今年(2018年)1月24日夜、上海行きのジェットスター航空GK35便の欠航(正確には24時間の遅延)をきっかけに、同便に搭乗予定だった中国人客100人以上が成田空港内で騒ぎ、航空会社職員や空港警察と衝突。1人が逮捕される事件が起きた。

 一部の中国人客らはもみ合いになるなかで、なぜか中国国歌を合唱。現場の動画が残されていたこともあり、この奇妙な光景は日本国内のテレビのニュースでも報じられたので、ご存じの方もいるのではないだろうか。

在米華人メディア『多維新聞』公式Youtubeチャンネルで紹介された、中国人客の国歌斉唱の様子を撮影した動画。なだめにかかった千葉県警も大変である

 実のところ、こうした事件は今回が初めてではない。2015年9月5日にも、タイのドンムアン空港で飛行機の出発が10時間近く遅延した際に、同便に搭乗予定だった約260人の中国人団体旅行客のうち一部が激しく抗議。やはりみんなで国歌を斉唱したのである。

台湾大手テレビ局『三立新聞』公式Youtubeチャンネルで紹介された、バンコクでも国歌を斉唱する中国人客たちの姿

 なお、中国人客が搭乗を予定していたのはバンコク発重慶行きのオリエント・タイ航空。彼らは「自分たちが尊重されていない」ことに怒っており、タイ側(誰?)の謝罪や1000元相当の金銭補償、航空機の変更なども求めていたとされる。

 ほかにも国歌こそ歌わなかったが、2016年12月にも日本の新千歳空港で中国人客100人あまりが、搭乗予定の中国国際航空が大雪で欠航となり空港内で2日以上も待たされた結果、航空会社や空港側のケアが不十分だったとして大規模な抗議をおこない、一部が警察に連行される事件が起きている。

 各事件はそれぞれ背景が異なる。航空会社・空港・中国人客の3者のいずれに最も責任があるかも、事件ごとに議論があるようだ。今回の原稿では、個別の事件の責任追及ではなく、なぜ海外で飛行機が遅れた「中国人客」は国歌を斉唱したり、集団で騒いで警察沙汰になったりしやすいのかについて私なりに解説してみたい。主な要因は以下の4点である。

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【1】出身地域や社会階層

 現場動画などからまず指摘できるのは、当事者には非常に申し訳ないが、空港でこうしたトラブルを起こす中国人客は、服装や言動が基本的に垢抜けない人々が多いという点だ。「社会階層」という表現には少し抵抗感もあるものの、中国社会は日本よりもずっと巨大な格差のもとで、貧富・地域・年齢などさまざまなレイヤーで人々が分断されており、社会階層もまた現実のものとして存在している。

 実は中国人客の国歌斉唱事件は、中国国内でもネット世論などでは冷ややかに評されることが多い。都会的でそこそこの学歴や国際感覚を持つ人の目には、海外でクレームを入れる際に集団で国歌を斉唱するような行為は、野暮ったく恥ずかしい振る舞いに映っている。彼らは経済力より文化資本の面での格差が大きく、海外や異文化にあまり慣れておらず、外国語もまずできない、ローカルな価値観やライフスタイルのなかで暮らしている人たちだ。

 なお、成田とドンムアンでの国歌斉唱事件の際、中国人客らの利用した航空会社はいずれもLCC(格安航空会社)だった。自国の経済発展にともない、従来は生活が国内で完結していた層の人たちも海外旅行を楽しむようになったのだが、彼らが選ぶ格安ツアーの航空会社はLCCになることも多い。

 LCCは本来、サービスの水準を落とすことで大手航空会社よりも安い運賃を実現しており、利用者側も一定の不自由はある意味で織り込み済みとして、それに対処できることが求められている。だが、結果的に価格の安さゆえにパックツアーの移動手段として組み込まれ、そうした能力があまり高くない人が利用しがちになっているのだ。

 ちなみに2016年12月の新千歳空港のトラブルでは、航空会社はLCCではなかったが、騒ぎの当事者になったのは帰国を控えた中国人の技能実習生たちだったされる。技能実習生には貧しい農村部出身の人たちが多く、上記の観光客たちよりもさらにローカルな社会階層の出身者だ(詳しくは西本紫乃「『新千歳空港で暴れた中国人乗客』騒動の真相」に詳しい)。

 国際線の航空機への搭乗経験や言葉が異なる海外での交渉事に慣れていないなかで、搭乗予定機の欠航や航空会社・空港側とのコミュニケーションを充分に取れなかったことのストレスが事件の要因になったと思われる。

【2】クレーム方法の違い

 日本におけるいわゆるクレーマーは、基本的に1人でゴネる。これは日本の客商売が、不必要なほど個々人の顧客を大事にするため、個人が1人で突っ込んで無理難題を持ちかけても真面目に相手をしてもらえる(少なくとも話だけは最後まで聞いてもらえる)ことも大きな要因かと思われる。

 いっぽうで中国の場合、クレーマーどころか消費者として正当な要求をする顧客ですらも、個人が1人で掛け合った場合は担当者に面倒がられて門前払いされる例が少なくない。特にお役所や交通・運輸関係(駅など)の窓口ではその傾向が顕著だ。

