結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか・・・?

田中の両親への挨拶も終わった奈々子。ティファニー本店前で、その時はくるのか?




「まーくん、エビフライ焦げてる!」

「わあ、あ、ぎゃっ、あちっ!」

ある日曜日。

1週間分の料理を一緒に作り置きするのは、奈々子と田中のルーティンになっている。

黒焦げのエビフライを見つめながら、田中は「また失敗しちゃった・・・はあ」とがっくり肩を落とした。

「仕方ないわよ。練習あるのみ!」

そう言って田中を励ます奈々子だが、実は彼の成長には驚くばかりだった。

当初は、目玉焼きもろくに焼けなかった田中が、今や揚げ物に挑戦している。掃除だって、ゴミ捨て専門要員だったのに、いまや重曹を使ってキッチン周りを掃除しているのだ。

ゆっくりだが着実に、家庭的な夫へと成長中だ。

「そうそう、奈々子さん。今月のレストラン巡りは、『リストランテ エッフェ』にしました」

「そこ行ってみたかったの。嬉しい!」

二人は、月に一度時間を合わせて美味しいものを食べにいくと決めている。

出会った当時は、ラーメンしか提案してこなかった田中も、いまやなかなかの食通だ。

「その日は、ティファニー本店前で待ち合わせしましょうか」

-ティファニー本店前・・・。

奈々子は、あの日の出来事を思い出しながら、田中に向かって大きく頷いた。


あの日、ティファニー本店前で。


結婚してください、でも・・・。


ー半年前ー

「奈々子さん、僕と結婚してください。でも・・・」

ティファニー本店の前で田中からプロポーズを受けた奈々子は、すぐに「YES」と伝えたかった。が、しかし。謎の接続詞、“でも”の後に続く言葉を聞かないことには、無条件に受け入れるわけにはいかない。

田中に限ってそんなことはないと思うが、いざプロポーズの時に「実は前妻に養育費を払っている」などと打ち明けられて悩む女子の話は、周りでも何度か聞いたことがある。

田中には、どんな言いにくいことがあるのだろうか。一刻も早く聞いてすっきりしたい奈々子は、戸惑いながら聞き返す。

「で、でも・・・?」

すると、田中は恥ずかしそうに、子犬のような目をしながら奈々子に質問してきた。

「奈々子さん、婚約期間が少し長くなってしまっても大丈夫ですか」

「・・・?」

彼の言わんとしていることがいまいち理解出来ない奈々子。すると、田中が観念したように、自分の本音を語り始めた。

「恥ずかしいんですが、僕、まだ働き始めたばかりなので貯金もそんなになくて。だから、結婚式とか新婚旅行には少し時間がかかりそうなんです。そんな僕でも良ければ、結婚してください」

田中の言葉を聞いて、奈々子の胸はジーンと熱くなった。

ドラマに出てくるようなロマンチックなプロポーズではない。でも、奈々子の心には、彼の堅実でひたむきな言葉が何よりも嬉しく、心に響いた。

不器用だけど真っ直ぐな、田中らしいプロポーズだった。

「もちろん、お受けします」

奈々子が田中の目をしっかりと見つめながら答えると、田中の顔がぱっと明るくなり、その目には涙が浮かんでいた。

寒さと緊張でブルブル震えていた田中を、奈々子がぎゅっと抱きしめると

「奈々子さん、大好き!さ、婚約指輪の下見をして行きましょう」

そう言って、二人で手を繋いでティファニーの店内へと足を踏み入れた。




田中からプロポーズを受けた翌週、二人は大急ぎで奈々子の実家、静岡に帰省した。

実家に向かう道中、ふと田中に目をやった奈々子は、スーツ姿がなかなか様になっていることに驚く。

かつては、学生っぽさが抜けず、ビジネスマンというより、就活生の雰囲気が漂っていた田中が、着実に成長していた。

奈々子の母親は、田中が年下であることをあまりよく思っていないようだったが、実際に田中に会うと、彼の真面目さや人柄の良さが伝わったのだろう、すぐに気に入った様子で満面の笑みを浮かべた。

普段は寡黙な奈々子の父親も、その日ばかりは饒舌で、田中と日本酒の話題で盛り上がっており、大きな笑い声が家中に響いた。

その後、両家の挨拶も無事に済ませた二人は、一緒に暮らし始め、今は、結婚式の準備をしつつ、二人らしくのんびり過ごしている。


奈々子の転勤問題。二人はどう考えたのか?


