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 収容人員は2010年東京五輪時で約6万人。その後は、トラック部分を撤去し、8万人収容の球技場に改装される。現在、建設中の新国立競技場の話だが、旧国立競技場の収容人員が5万人だったので、1.6倍にスケールアップする計算になる。進行中の建設工事は、建物のおおよその形が見えて来た段階だが、確かにスタンドの嵩は、旧国立競技場より2回りほど大きくなった印象だ。

 大きな嵩のスタンドはまさに壁だ。観衆は、外の世界と隔絶された、別世界に身を委ねることになる。日常を忘れさせる非日常的な空間は、レジャーの精神を掻き立たせる大きな要素と言われるが、スタジアムで言えば、それはスタンドの密閉性と大きな関係がある。外の世界との関係を完全に遮断する屋根付きドームは、その最たるモノになるが、旧国立競技場にそうした魅力は存在しなかった。収容能力5万人のスタジアムの割には、広い空を拝むことができた。
 
 周辺の環境と空気を共有する、いわゆる劇場空間を演出しにくいスタジアム。単体では、よいスタジアムの定義から外れていた。にもかかわらず、ファンからは長年にわたりサッカーの聖地として親しまれた。
 
 アクセスの秀逸さに加え、ロケーションに明治神宮外苑という独得の付加価値を備えていたからだ。その神聖なというか、厳粛なというか、外苑の杜ならではの清涼な空気感が、オープンエアーなスタジアムに、やおら侵入していたからに他ならない。正月に行われる天皇杯や高校選手権の時に、とりわけ強くそれを感じさせたものだ。

 バックスタンドの上階に陣取れば、正面スタンドの屋根越しに、新宿の摩天楼を拝むこともできた。都会のど真ん中に位置するのに、シンとした空気に包まれるそのギャップこそが、旧国立競技場の魅力の源泉になっていた。
 
 お隣に位置する神宮球場も、それと同じ魅力を共有している。こちらの収容人員は3万人。旧国立競技場の6割になるが、掘り下げ式のため、スタンドの高さはその半分にも達していない。外野席に至っては10m程度しかない。スタンドの中にいても、それを取り囲む「緑」が目に入ってくる。
 
 旧国立競技場以上に神宮球場は厳かな場所だ。空も広いので、ナイターでは白球が夜空にくっきりと浮かび上がる。まさにベースボールグラウンドという佇まいなのだ。夏にビールが進むスタジアム。野球が純粋に愉しめるスタジアム。野球ファンにとって、歓迎すべきスタジアムであるとは、すでに多くの人によって語られている台詞だ。
 
 その神宮球場の外苑前駅方向隣に位置する秩父宮ラグビー場についても同じことが言える。国道246号(青山通り)沿いに建つ伊藤忠ビルが、ゴール裏席の背後にデンと控える、繁華街の喧噪も感じさせるが、バックスタンドの高さは、背後に控える銀杏並木よりだいぶ低い。こちらも神宮の杜のテイストを味わうことができるスタジアムだ。
 
 246側から、秩父宮ラグビー場、神宮球場、国立競技場の順に並ぶ各スタジアムは、同じテイストをまさに共有する兄弟のような関係にあった。サッカーが行われている国立競技場には、神宮球場の歓声がよくこだましてきたものだ。瞬間、サッカーファンは、野球に対抗意識を燃やしつつも、同時にスポーツファンとしての親近感を抱くことになった。外苑の杜はそれを繋ぐパイプ役を果たしていた。
 
 だが、それは新国立競技場には適用されないだろう。外苑の杜に漂う独得の空気が、数十メートルはありそうなその高いスタンドを乗り越えて、スタジアムに侵入していくことは難しそうだ。
 
 いっぽう、神宮球場と秩父宮ラグビー場は東京五輪後、それぞれの場所を入れ替える予定になっている。神宮球場のある場所に秩父宮ラグビー場が、秩父宮ラグビー場のある場所に神宮球場が移転する。利用頻度が高い神宮球場を外苑前駅に接近させ、周辺に商業施設を新たに建設することで、地域を活性化させようという再開発計画だ。

 それでもなお、この場所でしか味わえない独得の空気感は保たれるだろうか。新しい神宮球場は、新国立競技場と同じ運命を辿りそうな気がしてならない。ある意味での観戦環境は整うかもしれない。至便性はより高まるはずで、それが観客動員に繋がる可能性は高い。しかし、いっぽうで、他の野球場にはない唯一無二のテイストが失われてしまう可能性は高い。

 外苑の杜を介して国立競技場、神宮球場、秩父宮ラグビー場、さらに言えば、東京体育館や同屋内プール、アイススケート場の各スポーツ施設が点在するこのスポーツパーク。その空間的な魅力は、もっと大切に保護されるべきなのだ。しかも、大都会東京のど真ん中。立地面にも優れた世界を見渡しても2つとない、日本が誇るべき価値の高い場所なのだ。

 野球界、ラグビー界にとって、神宮球場と秩父宮ラグビー場は、いずれも聖地であるはずだ。それが解体され、お互いの場所を入れ替えて新スタジアムが建設されれば、聖地らしさを失う可能性がある。外苑の杜の環境も一変しかねない。これがあまり大ニュースとして報じられない日本。スポーツ貧国ぶりを示す一件だと言いたくなる。