今、東京の男女が密かに抱えている悩みがある。

恋人や夫婦間での、肉体関係の喪失だ。

ある統計では、今や世帯年収1,000万円を超える夫婦においては、過半数以上が当てはまるという。

約4年に渡る同棲生活で、結婚前にも関わらずプラトニックな恋人となってしまった美和子と健太。

ふたりが付き合いを始めるきっかけを作った、美和子の先輩である百合(34歳)もまた、夫とのレスに悩み離婚していた。

夫婦とは、男女の愛とは、一体?

来週の最終回を前に百合が語る、レス離婚の真実。




男女の愛は…


「それじゃあ、改めて…これからは夫婦として、どうぞよろしく」

リネンシャツをラフに捲った右手を差し出し、隣に座る彼がグラスを傾けた。

目の前には、金色とオレンジが混じり合って輝く広い空と、ハワイの海。

私が今、『53 by the sea』で見つめ合っているのは…“やまちゃん”こと、山田和樹。私の、大学時代からの同級生だ。

「でも百合、本当にいいの?結婚式ナシで。俺は男だからさ、心底どっちだって構わないんだけど」

和樹の質問に、私はターコイズのピアスを揺らして首を振った。

「いいの。今さら結婚式に何百万もかける気になれないし、何より結婚は形じゃないって身に染みてるから。こうして何のわだかまりもなく、和樹と一緒にお祝いできてる今が、ずっとずっと特別よ」

言いながら、不覚にも目頭が熱くなってしまう。

…そのくらい、深く重い絶望を、私はここ数年で味わった。

そしてそんな私をそばで支え、女としての自信を取り戻させてくれたのが、和樹だった。

「そっか」と短く答え、彼は照れた表情で視線を逸らす。

私はそんな彼をとても愛しく感じ、ソファに置かれた彼の左手をそっと握った。

恋人と、自然に笑い合うこと。手をつなぐこと。キスをして、抱き合うこと。

以前は私にとっても、それは愛し合う男女の、当たり前の営みだった。

しかし今、はっきりとわかることがある。

男女が生涯同じ相手だけを自然に求め続けるなんて、不可能に近い、と。


百合が語る、レス離婚の真実


前夫と、レスになるまで


振り返って考えてみれば、最初に拒否したのは私だったかもしれない。

言い訳する気はないが、しかしそれには私にだって理由がある。

前夫はIT企業で働いており、夜が遅い代わりに朝も遅い。対する私は9時出社すべく、毎朝8時過ぎには家を出る。

日付が変わってから帰宅する夫は、家に戻るとカラスの行水からベッドへ直行。それでも私は彼の帰りを起きて待ち、そのためいつも寝不足だった。

まだレスになる前は、朝になって精気を取り戻したのであろう夫が求めて来ることが度々あった。しかし時間のない朝に、私は到底そんな気になれない。

傷つけないよう配慮はしつつ、「ごめんね。今は無理よ」と何度か断った記憶がある。

-百合が誘いを断るからよ。男はプライドの生き物だから、断られるとそういう気が失せるものなの。

レスを相談した女友達には訳知り顔でそんなことを言われたが、私にだって仕事がある。生活がある。

早く帰ってきた夜や、休みの日の朝に求めてくれればいいのに…。

しかし夫はといえば、早く帰宅した日は撮り溜めたテレビを見ながら晩酌して寝てしまうし、休みの日は昼まで寝ているのが常だった。

とはいえ気分転換したい気持ちはわかるし、疲れているのだから休みの日くらい昼まで寝かせてあげたい。

私たち夫婦は子どもを急いでいるわけでもなかったし、そもそも、お互いに無理をしてまで抱き合う必要などない。そういう行為は、お互い自然に求め合う中で営むべきもののはず…。

そんな風に思って、私は積み重なっていく抱き合わない日々に目を瞑ってしまったのだ。




-他に女がいるのでは?

そんな考えが頭に浮かぶようになったのは、気づけば抱き合わなくなって1年が経つ頃だった。

夫も私と同い年だったから、当時32歳。自分で対処できるとはいえ、その若さで、男性が1年もそういう行為ナシでいられるものだろうか?

実際この頃、夫は「プロジェクトが佳境で」という言い訳とともに、月に2〜3度外泊することがあった。そのほかにも、「?」と思うきっかけは多々あった。

一度浮かんだ疑念は打ち消そうとするほどに濃くなり、ある夜直感が働いた私は、寝ている隙に彼の財布を持ち出した。

そして、見つけてしまったのだ。

…彼が「仕事で帰れない」と言った日付の、チェックイン2名と記されたホテルのレシートを。


夫の不貞を知ってしまった百合。しかし真の離婚理由は、他にあった?


