真岡鉄道の真岡駅舎はSLを模したデザイン

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 鉄道写真を撮ることが趣味の鉄道ファンを「撮り鉄」と呼ぶ。この呼称、彼らの一部が問題行動を起こしている様子がSNSで拡散されたこともあり、とくに鉄道趣味がない人にも悪い意味で広まってしまった。大多数の穏やかな鉄道ファンには迷惑な話だろう。鉄道会社は現状を少しでも改善すべく、鉄道写真に興味がある人や、学習する機会がないために迷惑行動を起こすかもしれない人に向けて、様々な試みを始めている。ライターの小川裕夫氏が、ファンとの共存共栄をはかる鉄道会社のチャレンジをリポートする。

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 ルールを守らない撮り鉄の暴走が目に余る──ツイッター・フェイスブック・ブログを通じて、各地の鉄道会社が迷惑な鉄道ファンによる被害を報告するようになった。

 従来、鉄道会社にとって、鉄道ファンは”客”であり、経営を支える心強いサポーターでもある。テレビや雑誌などを凌ぐ拡散力を持つSNSによって、鉄道会社の宣伝される。それを目にした人たちが、わざわざ遠方まで足を運びローカル線に乗る。

 昨年には”インスタ映え”が流行語大賞に選ばれ、安倍晋三総理大臣も地方活性化のためにインスタ利用を推奨するほどだ。それだけに、鉄道ファンによる情報発信は侮れない。

 実際、千葉県の銚子電鉄は2006年に経営危機に直面。全国から支援の手を差し伸べてもらおうと、「鉄道存続のため、ぬれ煎餅を買ってください」とブログで訴えた。それを見たファンが即座に拡散。ぬれ煎餅の注文が全国から殺到して、その売り上げアップにより、銚子電鉄は危機を脱した。きちんとマナーを守ってくれれば、鉄道会社にとって鉄道ファンは心強い存在でもあるのだ。

 ところが、昨今は鉄道ファンが鉄道会社にもたらすプラス面よりも、マイナス面ばかりが強調されるようになった。

 線路内に侵入して運行の妨害する、乗客を不要に撮影して不快にさせる、駅舎や車両内の備品を壊す・盗むetc…

 経営が安定している大手の鉄道会社ならばともかく、少しでも利用者を取り込みたい鉄道会社は鉄道ファンを一律に排除できない。ルールを守っているファンを排除しかねないのだ。その判断は、難しい。

 迷惑な鉄道ファンと、どう共存するのか? 特に、誰もがスマホでも手軽に撮影できるようになった昨今、撮り鉄との共存共栄は急務だ。古くて新しい悩みに、鉄道会社は模索を始めた。

 茨城県・栃木県のローカル鉄道・真岡鉄道も撮り鉄との共存共栄を目指す取り組む鉄道会社だ。真岡鉄道が撮り鉄との共存共栄を目指すことになったのは2016年4月11日まで遡る。

 事の起こりは、真岡鉄道の公式フェイスブックにアップされた内容だった。

 真岡鉄道は1994年から沿線活性化を目的として、SLの運行を開始した。SLは鉄道ファンのみならずチビッ子にも人気があり、観光客や近隣住民などにも喜ばれるコンテンツだった。

 そんなSL人気に沸く真岡鉄道は、春になると線路沿いに菜の花が咲き乱れる。一面が黄色に染まる美しい光景を一目見ようと、沿線は多くの人出でにぎわう。地元民も毎年楽しみにしている。

 しかし、悪質な撮り鉄にとって菜の花は単なるSL撮影を邪魔する障害物にと映る。普通に考えれば、菜の花畑とSLのコントラストは美しいはずだが、邪魔な菜の花を除去しようとしたのか、撮り鉄たちは菜の花畑を踏み荒らすという暴挙に出たのだ。

 真岡鉄道は、この行状に大激怒。フェイスブックに「もう来ないで下さい」と絶縁を宣言した。

 真岡鉄道の絶縁宣言は正鵠を射た内容だったが、公式フェイスブックが発信したという衝撃的な事実に、真岡鉄道関係者や沿線の自治体関係者・住民・鉄道ファンは騒然となる。テレビ・新聞・雑誌・ネットメディアが、こぞって取り上げる事態にまで発展した。

 騒動を受け、真岡鉄道の関係者たちからは「なんとか鉄道ファンとの共存を目指せないか?」との意見も出るようになった。

 地元自治体で組織された真岡線SL運行協議会は、ファンとの共存共栄策として”マナーアップ写真教室”を開講。プロカメラマンを講師に迎えた”マナーアップ写真教室”は、沿線を撮り歩くという内容だ。

“マナーアップ写真教室”でのレクチャー内容には、列車の撮り方、どう撮ったら風景と列車がうまく一枚に納まるのか? といったテクニック論もあるが、線路内に侵入しないで撮る、業務を妨害しない撮り方といったマナー面にも及ぶ。協議会の担当者は、語る。

「鉄道ファンのマナーが悪いというフェイスブックの発信によって、真岡鉄道が”ファンを排除している”というイメージが流布してしまいましたが、それは本意ではありません。協議会内でも、マナーの悪い鉄道ファンは一部だと認識しております。真岡鉄道や沿線自治体にとって、ファンの多くは”お客様”なのです」

