イタリア遠征で急造チームを支えたMF谷川勇磨、苦難の時を乗り越え次の舞台へ

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 1月28日、成田空港に到着したMF谷川勇磨 (ヴィッセル神戸U−18)は「このチームのキャプテンができて、本当に良かったです!」と胸を張った。

 このチームとは、高校年代最高峰のリーグ戦である高円宮杯U−18プレミアリーグの参加チームから選出された『NIKE NEXT HEROプロジェクト』の選抜チームのこと。1月22日より行われたイタリア遠征で、谷川は朝岡隆蔵監督(市立船橋高)から主将に任命された。

 寄せ集めのチームで、活動期間もわずか1週間という状況において、谷川は誰よりもチームのことを考え、立ち居振る舞いに気を配っていた。試合中は常に声を出しながらチームを盛り上げ、プレーでは中盤の底で攻守に奮戦。ピッチを離れれば“いじられキャラ”を演じ、年下の選手には意識的に話しかけた。谷川の言動でチームが急速にまとまっていったのは確かで、その強いリーダーシップには驚かされた。

 しかし、そんな谷川も最初から“立派なキャプテン”だったわけではない。ちょうど1年前の今ごろ、自ら志願して神戸のキャプテンに就いたが、チームでの立場は厳しいものだった。プレミアリーグWESTの開幕戦に先発したものの、キャプテンマークを巻いたのは谷川ではなくMF佐藤昴だった。「自分のことしか頭になかった。どこかで、『自分がプロになれればいい』とか、『自分さえ良ければ』という気持ちがありました」。

 今ならば冷静に振り返ることができるが、当時は野田知監督(神戸U−18)からの言葉もなく、Bチームで練習する日々に苛立っていたと話す。一体、自分の何がダメなのか。落ち着いて自らを見直せたのは、後藤雄治コーチから渡された1冊の本がきっかけだった。心理学者であるアルフレッド・アドラーの思想をもとに、他者から嫌われることを恐れない勇気を持ちながら自分らしく生きるための方法を紹介した大ベストセラー『嫌われる勇気』(岸見一郎、古賀史健著/ダイアモンド社)。そこに並んでいた言葉が彼の心に響いた。

「その本を読んで、考え方がガラリと変わりました。サッカーと向き合う姿勢や、自分がどんな存在でいればチームを一つにできるのかを学んだ」

 それからというもの、谷川はプライベートを犠牲にしてとことん自分を追い込んだ。プレー中は独りよがりにならないよう黒子的な役割を担い、以前は「義務で書いていた」という練習ノートも、「自分のプレーを突き詰める」書き方に変えた。「ただ書くだけではなく、読み返す時間を大事にするようにしました。自分でリマインドすることで、プレーヤーとしての質を上げた。とにかく成長することに貪欲でしたね」。谷川はそう言って照れ臭そうに笑う。

 声を震わせたのは、その直後だった。

「やっぱり家族が僕の一番の支えで、試合に出られない時も応援してくれた。Bチームの試合でも見に来てくれたんですよ。毎日ご飯を用意してくれて、僕のためにお金を稼いでくれている両親の姿を見たら、腐っていられないなと。どんな時も家族が僕の支えでした」

 プレミアリーグの東西王者が日本一を懸けて激突した昨年12月の高円宮杯U−18チャンピオンシップで、谷川の左腕にはキャプテンマークが巻かれていた。惜しくも優勝は逃したものの、印象的な活躍をした選手に与えられるMIPに選出された。挫折を経験した18歳は一回りも二回りもたくましくなっていた。

 本人は「高校生活はやり直したくないですね」と苦笑いを浮かべたが、経験したものの価値を十分に理解している。「必ず人生に生きますよね。サッカー選手としてだけではなくて、人間としても。挫折を知っていることは、僕の誇りです」。イタリアでも簡単にキャプテンをこなしていたわけではない。「こんな豪華なメンバーの中でキャプテンをやらせてもらっているから」と話した谷川は、彼なりに急増チームをどうにかまとめようと必死だったように思える。

 春からは福岡大学に進学する。「劇的に環境を変えないと、殻を破れない」という考えから、生まれ育った神戸、そして家族のもとを離れる決意をした。「もっともっと成長したい」。どん底から這い上がってきた谷川がその思いを胸に、覚悟を持っていばらの道を突き進んでいく。

取材・文=高尾太恵子