誰もがインターネットやSNSで監視され、さらされてしまうこの時代。

特に有名人たちは、憧れの眼差しで注目される代わりに、些細な失敗でバッシングされ、その立場をほんの一瞬で失うこともある。

世間から「パーフェクトカップル」と呼ばれる隼人と怜子は、一挙一動が話題になり「理想の夫婦」ランキングの常連として、幸せに暮らしていた。だが結婚6年目、隼人が女の子と週刊誌に撮られてしまう

「世間の目」に囚われ、「理想の夫婦」を演じ続ける「偽りのパーフェクト・カップル」の行く末とは?




「怜子さん。ご主人のスタイリング、今日も素敵ですね!」

スタッフの声に、メイクに集中しているふりをしていた私も、ロケバスに備え付けられているテレビ画面を、見ざるを得なくなる。

午前7時。この時間に私のロケが始まっていると、バスのテレビのチャンネルは、私の「夫」の隼人がメインパーソナリティの番組に、自動的にあわせられてしまう。

気を使ってチャンネルを変えてくれようとしたマネージャーを目で制して、私は笑顔を作って、ありがとう、うれしい、と答える。

今朝早くに、社長からの電話で知った「夫が女の子と週刊誌に撮られた」という情報。

「理想の夫、深夜の密会」というタイトルらしいが、週刊誌の記者から「怜子さんのコメントがほしい」という名目で、事務所に連絡が来たという。

今日のロケを休みたいなら話をつける、と社長は言ってくれたけど、私は予定通り、レギュラーモデルを務めるママ雑誌の撮影に来た。

今日は表紙も撮ることになっていたし、休んでスタッフに迷惑をかけることはできない。

「こんな時まで強がる必要は無いのよ」

社長は本当に心配そうな声で、そう言ってくれた。

ありがたいと思いながらも、私は「弱っている所」を他人に見せたり頼ったりすることが苦手で、何があってもつい、大丈夫、と口癖のように言ってしまう。

それに、聞いた直後にはショックだったはずの「夫の密会」に対して、今は少し冷静になっていた。それは、ある「違和感」を感じていたから。

夫の滑舌の良い声が流れてきて、私は画面に視線を戻す。

カメラ目線、最高の笑顔で喋る夫と目が合い、無言で問いかける。

―あんなに警戒してたあなたが、女の子と撮られるなんて。何があったの?


「理想の夫婦」を襲う、初めてのスキャンダルと試練。妻の思いは?


「今日のジャケット、マッキントッシュだよね?怜子が選んでるんでしょ?隼人くんに似合ってるし、高級すぎないのが好感度高いわ。さすがだね。」

仲良しのスタイリストが、私にヒールを履かせながらおどけて言った言葉に、私がピースで答えると皆が笑った。

通常、局のアナウンサーにはそれぞれスタイリストがつくが、隼人の番組出演時の服は全て私が選んでいる。

それは、隼人が雑誌の取材を受けた時に「夫婦で出かけるときは、妻に服を選んでもらっています」と言ったことがきっかけだった。その反響が大きかったことに目を付けた、番組の担当ディレクターに頼まれたのだ。

例えば金曜日なら「お休み前の解放感に合わせたカジュアルスーツ」などと考えながら選ぶことは、私にとっても思いのほか楽しいもので、番組内でそのことをイジられる隼人の、「愛妻家」としてのイメージアップにもつながっていた。

今日のスーツもよく似合い、立ち上がって動く度に隼人のスタイルの良さが際立つ。自分が選んだものが、さらに夫を素敵にみせていることが、私にとっても幸せだったけど。

さわやかで、一点の曇りもない笑顔で出演者と談笑している彼が、今何を考えているのか。もう彼の耳にも、写真を撮られたことは届いているのか。

「隼人が女の子と撮られた」ということに、私が強い違和感を覚えるのには訳があった。彼は日頃から、自分自身が「ターゲット」になることを、過剰なほど気にして生活する人だからだ。

「俺が撮られたら、番組に迷惑がかかる。」

視聴率争いの厳しい朝のニュース番組では、このご時世、出演者のスキャンダルは命取りになる。

だから隼人は、朝の帯番組のメインMCに抜擢されたときに、次の日が休みであっても飲み歩くことはやめたし、打ち上げでさえも1次会で帰る。そしてスタッフであろうと、外で女性と2人きりになることは避けていた。

「俺、今度の番組にかけてるから。」

誤解される行動は徹底的にさけ、真面目に勉強する。そのストイックさで、スポーツの中継をしていた時は「ただのイケメンアナ」扱いだった隼人が、国民的人気アナウンサーになった。

私は、そんな彼の努力を尊敬していたし、彼に「ふさわしい妻」でいようと思った。その結果が、私たちを「理想のカップル」に押し上げたともいえるのだろうけど…。

―もし本当に女の子と撮られていたとしたら…。

何か、特別な理由があるはずだ。とりあえず彼に話を聞かなければ。

人気のなくなったロケバスで、隼人にLINEを送る。

「局でももう問題になっているとは思うけど、今夜うちの社長が話を聞きたい、ということなので自宅での話し合いをお願いします。ロケ終わりで急いで帰ります。」




ちょうど送信した時、「怜子さん、準備できました、お願いします」と声がかかった。

私は憂鬱な気持ちを振り切りたくて、わざと大きな声で返事をしたあと、外に出た。

今日のテーマは「夫を惚れ直させる、春の服」。

1着目のスタイリングは、ミントグリーンのシフォンブラウスに淡いピンクのフレアスカート。幸せに満ち溢れたコーディネートで、微笑まなければならない。

私は、溜め息のような深呼吸をして「理想の妻」の笑顔を作った。


始まりは嫉妬か、虚栄心か?妻に芽生えた「制御不能」な感情。


「嘘でしょ。認めるってこと?」

厳しく強い女性の声が、玄関のドアを開けた瞬間に聞こえた。

「遅くなってごめんなさい。」

小さくつぶやきながらリビングに向かうと、隼人と社長が、既にリビングで対峙していた。

社長は私のことをモデルデビューから育て上げてくれた恩人で、娘のように思ってくれている分、私に対する情が深い。だから私も安心して15年近い日々を、共に過ごしてきた。