 真岡鉄道のSL運行は、地元住民や関係者の間でも大変な人気を博している。特に、SLが2両以上連結する重連運転は、なかなかお目にかかれない。重連運転は迫力満点のため、沿線住民でも大興奮する一コマだ。もちろん、重連運転時は鉄道ファンも多く押し寄せる。地元民も楽しみにしている一大イベントのため、SL運行を簡単に止めることはできない。

「そうした事情から、撮り鉄と共存共栄できる道を探りました。そこから生まれたのが、マナーアップ写真教室だったのです」(同)

 鉄道会社が写真教室を開講するケースは、真岡鉄道だけではない。ゆりかもめも昨年に”お台場・有明&ゆりかもめ写真教室”を開講した鉄道会社だ。

 東京・新橋駅−豊洲駅間の約14.7キロメートルを走るゆりかもめは、全線が高架線になっているを走る。踏切はない。また、フルスクリーンタイプと呼ばれる天井まで覆うホームドアが全駅に設置されている。だから、線路内に侵入することはできない。そのため、悪質な撮り鉄による列車妨害が起きることはない。

 真岡鉄道と異なる環境にあるゆりかもめが、写真教室を開講した背景にはゆりかもめが抱える特殊な事情がある。

 ゆりかもめは、1995年に開業した。当時の臨海副都心は、今のように商業施設は少なく、在住者もほとんどいなかった。沿線は無人の荒野が広がるだけだったのだ。

 20年の歳月が経過したことにより、台場や有明は開発が進んだ。ダイバー・シティやビッグサイトといった集客施設が林立し、そこに足を運ぶ来街者は増加。それに伴い、ゆりかもめの利用者も増加した。

 しかし、利用者が増加する中で、課題も浮上してきた。一般的な鉄道会社では、利用者の7〜8割が定期利用者で占められている。対して、ゆりかもめの定期利用者は2〜3割で、7〜8割が定期外利用者だった。

 経営安定化のために定期利用者を増やすことは重要だが、それには沿線に企業や住宅を誘致しなければならない。それは、ゆりかもめという一鉄道会社の範囲を超えた話だ。

 そこで、ゆりかもめは定期外利用者が足を運びたくなる魅力ある沿線づくりに取り組むことになった。そのアイデアとして、写真コンテストが発案される。

 ゆりかもめ運輸部営業課の担当者は、こう説明する。

「ゆりかもめでは、2011年からカレンダーに使う写真を公募する”写真コンテスト”を開催しています。カレンダーの写真をコンテスト形式で公募したのは、利用者目線で沿線の魅力を発見することができると考えたからです。コンテストによって、利用者の愛着は強まったと実感しています。その一方で、長らくフォトコンテストを実施していると、応募するカメラマンが固定化し、作品も似たような構図になることに気づきました。新しい撮影者を発掘することで、さらに沿線の魅力が高まります。2017年に写真教室を開講した背景には、ゆりかもめの新しい魅力を発掘するという意図があったのです」

 ゆりかもめが開講した写真教室では、台場在住歴21年のフォトグラファー・真島香さんが講師を務めた。真島さんは、鉄道写真を主に撮るカメラマンではない。そうしたところからも、風景が主・鉄道が従という写真教室のスタンスが窺える。

 前述したように、ゆりかもめの線路内は人が立ち入れない。だから、写真教室で伝授されるマナーは、著作権や肖像権などがメインになっている。

 写真教室を開講することで撮り鉄との共存共栄を模索する鉄道会社がある一方で、別の切り口で撮り鉄との共存を目指す鉄道会社も出てきた。

 青森県・岩手県を走るIGRいわて銀河鉄道は、2017年10月から滝沢駅のホームに鉄道写真ブース「トレイン・スポッターズ」を開設。鉄道会社が直々に鉄道撮影スポット、いわゆる”お立ち台”を用意したのだ。

「トレイン・スポッターズ」は三方をフェンスで囲まれており、地面は滑り止め塗装も施されている。安全対策に抜かりはない。

 鉄道ファンのみならず、一般の人でも思わずカメラを向けたくなるJR東日本が運行するクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」も滝沢駅を通過する。まさに、絶好の”お立ち台”と言えるだろう。

 鉄道会社にしてみれば、撮り鉄をここに誘導することで安全運行が確保できるうえにファンの気持ちを満たすこともできる。IGRいわて銀河鉄道は、これまでの課題を両立させた。

 鉄道会社が、お立ち台にお墨付きを与えるケースは珍しい。もちろん、鉄道会社公認のお立ち台だからと言って、どんな行為でも許されるわけではない。

「滝沢駅は盛岡への通勤圏ですし、周辺には大学・短大があります。そのため、朝夕は通勤・通学客で混雑します。そうした混雑時を避けていただければ、三脚の利用は可能です。ただ、安全上の配慮から脚立や自撮り棒の使用は禁止にしています」(IGRいわて銀河鉄道総務部広報担当)

 また、駅舎に串焼き屋が営業しているので、駅には小さな駐車場が設けられている。ここは、あくまでも串焼き屋の駐車場として利用が想定されている。だから、撮り鉄が駅に車を乗りつけて駐車場を占拠することは控えるのがマナーだ。

 鉄道会社側から撮り鉄との共存共栄を模索する新しい動きは出てきた。今後、鉄道会社と撮り鉄との共存共栄は深まるのか? それは、撮り鉄の振る舞いにかかっている。