって、これまでの富士フイルムにはなかった発想が経営に持ち込まれる展開を目指すべきともいえる。

 事務機器だけでなく、ヘルスケアやイメージ関連の分野でもグローバル規模での競争がし烈化していくと考えられる。ガバナンスの徹底を通して迅速に成長戦略を実行できる組織体制を整えることが、今後の課題だろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)