大切なものは、どれだけ時間をかけたか


奈々子がプロポーズを受けた時、「転勤ですぐに離れ離れになってしまうかも・・・」そう思ったのは事実である。

転勤目前なのは分かっていた。だが、奈々子に迷いはなかった。

「二人で話し合って最適解を見つければ良い」

いつか田中が言った言葉を思い出しながら、前に進もうと決意したのだ。



結婚が決まった後、二人が上司や部署に報告を入れると、皆「バレバレだったけどね」と笑いながら祝福してくれた。

予想外だったのは、奈々子が人事部の女性活躍推進室に呼ばれたこと。

不思議に思いながら会議室に向かった奈々子は、初めて会う室長から会社の方針についての話を聞かされ、ある依頼をされた。

「突然呼んでごめんなさいね。まずは結婚おめでとう。さて本題なんだけど、会社の制度上、総合職に転勤があることはご存知よね?

実は最近、転勤がネックで女子就活生が内定を辞退するケースが増えているの。そんな事態を受けて、会社では、希望者には配偶者と同じ地域で勤務出来る制度を導入しようと考えているわ。そこで、岡田さんに若手女子社員のヒアリングをしてほしいのよ」

総合職女子の中で、“結婚後の転勤問題”は、よく話題に上がる。このような制度が出来れば、女子就活生へのアピールにもなるし、女子社員の退職率も下がるだろう。

制度の整備はまだまだこれからだが、まさに運用を始めようとしている、そんなところらしい。

「私で良ければ、精一杯頑張りたいと思います!」

快く引き受けた奈々子は、早く田中に話したい、そんな思いに駆られた。




そんな経緯もあり、奈々子は、この新たな制度を利用することに決め、田中との同居が可能な範囲での勤務を希望した。

この制度を選択することによって給料は多少下がるし、純粋な総合職よりは出世も遅れる。しかし、それと引き換えに、田中と一緒に過ごす時間を手に入れることができる。

田中と話し合いを重ねて選んだ道。これが二人の最適解だったと思っている。



ー先に帰宅したので、料理温めて待ってます!ー

田中からのLINEに、奈々子の口元が思わず緩む。

急いで駅へ向かう道すがら、かつて田中の残業を手伝った時に行った定食屋が目に入った。

懐かしさで胸がいっぱいになった奈々子は、田中との日々を思い出す。

出会った当時、飲み会でのマナーも分からず、仕事でもよく半ベソをかいていた田中。頼り甲斐は全くなかったし、奈々子が頼られることばかりだった。

それに、デートプランやレストランのセンスもいまいちで、リードしてくれる素敵な恋人に憧れたこともないわけではない。

だが今の奈々子は、そんなことに一喜一憂していた自分が恥ずかしくなる。そんなもの、社会人経験の少ない男に求めても仕方のないことだ。

彼らは徐々に学び、吸収していくのだから。

そんな目先のことにばかりに目がいってしまい、人間的な魅力や本質を見過ごしてしまっては何の意味もない。

ある絵本の中で王子様が言う、“大切なものは、目には見えないんだよ”。

そのあとの一節を知っているだろうか。

“君がバラに時間を費やしたからこそ、君のバラは大切なものになったんだ”

かけがえのないものや大切なものは、出会ってすぐに分かるものではない。自分が愛情や時間をかけたからこそ、それが大切な存在になったのだ。

-これからも、ずっとずーっと一緒に田中と過ごそう。

その思いを胸に、奈々子は家の玄関を思い切り開けた。

「ただいまぁ!・・・ん?」

室内に嫌なニオイが充満している。急いでキッチンに走った奈々子は、黒焦げになった食パンを見て唖然とした。

「明日のお昼にサンドイッチでも作ろうかと思って・・・」

まだまだ、田中に教えることは多そうだ。

Fin.