 1人で意見を表明しても誰も聞く耳を持たないことが当然だった社会で、大組織を相手に自分の要望を通す一番いい方法は、相手方にコネが利く人間を探して話を付けてもらうこと・・・なのだが、それが無理ならとにかく徒党を組んで数の力でプレッシャーをかけるしかない。【1】で述べたようなローカル系の中国人ほど、こうした方法での問題解決策を取る傾向は強い。

 ローカル系の中国人客が海外の空港で集団でトラブルを起こす例が多いのは、たとえ国外でもこの中国的方法で問題解決を図ろうとするためである。ちなみに中国国内では、飛行機の遅延などでこの手の問題の発生が予見された場合には、なにはともあれ飲食物を供給しておとなしくしてもらうことが多い。人間、ものを食べている間は徒党を組んでまで怒ろうとは思わないし、心理的な不満自体も緩和されるからだ。

【3】「自分だけが損をする」ことを嫌う

 先に中国は階層社会だと書いた。多くの中国人はこうした階層の存在をある程度は諦観しており、自分よりも経済力や政治的資源が明らかに「上」の人が、より恵まれた環境を享受していてもそれほど激しい怒りは示さない(不満がないわけではないが、日常的にそうした例がありすぎるからである)。

 ただ、だからこそと言うべきか、多くの人が同じような階層や境遇に置かれている場合には、自分以外の誰かが得をして自分が損をする側に回ることは容認できない。特に外国人だけが優遇されて自分たちが放っておかれた(ように見える)事態は、被害者意識が刺激されるためいっそうトラブルが起きやすくなる。

 今回の成田空港の事件でも、搭乗予定客のうち日本人客だけが制限エリアを出ていったことで「日本人はよい待遇を受けているに違いない」というイメージがひとり歩きし、フラストレーションを貯める要因になったとされる(なお、実際は日本人であれば簡単に制限エリアを出て再入国できるため、彼らは自力で外部の宿泊先に向かったと見られる)。

 また、新千歳空港のトラブルは悪天候で出発が遅延して2日以上も空港内に留め置かれ、不満が爆発したことが直接の理由だが、その前に他社の便が続々と出発するなかで自分の搭乗予定便だけが出発せず、事情説明も充分に得られなかったことが、いっそうストレスを貯める結果を生んだと見られている。

【4】中国国歌が持つ意味

 中国人客の国歌斉唱は、近年の中国国内で強まっている愛国主義的なプロパガンダの影響や、中国の国力や国際影響力が強まったことに対する自信ゆえの、鼻持ちならない愛国アピールであるとする説明は多い。事実、そうした側面は皆無ではないだろう。ただ、より泥臭い理由が関係している可能性もある。

 中国国歌『義勇軍進行曲』は歌詞の内容(後述)さえ気にしなければ、メロディが勇壮でテンションが上がるなかなかの名曲だ。ゆえに、中国人の間ではちょっと泥臭いノリでみんなの団結を確認したいときにひとまず歌っておくと盛り上がる歌、という性質も持っている。日本でいえば『君が代』よりも、一昔前の軍艦マーチや宇宙戦艦ヤマトのテーマ、地元密着型球団を持つ地方都市における『いざゆけ若鷹軍団』や『それ行けカープ』などにやや近い雰囲気もあるのだ。

 また、『義勇軍進行曲』はもともと抗日戦争中の映画楽曲がオリジナルであり、「立ち上がれ、奴隷となることを望まぬ人々よ」「中華民族は最大の危機に至っている」という歌詞からもわかるように、中国人をいじめる外国人(=日本人)への抵抗を雄々しく歌い上げた歌だ。海外におけるトラブルは、中国人客の主観ではまさに「外国人にいじめられている」事態に他ならず、抵抗ソングとしてはうってつけの曲なのである。

 動画を見る限り、現場で笑いながら歌い始めたドンムアンのケースは前者、空港警察ともみ合いになるなかで歌い始めた成田のケースは後者の要素がより強いように見える。それぞれ、上記に書いた「徒党を組む」という中国的な抗議方法や、自分たちだけが損をして同じ便に搭乗する日本人が得をしていることが気に入らないといった心情とも組み合わさって、中国人客らはトラブルが起きると国歌斉唱を始めるわけなのだ。

中国政府は「不適切」と非難

 ちなみに、意外にも中国政府はこうした自国のツーリストによる行為に渋い顔をしている。例えば成田の事件について中国外交部は「集団で国歌を歌うことで問題を解決するのは明らかに不適切であり、かえって(日本との)民族的な対立を容易に引き起こし、ひどくは矛盾を激化させる」と、ずいぶん厳しい表現で非難している。

 ローカル中国人たち自身は自分たちの泥臭いノリで国歌を歌っているだけでも、国際的に報道されると明らかにナショナリスティックな匂いをまとってしまい、中国の国益を害するというわけだろう。そもそも中国当局は、社会問題に対して人民が徒党を組んで抗議を示すような従来型の抗議それ自体をかなり嫌がっている。

 中国の経済発展や国際化とは、従来は中国国内で生活が完結していた泥臭い人たちが海外を闊歩する現象でもある。中国政府ですらやや持て余し気味のこの問題について、各国の空港や航空会社が対処していくのはなかなか大変そうだ。

筆者:安田 峰俊