人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長・後藤になすり付ける、黒い思惑にまみれた人事異動が発表された。

後藤も、坂上の保身のための人事異動と気付いているが、坂上からの黒い計画に翻弄され、抗う事が許されない事態に陥っており、涼子の上司である人事部長の大竹に後藤を助けたいと相談するも、「余計なことはするな」と一蹴され落ち込む。

涼子は自分に何ができるかと悩み、誠に相談する。




「今日の呼び出し、仕事の話だったなんて、ちょっと残念だな。」

誠の真剣なまなざしが、涼子を捉えて離さない。

-え?それって…?

涼子が混乱し、何も言えずにいると、誠はお腹を抱えて笑い出した。

「なーんてな、何動揺してんだよ。チョット格好つけてみた。」

誠が可笑しそうに笑うので、涼子もつられて笑う。

「何よ、ビックリしたじゃない…!でも、ありがと。もう少し頑張れそう。」

「おう。何かあれば、頼れよな。応援してるから。」



食事を終えて誠と一緒に店を出ると、外の空気は随分と冷え込んでいた。

「今日はこの辺で。じゃあまた会社で!」

颯爽とタクシーに乗り込む誠を見送り、涼子は酔い覚ましに少し歩くことにして、さっきの誠との会話を振り返る。

-もし、さっきの“残念だった”が冗談じゃなかったら、私はどうしてただろう。

誠とは同期として特に仲良くしており、一緒にいても全く苦ではなく、むしろ楽しいと感じている。

ただ、今までそういう目で見たことはなかったし、社内恋愛をこじらせて面倒な事態になっている人を何人も見てきた。そのせいもあって、社内恋愛なんてするものかと思っていた。

人事で社内恋愛なんてすると、贔屓しているなどのいらぬやっかみも言われるだろう。

それに、せっかく信頼できる仲間ができたと思っているところに、恋愛感情の縺れが発生したせいで、気まずくなるのが一番困る。

ー後藤さんの言う通り、仲間ってありがたいなって感じたところなのに。

そう思うと、誠の言葉が冗談で本当に良かったと改めて感じる。

-そんなことより…ぐずぐずなんてしていられない。作戦を練らなくちゃ。

涼子は夜の街に白い息を思いっきり吐き、逸る気持ちを抑え、向かってきたタクシーを停めるべく右手を上げた。


涼子がついに、社長に直談判を挑む…!


「社長!」

数日後、社長が遅くまで残っている日を見計らい、帰り際を狙って涼子が声をかけた。

社長は今年36歳と若く、ITベンチャー企業の社長らしくデニムなどカジュアルな服装をしているが、質のいいジャケットやジョン・ロブがラフさを引き締めている。

時計はIT企業らしくApple Watchだが、エルメスのレザーストラップを愛用。

威圧感はないが、若くして成功した者だけが持つ独特のオーラがあるものの、ただの「自由な人」にも見える。

大学生の頃に、自身が開発したシステムがヒットしたのを機に会社を興した、ヤリ手の若手社長だ。

ただ、社長のスタンスとして、自身が技術畑出身であり営業や管理部門は全くの素人なので、それぞれのプロを集めてその人に任せるというスタンスをとっており、人事や経理といった部門には口出しをしないと決めている。

一方でソフトウエアの開発事業部は、社長が部長を兼任し、自身でもプログラムを書いたりするなど現役SEとしての一面も持っている。




涼子は会社の人数がまだ二桁だった頃に入社したため、社長に最終面接をしてもらい、入社後にも社長の考えや創業の想いを聞くなど接点は多かった。

だが会社の人数が多くなればなるほど話す機会が減り、今では会社全体の飲み会やイベントごとで少し話すくらいで、1対1で話す事はまずない。

そのため、社長と面と向かって話すのは久しぶりという事もあり、涼子は緊張していた。

「お、高橋か。久しぶりだな。どうした?」

社長が自分の名前を覚えているか不安だったが、名字を呼んでもらえて、涼子は少しホッとする。

エレベーターに乗り込みながら話を続ける。

「お忙しいところ、突然お声がけしてしまい、誠に申し訳ございません。社長とどうしてもお話させて頂きたく…近々お時間頂けませんでしょうか。日程は…」

「なら、今から軽く一杯どうかな?」

社長は涼子の話を遮り、何とも軽く提案した。涼子は驚きのあまり、思わず確認してしまう。

「今から…ですか?」

「そ。今から。もし予定あるなら別の日でもいいよ。」

「い、い、い、今からよろしくお願い致します!」

社長は笑いながら「高橋、緊張しすぎ。いくよー」と言って、オフィスを出ると、さらりとタクシーを止めて乗り込んだ。


社長のするどい指摘が入り、焦る涼子。話はまとまるか…?


社長はタクシー運転手に行き先を伝えると、「ちょっと、ごめんねー」と言いPCを開けて、何やら作業を始める。

画面を見てはいけないなと、涼子は視線を窓の外に向けた。

東京の夜景をぼおっと見ながら、高鳴る胸を必死に抑えようと、そっと深呼吸を繰り返した。



社長はタクシーを止め、『和食らうんじ ナーダ』へ入った。

穏やかな社長を表すような素敵な店構えに見とれつつ、社長の後に続いて涼子も中に入る。




「接待とかじゃない時は、こういった和食を食べたくなるんだよね。今日は和食に付き合ってくれてありがと。」

そう言いながら社長はビールを手に取り、涼子に乾杯を促してきた。

「と、とんでもないです。あ、あの、今日はお時間頂戴し、ありがとうございます!」

涼子が慌てて言うと、社長は「高橋、堅くなりすぎ」と笑った。

さらに、「高橋久しぶりだねぇ。元気してた?今、若い女子の間では何が流行ってるの?」とか「ここのおばんざい、超美味しいから」と言って場を和ませる。

美味しいおばんざいに涼子も少しずつ落ち着きを取り戻し、場も温まってきたあたりで、涼子は思い切って話をすることにした。

「本日は、今会社の管理部門で起きていることをお話させて頂きたかったんです。」

涼子は今起こっていることを、言葉を選びつつ慎重に話した。

社長は時折相槌を打ちながら、真剣な表情で涼子の話をじっと聞いた。

涼子がすべてを話し終え、「今の状況は良くないと考えています」と言うと、社長はすぐに口を開いた。

「うーん、そうだね、確かに良くない状況だね。ちょっと整理させてね。」

そう言って肘をつき、うーんと頭の中を整理している様子である。

社長の心中を考えると、突然このような話を聞かされて、驚くのも無理はない。

ただ、涼子の言葉を信じ、真摯に向き合ってくれている、この状況に涼子は感謝の気持ちでいっぱいだった。

若くして社長になり、ここまで事業を大きくしてきた、さすがの器だなと痛感し、やはりこの社長の会社を窮地に立たすわけにはいかないと、強く感じる。

「なるほどね。今回は、色々動いて情報収集してくれてありがとうね。このまま進んでたら、きっと俺、困ってたと思うわ。」

社長はしばらく考え込んだ後、静かにつぶやいた。

「高橋はさ、社長である俺に今回話そうと思ったのは、システム入れ替えの頓挫とか会社にとって影響があるから報告したかったのもあると思うんだけど…それより俺の社長権限を使って、行動を起こしたいと考えてるんじゃないの?

…坂上さんを、辞めさせたい?」

涼子の心臓はバクバクと音を立てる。

-今、坂上さんを辞めさせたいと言えば、坂上さんを追い出すことができる…?

▶NEXT:2月13日火曜更新予定
涼子が提案する画策。黒幕坂上の運命は涼子の手に?




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