高学歴・高収入・男性に引けを取らない仕事への情熱。

都内の高級エリアに住み、欲しいものは何でも自分で買うことが出来、食事は本当に美味しいものしか食べたくない。

にゃんにゃんOLのように自分の生活を誰かに変えてもらおうと、必死で結婚相手を探す必要もない。

そんな無敵のような女に訪れた苦難。あなたは、どう感じるだろうか?

上司の橘から突然のNYへの赴任辞令を出され、夫・清に相談する可奈子。すぐにでも子供が欲しい清と、まだまだキャリアを諦められない可奈子との話し合いは平行線をたどる。




可奈子は、辞令への回答をするため橘の部屋を訪れた。

昨日の清との話し合いでは、お互いの気持ちはぶつけ合ったのだが、結局二人が納得する明確な答えは出なかった。

だが今、可奈子の気持ちは既に決まっていた。

清の希望が叶えられないのであれば、この辞令は断るしかない。

そう思っていた。

可奈子の出した答えを、橘はどう受け取るのだろうか?

不安な気持ちで、橘の部屋のドアノブに手をかけた。



-2時間前ー

橘への返事をする朝、可奈子はいつもより早く家を出て、パレスホテルの『グランドキッチン』にいた。

仕事で悩んでいる時など早朝にここへ来て、一人で考えを整理しているのだ。

可奈子は皇居のお堀を眺めながら、昨日の清とのやり取りを思い出す。


今までとは違う自分に気づいた可奈子


清の考えは終始一貫していた。

「僕は可奈子がこれまで凄く頑張ってきたのもよくわかっているし、最大限応援しようと思ってるよ。だけど、僕の理想もわかって欲しい。僕の望みは可奈子と子供を作って家族で暮らしたいだけなんだよ。」

いつものように落ち着いた口調だが、こればかりは引けない、という無言の圧力を可奈子は感じた。

だが、可奈子だってただ黙って頷くことはできずに反論した。

「私も清の夢を叶えてあげたいよ。でも、海外に赴任してすぐに妊娠なんてしたら、私働けなくなっちゃうじゃん。産みたくないんじゃなくて、産める準備が出来た時に妊娠したいの。」

「そんなこと言ったって可奈子は、きっと海外赴任したら仕事が楽しくなって、もっと長くNYで働きたいってきっと言うでしょ?そうやって、いつかはって言っていた日が永遠に来ないかもしれないことが不安なんだよ。

僕としては、可奈子が時間をおかずに子作りするって約束してくれるんだったら、海外に行ってもらっても構わない。」

清の言葉に、可奈子は何と返したらいいのかわからなかった。

可奈子の人生なのに、“行かない”という選択肢が当たり前にあるかのように話す清に、違和感を覚えたのは確かだ。

だが条件付きとはいえ、海外に行くことに理解を示してくれる心の広さには感激したのだった。



ーこんな風に子供と仕事とで悩んでしまう私は、女性としておかしいのかな…

朝の『グランドキッチン』でそんな不安を感じた可奈子は、昔から仲の良い明美にLINEで相談することにした。

明美は別の部署で働いていた元同僚で、出産を機に退職しており、可奈子にとっては仕事へのモチベーションこそ異なるが、プライベートについては色々話せる良き相談相手だ。

可奈子が、昨日起こった一部始終を明美に報告したところ、すぐに返事がきた。

その内容は、可奈子はどうせ諦められずに、最終的には清を説得してNYに行くのだろうから清への感謝の気持ちを忘れずに!というものだった。

それまで真剣に悩んでいた可奈子だったが、一番自分を理解しているはずの友人から自分はそんな女だと思われているのかと思うと、本心を見透かされているようで、コーヒーを飲みながら吹き出しそうになってしまった。




