1月14日、リトアニアの杉原千畝記念館を訪問した安倍首相夫妻(写真:ロイター/アフロ)

安倍晋三首相は、今年1月半ばにバルト三国を含めた旧東欧諸国を歴訪した。この地域の動きが現在の世界の動きを凝縮している点においても、旧東欧諸国をこのタイミングで訪問したことは、まさに時宜を得た歴訪だったといえる。

EUの中でも、これらの旧社会主義圏の国々は2004年以降にEUに正式に加盟した国々であり、いまだEUの外にあるか、EUに入っていてもシェンゲン協定(欧州国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定)の外にあるか、さらにはユーロ圏の外にある地域も多い。経済力や国の大きさ、宗教的色彩、文化的色彩において、EUの中核であるフランスやドイツの事情とは大きく異なっている。

中東欧と他の欧州諸国との「距離感」

とりわけ中東欧地域は、難民の受け入れやウクライナ、ロシア地域との関係をめぐってEUとは異なる態度を取っている。


東欧諸国(写真: hs6 / PIXTA)

筆者も一昨年と昨年、バルト三国、ポーランド、チェコ、クロアチア、スロベニアを数回にわたって回る機会を得たが、その印象という点からいえば、中東欧は今、EUの中でフランス、ドイツにやや距離をとりながら、自らの戦略的位置を見直しつつあるといったところであろうか。

2015年から激増した中東やアフリカからの難民をどう受け入れるかをめぐっては、彼らの受け入れを拒否し、徹底した国境封鎖政策をとったのが、この地域であった。右翼政権の誕生や、反民主主義勢力の台頭と報道されるのは、こうした政策のゆえである。

この地域には、EUの中の後背地といった役割が与えられてきた。1人当たりの所得で見ても、ウクライナ、ブルガリア、モルドバ、ルーマニア地域を最底辺として、EUの中の”アフリカ”といった様相を示している。かつてチャーチルが述べた鉄のカーテンは、格差の鉄のカーテンという点で今も健在である。

筆者は1981年から1年間、政府給費留学生としてユーゴスラビア(当時)のザグレブ大学に留学した経験がある。当時は、バルト三国とウクライナはソ連の一部であり、ポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴスラビア、ブルガリア、アルバニア、ルーマニアが東欧の社会主義国として存在していた(モルドバは存在していなかった)。

これらの国は、ポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリーといったソ連以上の工業力を誇る国と、ユーゴスラビア、アルバニア、ブルガリア、ルーマニアといった農業地域に分かれていた。前者の国々は、社会主義の産業力の最先端に位置し、車や電気製品などの輸出国だった。後者はもっぱら農業国として存在し、ともにコメコン(ソ連・東欧の相互経済協力機構)と振替ルーブル制度(ルーブルを基準にした相互決済機構)という経済的分業体制の中で、それぞれの地位を得ていた。

「拡大EU」がもたらした問題

1989年にベルリンの壁が崩壊して以後、これらの地域は一気に変化する。工業国であった東ドイツは西ドイツに吸収され、ポーランド、ハンガリー、チェコはドイツやオーストリアの経済的後背地となる。

ユーゴスラビアから独立したスロベニア、チェコから独立したスロバキア、ソ連から独立したバルト三国は国が小さいこともあり、ある産業に特化し、それなりの経済的安定をもっている。ドイツやオーストリアに近い地域は、低賃金による下請け工業の地域として地位を確立していった。いわばこれらの諸国は中央であるドイツ、オーストリアの半周辺の位置に組み入れられたのだ。

しかし、バルカン地域にある、クロアチア、セルビア、ブルガリア、マケドニア、ルーマニア地域は、こうした後背地の外にある、周辺地域として取り残されることになる。西ヨーロッパの最富裕国ルクセンブルクと最貧国ウクライナでは、1人当たりの所得がおよそ10倍も違うといった状況が、拡大EUの新たな問題として浮上している。

もっともこれらの地域には利点として、石油や天然ガスをロシア地域から輸入できるという点がある。さらに外交関係はよくはないとしても、トルコ、ロシア、中東といった地域との交易において、これらの地域は、西ヨーロッパ諸国以上に有利な地理的位置をもっている。バグダッドやテヘランから西ヨーロッパに行くトラックはこの地域を通る。しかし、現在トルコ問題、ロシアとウクライナの紛争といった流れを受けて、大きな経済発展の可能性を封じられている。

今でも東欧地域(彼らはむしろ「中東欧」という言い方をする)は、お互いに密接な結びつきを持っている。かつてのスラヴ主義運動(1830〜1870年代にロシアのインテリゲンチアの一部でもてはやされた宗教的国粋主義的思潮)のように、スラヴ地域といったアイデンティティ、時には旧東欧圏(旧東側諸国)というアイデンティティもある。現在こうした利点を十分に生かせていない中東欧には、かなり大きなストレスがたまっている。

そんな中、2017年に中国の一帯一路という新しいシルクロード政策が北京で始まった。そこにちゃっかりと中東欧の閣僚も出席していた。

一帯一路政策は、経済が成長しつつある地域を含むという点だけでなく、とりわけ陸路による交通の発展という点で東欧の関心をひきつけている。東欧は大西洋から隔絶している点で、大西洋を使った貿易には不利である。ウクライナ、ロシア、モンゴル、カザフスタンなどの地域を通って中国と結び付けば、経済発展に有利である。そこを中国は見逃してはいない。早速昨年暮れにハンガリーで中東欧の国が集まり、中国は多額のインフラ投資を約束した。

中東欧の発展はロシア・中国抜きに考えられない

すでに中国は、かつての旧東欧圏と友好関係をもっていたという経験を生かして、この地域にかなり食い込んでいる。旧東欧圏とロシア、中国とを結ぶ新たな経済関係が発展しつつある。ウクライナ問題は、逆にいえば、そうした旧社会主義圏の巻き返しに対する西側の抵抗と見ることもできる。その意味では、ロシアや中国への制裁、そして北朝鮮への制裁に対して、中東欧はアメリカや西欧のような歩調を必ずしもとれないともいえる。

アメリカや西欧に対するこういった不満が出る背景には、ベルリンの壁崩壊から30年が経つ今、中東欧は期待したほどに経済が発展していない点が挙げられる。当時は、西欧圏に入ればすぐにでも発展するという希望があったが、実際にはそうなっていない。

後背地として地の利のいいドイツ、オーストリアの近郊地域と、賃金が極端に低く西側の投資を受けやすい地域以外は、発展から取り残された感じである。クロアチアなどはまさにそうした地域かもしれない。唯一の産業は観光であり、観光立国として生きるしかない。そしてクロアチアが、シェンゲン協定やユーロ圏加盟に逡巡しているのは、近辺諸国との国境問題や移民問題、経済問題があるからである。

中東欧の発展には、やはりトルコやロシア、さらには中東、中央アジア、中国への回路の存在を抜きに考えられないだろう。今後、この地域が世界経済の牽引役となる可能性は大である。中東欧での安倍外交が、アメリカや西欧に追随し、中東欧にロシア・中国への封じ込めの協力を要請するだけでは、中東欧との関係においてあまり発展性があるとはいえない。

日本と中東欧の関係が発展するとすれば、ロシア・中国との関係改善が前提となる。その上で、ユーラシア大陸に生まれつつある陸路による新しい発展に備えるのであれば、協力できることは多い。そうした意味で、北朝鮮を目の敵にするだけでなく、中国を中心とした新しいユーラシア大陸の経済発展構想にも関心をもつ先見性と、懐の深さが日本にも求められるだろう。