私が離婚を決めた理由


それまで私は、レスではあったものの、特に不満があったわけではなかった。

彼とは変わらず仲も良く、腕を組んだり、冗談で軽くキスをするようなスキンシップはあったから、気にはなっても“悩む”領域には達していなかったのだ。

しかし、夫は私にわざわざ嘘をついて、他の女とホテルに泊まった。

私に対しては、自分の生活ペースを崩そうともしなかったのに。

私には、求めてもこないのに-。

その事実は私を大いに傷つけ、苦しめた。そしていよいよ、レスであるという事実に向き合わざるを得なくさせたのだ。




ただ誤解のないように言うと、私が夫と離婚した直接の理由は…彼の不貞ではない、と思っている。

多少強がりもあるかもしれないが、彼とは結婚前の付き合いも長く、当時すでに結婚生活も4年以上が経っていたから「まぁ、そんなこともあるか」と思えるくらいの余裕は持ち合わせていたのだ。

私が問い詰めた際、夫は、苦しいながらも決して不貞を認めなかった。

「僕が愛しているのは百合で、他に女など絶対にいない」と。

…もちろん、そこに嘘があるのは百も承知だ。しかし、真実を追及することがいつも正しいとは限らないだろう。特に、夫婦関係などというものは。

そのあと夫は、どんなに遅くとも毎日必ず帰るようになったし、私を心配させないようマメに連絡を入れるなど、誠意ある対応を取った。

それゆえ私は、不貞行為に関しては、(100%ではないにしろ)夫を許していたのだ。

ただ-。

この件をきっかけに、私はレスを解消したい、解消しなければ、と焦るようになった。

そうしなければ夫はまたいつか必ず、私を裏切る。それだけは避けなければならない、そう思って。

しかしこの時すでに、レス期間は1年以上。何もせず、自然に抱き合える日がくるとは、到底思えなかった。

…ある夜、私は意を決して夫に頼んだ。

「私を抱いて欲しい」「レスのままでは、ダメになってしまう」と。

女の私から、こんなセリフを口にする日が来るなんて。

レスとはまだ無縁の、若いお嬢さんたちが聞いたら、なんて哀れな女だと思うでしょうね。

レスになってしまうのは、“女としての魅力がないからだ”とか“女磨きを怠ったからだ”とか…好き勝手言う人も多いから。

けれど、魅力とか美貌とか以前に、そもそも同じ異性にずっと欲情し続けられる人の方が少数。男も、女だって。それはもう、生物学的に仕方のないこと。

それならたとえ不自然であろうと、屈辱的であろうと、私は夫とともに努力して、レスを克服したかった。

…しかしそう願ったのは、私だけだったのだ。

「…悪いけど、そういう話はしたくない」

彼との結婚生活を続けていくために、夫婦としてやっていくために、恥を忍んで切り出したのに。

私の言葉を、彼はあっさりと拒絶したのだ。

それは、不貞行為を見つけた時なんかよりもっともっと深いところで、私の心を壊した。


レス離婚を経験した百合が、再婚に当たって和樹と決めたルールとは


一度レスになった夫婦は…元に戻れる?


夫と離婚を決めたのは、憔悴しきった私を和樹が支えてくれたからだ。

他に誰もいないのに34歳で別れを選択できるほど私は強くない。和樹が寄り添ってくれなければ、私は今も夫とレスのまま、粛々と毎日を過ごしていただろう。

なぜなら私と夫は、レスであるということ以外に、何も問題はなかったから。夫の不貞でできてしまった溝も、彼の誠意ある対応で少しずつ埋まりつつあった。

しかしそれでも、レス問題に関してだけは、まともに話し合うことすらできなかったのだから、本当にこの問題は繊細で、根深いのだと思う。

今になって思えば、夫は私ほど強くなかったのかもしれない。

男と女の、生々しい欲望、煩悩、身勝手を曝け出し、それをお互いに受け容れるだけの度量を持ち合わせていなかったのかも。

もしくは、そんな風に精神をすり減らしてまで、私とやっていきたいと思えなかったか、あるいは、その両方か。




オレンジ色だった景色は、気がつけば深い青に染まっている。

隣でハワイ旅行の思い出を見返している和樹の無邪気な横顔を、私はこの上なく穏やかな気持ちで眺め、その温かな幸せを噛みしめた。

和樹は、私が前夫とどういう経緯で離婚するに至ったか、すべて知っている。

だから再婚するにあたって、どうすればレスにならない夫婦でいられるかを二人でたくさん話し合った。

何が正解かはわからないが、私たちはいくつかのルールを作った。

例えば、毎日必ずハグをする。必ず一緒のベッドで寝る。記念日はちょっといいレストランで食事をして、そのままホテルに泊まる。月に1度は旅をする。忙しい時は、都内でホテルステイするのでもいい、などなど。

その方法が有効かどうかは、正直わからない。しかし私は、お互いが男女の関係を維持しようと努力することにこそ、意味があると思っている。

私は、離婚を後悔していない。

けれど、レスになってしまった夫婦や恋人は別れるしかない…とは、思わない。

むしろ男女の愛を語るとき、身体の繋がりそれ自体は、そう多くの意味を持たないと思っている。

夫とだって、彼が向き合う姿勢さえ見せてくれれば、無理にでも、不自然でも、私と一緒にいるために努力したいと思ってくれていれば…たとえ克服できなくても、私はきっとずっと、彼と一緒にいられた。

…なんて、過去の話はこれでおしまいにするわ。

もうここから先は、未来だけを見て生きていくと、決めたのだから。

▶NEXT:2月13日 火曜更新予定
最終回:プラトニックな恋人、美和子と健太が選んだ結末とは?




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