一見、何の問題もなく幸せそうに見える仲良し夫婦。

けれども彼らの中には、さまざまな問題を抱えていることが多いのだ。

仲良し夫婦だと思っていた北岡あゆみ(32歳)のもとに届いた一通のメール

「あなたの旦那さん、浮気しています」

夫である樹を疑い始めたあゆみは、それとなく探りを入れたり、会社に行くなどするが、証拠はつかめない。

とうとうあゆみは、友人の紀子と清香と一緒に、出張する樹を尾行することにした。




「おかえり」

土曜日の夕方。

あゆみが帰宅すると、部屋の奥から樹の声がした。珍しく家にいるようだ。土曜日の夜は大抵、友人と食事か仕事と言って、家にいないのに。

-明日から、浮気相手と会えるから…?

そう思うと、怒りが静かに込み上げて来る。冷静を装いながらリビングを見ると、何か違和感を覚えた。

-なんか……。部屋が綺麗…?

樹が家にいた理由。それは多分、浮気の証拠を残さないよう、丹念に部屋を掃除していたのだろう。

「家の中が綺麗ね、掃除した?」

「あぁ。明日から出張だし、その前に綺麗にしておきたくて」

今まで、樹が進んで掃除をするなど滅多になかった。最近はルンバで掃除するため、何とか床に物を置かなくなったが、彼にとって掃除は苦手分野だ。

樹の行動が、益々怪しいと感じてくる。ここで動揺してしまってはダメだと言い聞かせ、明日の予定を確認した。

「大阪出張って明日からだったよね、何時に出る?」

「14時過ぎに出る予定。水曜の夜には帰るよ」

「そう」と返事をしたものの、あゆみの心は、ひどくざわついた。証拠を突き止めたい、と思いながらも、本当はただの出張であって欲しい、と願うばかりだ。

「ここからは、タクシーで行くの?」

不自然に思われないよう気を付けながら、明日の細かい行動を把握しておこうと、質問を続けた。

「いや、 電車だよ。最近うち厳しくて、タクシー代は出ないんだよ」

声のトーンや言い方は普段と変わらないのに、なぜか目を合わせてくれない樹に、不安と苛立ちを覚える。

不安な気持ちに負けそうになると、本人に直接、メールやレシートのことを確認したくなるが、誤魔化されて有耶無耶にされるのだけは避けたかった。

それに本人に直接聞いて真実だと言われたら…。想像するだけで、いても立ってもいられない気分になる。

「そっか、樹のところも厳しいんだね。出張、頑張ってね」

あゆみは何とか冷静を保ち、そう返して終わらせた。


3人の尾行の行方は…?


夫の尾行


尾行当日。

あゆみは朝から緊張しながら、悟られないように樹を見送った。

「今出ました、黒のコートに黒いリモワのスーツケースです。」

グループLINEで紀子と清香に送る。二人には、樹が14時過ぎに家を出ることを伝え、家の近くで待っていてもらった。

LINEはすぐに既読がつき、緊張感が高まる。あゆみは急いで後を追い、途中で紀子たちと合流した。

言っていた通り、樹は電車で行くようだ。中目黒から恵比寿まで行き、JRに乗ったところで、急に雲行きが怪しくなった。

「あれ?渋谷方面の山手線に乗りましたね……」

清香の言葉に、あゆみも同様の疑問を持った。

ー渋谷?大阪出張だったら、品川から新幹線じゃないの?

一瞬にして3人の間に緊張感が走る。しかし、紀子がわずかな可能性を示唆した。

「もしかして、飛行機を使うのかしら?それなら、新宿からバスとか…?」

「たしかに、その可能性もまだありますよね…」

その会話を聞きながらも、あゆみはどこかで「それはない」と思っていた。大阪に行く場合、いつも新幹線を使っていたからだ。

顔がバレていない二人に樹と同じ車両に乗ってもらい、あゆみは別の車両で連絡を待った。

「降ります。」

新宿駅で来た清香からのLINEに、少しだけホッとした。紀子の予想が当たっているのかもしれない。しかし数分して、もう一通届く。

「高島屋に入って行きました。」

ー高島屋…?何で…?

あゆみの胸の鼓動が早くなる。ここで女性と待ち合わせでもするのだろうか?