1人で会社を立ち上げ、今では人気モデルが多く所属する事務所にした敏腕社長。「女が少しでもエキサイトすると、すぐヒステリーだといわれるから」と言って、めったに声を荒げることのない彼女の語気が荒くなっている。

隼人が、ちらりと私を見て、いつもの笑顔で「おかえり」と言った。

その表情からは焦りも嘘も感じられないが、「きちんと説明するから」と言った声には、反省の色が混じっていた。

コートを脱ぎながら、ふと、机の上の写真が目に入る。画像は荒いが、私にははっきりと隼人だと分かった。

私が選んだセリーヌのコートとマフラーを着けた隼人。そして、その隼人の袖を掴む、淡いピンクのコートを着た女性。

何枚か別アングルがあるのに、女性の顔立ちはどの写真でも認識できない。隼人の顔はどれもはっきりと撮れているのに、女性の顔は不自然なほどばれないように撮られている、という印象。さらに。

―これ、うちのマンションの前よね。

ゲラ、つまり記事の見本が印刷された紙に書かれた見出しの文字は、

『日本一の理想の夫に「帰らないで!」とすがる20代後半美女。午前3時の密会!』

写真と下世話な文字の羅列に、私は思っていたよりショックを受けた。しかも、私達の大切な家の前で撮られたなんて。

隼人は、私の様子をうかがっているようにも見えたが、相変わらず焦っている様子はない。私は、自分が興奮してしまうのが怖くて、隼人の正面、社長の横のソファーに座りながら、落ち着くための話題を出した。

「翔太は?すぐ寝た?」

「今日は結構グズらず、寝たよ」

仕事が早く終わった方が家事をして、子供を寝かしつける、いつもの夫婦の会話。

彼の言葉に私が「ありがとう」と返事をする。すると社長が本題に入れとばかりに、切り出した。

「女の子と2人でご飯に行ったことは、認めるらしいわ」

興奮した社長の言葉に、私が隼人の顔を見ると、隼人がここからは自分で説明させてください、と困ったように笑って言った。

「怜子、撮られたのはごめん。でもほんとに、浮気とかじゃない。」

「わかった。でもこの子が誰で、何で自宅の前で撮られたのか、説明してくれる?」

自分の口から妙に冷めた声が出たことや、「この子」ときつい言い方になったことに自分でも驚いたけれど、隼人はもちろん、といった風情でうなずいて、説明を続けた。

彼女は番組のスタッフで、番組内の人間関係に悩んでいるから、相談に乗ってほしいと言われて、根負けして食事に行ったこと。

その帰りに同乗していたタクシーで、先に降りたけれど、酔っ払っていた彼女に、もう一軒行きましょうと、せがまれてしまったこと。

「もちろん、タクシーに無理やり乗せて帰したけど。その時に撮られたみたいだ、ごめん。でも誓ってやましいことはない。」

彼の話に不自然な所は無い。

でも…。あれだけ警戒していた彼が、例え懇願されたからと言って「ただの後輩」と2人で食事に行くのだろうか?それが私の胸をざわつかせ始めた。

元々、何でも話しあってきた「親友」だった私と隼人。幸か不幸か、彼のことなら何でも分かってしまう。私は隼人の言い訳に微妙な「隠し事」を感じてしまった。

写真に目を落とす。淡いピンクのコート。ふわふわした巻き髪。きっと私より若いだろう。

―「ただの後輩」じゃないのかもしれない。

そんな考えがよぎってしまった時、社長が、我慢できない、と言った様子で、隼人に言った。

「とにかく、その女がどこの誰だか、はっきり言いなさい。」

「本当に、ただの会社の後輩なんですよ。でも彼女も結婚していて、僕と話題になるのはまずいから…。」

あくまでも女性の名と詳しい素性を伏せて庇おうとする隼人に、私の胸のざわつきは強くなり、言った。

「だからあなたが1人で、叩かれるっていうわけ?」

私の言葉に隼人は、「そう強く言うなよ、きちんと釈明会見も開けば分かってもらえる。会社にももう話してあるから」と言った。その呑気な声に、私の苛立ちは膨れ上がる。

―この人は、自分が「世間」に愛されている、と過信している。

「何にもやましくない」と言ったところで、この「不倫切り」とも言える世の中、簡単には許してもらえないだろう。その瞬間、私は、自分でも思いもしなかった言葉が口に出た。

「社長、記事はもう押さえられないんですよね?私達のキャリアに、どれくらいの影響が出ると思います?」

私の言葉に、2人が同時にこちらを見た。

「私たち夫婦、無傷じゃいられないなら、私が記者さんのインタビューに答えます。ねえ隼人。」

あっけにとられた顔でこちらを見ている彼に、私は冷静を装い笑顔で言った。

「女の子とも、きちんと口裏を合わせたいから紹介してくれない?」

夫への怒りか、「守られる女の子」への嫉妬だったのか。それとも本当にキャリアを守ろうとしたのか。

とにかくよく分からない感情があふれ出し、私は、自分でも思いもよらぬ方向へ突き動かされてしまった。




この時の隼人の顔は、今でも忘れられない。

この時、私がほかの方法を選んでいたら、私たちは今、どうしているのだろうか?

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スキャンダル相手の「女の子」の素顔、そして妻の焦りから偽装生活は始まっていく




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