可奈子も自分の諦めの悪さは嫌になるほどわかっており、そのおかげでこれまで仕事も結婚も理想とするものを手にしてきたと自覚している。

しかしもう昔のように自分の目指すところへ突き進んでいって、達成感を味わうだけの人生ではないことにも気づいていた。

家族が欲しいというパートナーの理想を叶えてあげられない結婚なんて、意味がない。

自然とそう思えた。

正直に言えば、可奈子自身もいずれは子供が欲しいと思っているだけに、タイミングについてはもう少し融通がきかないものかと思ってしまう。

結局、家族を作ると言っても、妊娠するのも出産するのも可奈子なのだ。

そのために自分の人生の変化に不安を感じるのは女性だけなのだ。

それでもやはり、この先の人生を考えると、家族以上に優先するものはない、というのが可奈子の結論だった。

清の希望が叶えられないのであれば、海外行きは諦めよう。

今まで大切だと思っていたものを失ったとしても、それに代わる大切なものがきっと結婚によって得られるのだと信じるしかない。


果たして可奈子の辞令の行方は?


可奈子は、意を決して橘の部屋へ入り、橘の机の前に椅子を置き、向き合って座った。

「昨日のお話なんですが、主人と相談しまして、私としては本当に行かせて頂きたいんですが、主人は私たちもいい年なんで、子供の心配をしているんです…」

我ながら歯切れが悪いなあと思いながら、可奈子は続けた。

「ですので、私がこの先海外に行く事で、子供を産むタイミングを逃してしまうのであれば行って欲しくないということのようで、私としてはいろいろ悩んだんですが、家族の希望を優先したいと思っています。」

重い口調で話す可奈子に対して、橘は被せ気味に答えた。

「そんな心配しなくていいから。俺も湯川の年齢の女性を送るっていう事は、そういう可能性があるってわかってるよ。海外駐在する事が子供を諦めることになるべきじゃないと思っているから、気にしなくていいよ。」

「それは、海外に行った後、妊娠しても問題にならないということですか?」

橘からの意外な返答に、今度は可奈子の方が被せ気味に聞いた。

「うん、そうだね。仕事も頑張って貰いたいし、湯川と旦那さんが望むのであれば子育ても経験して貰いたいしね。」

そして、呟くように橘は付け加えた。

「まあ、いいもんですよ。家族を持つのは。」

可奈子にとっては、うっすら期待していた答えでもあったが、こんなにあっさりと背中を押されると思っていなかったため、少し面食らってしまった。




ーそうなんだ…どちらかを諦める必要はなかったの…?

確かにこの先、何年駐在するかもわからないのに、その間子作りが出来ないというのは、海外駐在とは男性にしか許されていない、と言われているようなものだと感じていた。

海外への社員の派遣は、会社にとってお金がかかる。どこの会社でもある程度仕事で成果を出してからでないと、その機会に恵まれることは出来ないだろう。

そして結果的に30歳を過ぎた海外駐在員の選定においては、男性は既婚者が多くなり、女性は独身者が多くなる。

だが可奈子は、そんな理由で貴重な機会を失うのは嫌だった。

自分の働きが認められて、プライベートにおいても家族の理想を諦める必要がないのであれば、行く以外の選択肢はない。

これであれば清もきっと納得してくれるはず。

橘からの言葉で、可奈子は色々な迷いが吹っ切れた気がした。

可奈子はNY行きを決意し、橘の部屋を後にして、まずは清に連絡をしようと携帯を手に取る。

NY行きを報告したら、清を悲しませてしまうだろう。けれど、家族を作ると言ったらきっと喜んでくれるはず。

可奈子は仕事もプライベートも充実していることに心の底から感謝していた。

だが常に、上手くいっている時ほど、周りでは面白く思っていない人がいて、そういう人たちは、ふとした時に引きずり降ろそうとしてくるもの。

可奈子が海外行きのオファーを受けたのに子供も諦めていないという話を耳にして、ギリギリと奥歯を噛みしめて、可奈子のことを睨みつけている同僚がいたのだ。

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NY行きを決めた可奈子に新たな試練が降りかかる