バブル崩壊後の低迷する日本を生きてきた"ゆとり世代”。

諸説あるものの、現在の20代がこの世代に当たるとされる。

仕事も恋も、何もかもが面倒くさい。報われる保証もないのに、頑張る意味がわからない。

外資系コンサルティングファームに勤める瑞希(26歳)も、まさに典型的な“ゆとり”。

趣味はNetflix、たまに港区おじさん・水野と出かけるのは庶民的な餃子屋。

高学歴、高収入、容姿端麗。誰もが羨むハイスペにも関わらず、その実態は信じられないほど地味なのだった。




「いやーさっむいなぁ...ん?」

金曜21時の広尾駅。

駅隣のコンビニを出てきた瑞希は、右手に晩酌用のビール(Netflixのおともである)、左手にトイレットペーパーをぶら下げている。

ふと目を上げると、友人・亜美が一人の男と手をつなぎながら目の前を通り過ぎるところだった。

―なーんだ亜美、彼氏居たんだぁ。

すらりと背の高い亜美の横に立っても頭一つ以上抜けている彼は、ちらりと横顔が見えただけだがなかなかのイケメンだった。

―ふぅん、お似合いだね!

一瞬、亜美にLINEを送ろうかと思ったが、凍える手をもう一度ポケットに突っ込んだまま、帰る頃にはすっかり忘れていた。



「昨日駅横のコンビニ居たでしょ!」

翌朝LINEを開くと、亜美からメッセージが届いていた。

“YES!”と吹き出しのついたクマのスタンプを送り返して再び布団に潜り直すも、さすがに適当すぎるかと、一言「彼氏いけめんだね」と続ける。

瑞希たちのLINEは、普段から相当にそっけない。

テンション高めのへんてこなスタンプは多用するが、文章に顔文字や絵文字はほとんど登場しない。

“!”を文末に付けるくらいが最大限の感情表現で、付いていれば相手が関心やテンションの高さを示そうとしていると解釈する(実際どうかは不明)程度だ。

「彼氏じゃないけどね!今日ランチでもどう?」

瞬時に返ってきたメッセージに思わず既読を付けてしまい、ため息を吐きながらも瑞希は13時頃『麻布食堂』で落ち合うことを約束した。


都合の良いところだけ都合よく付き合う。ゆとり世代の“超効率主義”な恋愛観


亜美とは、大学時代にロンドンで日本人コミュニティの集まりがあった時に知り合った。

六本木にオフィスを構える外資系投資銀行に就職した彼女は、瑞希と家も近く、時折近所で近況報告し合う仲だ。




「今日も見目麗しい...!」

瑞希は『麻布食堂』名物のオムライスに歓声を上げた。

キメ細かくしっとりと輝く卵が、艶やかな表情で瑞希を魅了する。スプーンで真ん中から大きく卵とケチャップライスをすくい取り、頬張る瞬間の至福たるや。

「で、あの人彼氏じゃなかったんだ?」

亜美のLINEメッセージに”!”が多用されていたことから、この話題について話したいのだろうと推察し、瑞希は無理やりオムライスから意識を引き剥がす。

「いや、彼氏じゃないよ。彼はただの"ほぼカレ"」

亜美曰く、"ほぼカレ"とは"ほぼ彼氏"の略で、昨晩見かけたイケメンとは半年程度この関係を続けているという。

「その"ほぼ"って言うのは、何を満たせば取れるわけ?」

耳慣れない言葉に、瑞希は目をぱちくりさせながら尋ねた。

聞けばデートだけでなくお泊りや身体の関係もアリだそうで、一体どこが"ほぼ"なのか分からない。

「んー、何が違うって言われると上手く言えないんだけど...友達と恋人の間、みたいな。

恋人だと思うと価値観合わないところで揉めたり喧嘩したり、疲れることも多いでしょ?

"ほぼカレ・ほぼカノ"なら、お互い一定の距離を取り続けられるから、二人で意見が一致することだけやれば良いし、全く合わない価値観も気にせず流せるんだよね。

それでいて友達では出来ないデートっぽいこととか温泉旅行とかは出来て、結構楽しいよ」

聞けば彼の方もそれに納得した上での関係らしい。

”ほぼ”が免罪符になり、嫌なところからは目を背けられる。

全てを愛す、なんて無理だと割り切って、愛せるところだけ愛す。

―それで良かったのかもなぁ。

瑞希は、3年前に別れた元カレのことを思い出しながら考えた。

愛されて無いんじゃないかと不安になってソワソワしたり、分かり合えない、と一晩中目を腫らして泣き明かしたり。

思い出すだけでもどっと疲れるそういったことが嫌で、瑞希はそれ以来誰とも付き合っていない。

人に近づこうとすればするほど、人に期待すればするほど、ぶつかることや傷つくことが増える。

...それならば、必要以上に人に近づかず、人に期待しないことは、それを解決する一番簡単な方法に思えた。


”すごい人”なんてお断り。港区おじさんに求めるのは気楽さだけ...?


「うーん、天才か!」

広尾商店街の『タイガー餃子軒』のカウンターで、瑞希は思わず唸った。

フェンネルやクミン、エキゾチックなスパイスがふんだんに練りこまれた羊肉餃子は、瑞希の想像力の遥か先を行く味わいだった。

「また大げさな...まあ、美味しいけど」

今日も水野はハイボール片手に麻辣餃子をつまんでいた。

「ていうか毎週来てるのに、ぷっくり餃子しか食べたこと無かったってオドロキだよ」

「そういう水野さんだって、毎回麻辣餃子しか食べないじゃん」

「俺は上野さんより20年近く長い餃子経験を世界で積んできた上で、ここタイガー餃子軒では麻辣餃子が最も秀逸な一品だと思ったんだから、良いの」

何が"良い"なのかさっぱり分からなかったが、瑞希は素直に「ふぅん」と呟き羊肉餃子の最後の一切れに箸を伸ばした。

「で、その"ほぼカレ"ってやつ、 男からしたら寝るだけの都合の良い女っていうことじゃないの?」

「んー私も聞いてみたんですけど...お互いしても良いし、しなくても良いっていうのが違うみたいですよ。
小説やゲームの中で都合よく疑似恋愛を楽しむのと同じ感覚なんじゃないかなぁ」

言いながら瑞希はふと寂しさを覚え、戸惑った。

暇な日はNetflixを見て、たまにこうして気軽な人と餃子を食べて。

平穏で、満たされている、と思う。

仕事はそこそこ性に合っていて、そこそこやっていればそれなりに上手くいって。

自立しているし、誰にも迷惑をかけていないし、胸を張っても良いくらいだ。




ハイボールのお代わりを頼もうと店員に手を挙げた、水野の手首のノーチラスに目が留まる。

“質実剛健”というイメージを持つデザインだが、1本で軽く車が買えるほどの高級時計だ。

運だけでは、40代でウン十億稼いでリタイアなんて出来ないことくらい、瑞希にだって分かる。

きっと、並大抵の努力ではなかったに違いない。

しかし瑞希は、水野を昔から知る上司から聞きかじった程度で、彼について自ら聞こうと思ったことは無かった。

すぐ目の前に"すごい人"が居ても、何も知りたくなかった。

何を考えてきたのか、どうやって生きてきたのか、何を目的に生きているのか。

聞かないでおけば、ただの"餃子食べ仲間"で居続けられる。

知らないでいれば、平凡な自分を意識しないでいられる。

平和で平凡で幸せな、この関係。

...しかしこれが、ずっと続く訳は無いのだった。

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高望みはしない主義。冷静に自己評価を下すゆとり世代のポリシーとは。




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