そのまま清香に樹の後を追ってもらい、あゆみと紀子は入り口付近で清香のLINEを待った。

しばらくしてスマホが震え、あゆみは恐る恐る画面を確認する。

「ジョンストンズのカシミアストールを買っているみたいです。女性用です」

そのLINE画面を見て、あゆみはただ「あぁ…。やっぱり」と思った。

自分でもこの感情をどう説明して良いのか分からない。ただ、怒りや悲しみ、といった言葉にできるものではなく、妙に冷静に「アクセサリーを選ばないのが樹らしいな」なんて思った。

「旦那さんと目が合ってしまって、私怪しまれているかも。紀子さん、交代お願いします」

清香のLINEを見るに、樹は少し警戒しているようだ。樹を見失わないように、紀子に交代した。

「タクシー乗り場に向かっているので、私も後ろに並ぶわ」

さすがにタクシー乗り場まで行くとバレるかと思い、その場は紀子に任せて、あゆみと清香は近くで待機した。やはり、二人に協力をしてもらって正解だ。

「旦那さんタクシーに乗った。ナンバー確認したので、私も次のタクシーで追うわ」

あゆみは、どうか見失わないで、と願いながらも、心のどこかで“このまま品川に向かって新幹線に乗ってくれないか?”などと思う。

「旦那さんのタクシー追跡中、信号待ちで追いついた。西側に向かってる」

その報告を受け、あゆみと清香は急いでタクシー乗り場まで行き、とりあえず紀子と同じ方面に車を走らせてもらった。


樹が向かった先とは…?


見たくない現実


「車が停まったわ、私も降ります」

紀子がそう言って告げた場所は、西新宿にあるホテルだった。

その報告に、あゆみは頭がくらりとした。出張と言って、東京都内のホテルに行くはずがないのだ。異様な緊張感と、想像をしていた最悪のシナリオを辿ることになり、あゆみの目からは光が消えた。

あゆみと清香が到着した頃には、もう樹の姿はなかった。紀子が言うには、チェックインを済ませ、エレベーターに乗ってしまったらしい。

「一緒にエレベーターに乗ろうと思ったら、『チェックインですか?』って止められて。咄嗟にレストランの名前を出しけど、そもそもエレベーターが違うし、開店前だしで入れなかった。やっぱりドラマみたいに、うまくは行かないわね。」

「でも、ここまで突き止められたのなら、頑張った方ですよ。」

二人がそんな会話をしている中、あゆみは急に、吐き気に襲われた。ここ最近、ろくに眠れず食べられずにいたからだ。けれども、樹の証拠を突き止めたいと思うあまり、いつの間にか自分の身体のことなど後回しになっていた。

「ごめんなさい、ちょっと私、お手洗いに…。」

そう言いかけた時、目の前が真っ白になり、あゆみはその場でうずくまった。



あゆみが気がついた時には、すでに自宅前だった。曖昧な記憶をたどると、あの後、清香と紀子がタクシーに乗せてくれ、一緒に家にまでついて来てくれたのだ。

「あゆみさん、大丈夫ですか?立てますか?」

清香にそう言われ、意識をはっきりと取り戻した。

「ごめんなさい、肝心な時に私…」

申し訳なさそうに謝るあゆみに、紀子が真剣な顔をして言った。

「あゆみちゃん、よく頑張ったわ。けれど、きっとこれからが本当に大変な時よ。辛いけれど、今はゆっくりと気がすむまで休みなさい。きちんと体力を取り戻さなきゃ、これから先、気持ちに負けてしまうわ。」

紀子にかけられた言葉に、気がつけば涙が溢れ出ていた。

樹の浮気を疑い出してから、なんとか“潔白の事実”を突き止めたいと必死になっていた。けれども、樹の怪しい行動に潔白の可能性が薄いとわかった途端、初めて“辛い”という気持ちが押し寄せて来たのだ。

「ありがとうございます。二人がいてくれて、本当に助かりました……」

あゆみはなんとか二人にお礼を言った。一人では、気持ちが先にダメになっていたかもしれない。

それからあゆみがベッドで横たわっている中、清香が近くでポカリや野菜ジュース、ゼリーなどを買って来てくれた。紀子は冷蔵庫の中のもので、パパッと蕪とキノコの雑炊を作ってくれた。

「本当に一人で大丈夫?うち、客間もあるからいつでも泊まりに来て良いからね。」
「私も家が近いし、いつでも連絡してくださいね。」

二人の言葉が心から有り難かったが、これ以上迷惑をかけられない 。

「今日は本当にありがとうごいざました。ちゃんと休んで、落ち着いたらどうするか考えます」

あゆみの表情に、少し安心したように紀子が言った。

「そうね、まずはたくさん寝て、ちゃんと食べて。私の雑炊、最高よ?今は考えるよりも、休むことを優先して 」

「紀子さん、意外と料理できるんですね。ビックリです」

清香が場を和まそうと軽口を叩く。紀子は「失礼ねー、主婦だもん。キャラ弁だって作るわよ、私の好きなゴルゴ13とか」と笑いを誘い、あゆみにも少しだけ笑顔が戻った。

しんと静まり返った部屋で、あゆみはひとり、ベッドに横たわって天井を見上げる。自然と溢れ出る涙が止まらなかったが、深い出汁の匂いに包まれた部屋にどこか懐かしさを感じ、いつの間にか眠りについていた。

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夫の浮気疑惑が色濃くなって来たあゆみが次にとる行動とは…?