「少しがっかりしている。でも、この大会でセミファイナルに行けてうれしい」

 2018年全豪オープンテニス男子ダブルスで、マクラクラン勉(ベン)は、グランドスラムデビューだったにもかかわらず、1968年のオープン化(プロ解禁)以降、日本男子では初となるベスト4進出を果たした。

 準決勝では、マクラクラン勉/ヤン レナード・ストルフ組が、最終的に優勝した第7シードのオリバー・マラッチ/マテ・パビッチ組に6-4、5-7、(4)6-7という接戦の末に敗れて、全豪で初のグランドスラム決勝進出まであと一歩届かなった。


全豪オープン男子ダブルスでベスト4のマクラクラン勉(右)とトーマス嶋田コーチ

「決勝に行けるチャンスはいっぱいあったと思うから……。毎日練習してうまくなって。ずっと向上していけるメンタルがあったら、これから先もいっぱいチャンスがある」

 悔しさから声のトーンが落ちて、ひと言ひと言絞り出すようにして全豪を振り返ったマクラクランだったが、そんな彼を大会中コートサイドからずっと見守る男がいた。男子国別対抗戦デビスカップ日本代表のトーマス嶋田コーチだ。

「すごく高いレベルの試合ができた。ベンたちにも十分チャンスがありましたね。もちろん悔しいだろうけど、本当に素晴らしい2週間だった」

 全豪での快進撃によって、今後マクラクランと嶋田コーチとの間には、グランドスラムの初優勝を目指すという具体的な目標と共通認識が芽生えてきている。

「これからが大変。今まではベンを知らなかったトップ選手も、試合をしっかり見るだろうから、今後もレベルアップしないと、ランキングや結果をキープできないと思う」

 さらにマクラクランはダブルススペシャリストの道を選んだことが、全豪ベスト4という結果を出したことによって、間違いではなかったことを改めて確信した。

「ダブルスだけと決める時、まだシングルスでもチャンスがあるかもしれないと、ちょっと気の持ちようが難しかった。(でもシングルの試合で)自分だけがコートにいる時、なんでこんなことをしているんだっていつも考えていて、シングルスが全然楽しくなかった。今はすごく嬉しい。ここでセミファイナルに来て、もっともっとダブルスで上にいけるから、これからインプルーヴ(向上)していけば、チャンスがあると思う」

 振り返れば、マクラクランは嶋田コーチと出会っていなければ、メルボルンでの成功もなかったかもしれない――。

 トーマス嶋田はダブルスのスペシャリストとして、日本男子では唯一成功したプロテニス選手だった。父親の助言から23歳の時にダブルスに絞って、ATPワールドテニスツアーに挑み、ツアー優勝を2回成し遂げた。アメリカ育ちながら、日本男子選手の誰よりもサムライ精神を持ち合わせ、プロ意識が高かった。

 2005年に現役を引退した嶋田は、2016年シーズンより日本代表チームのコーチに就任し、2017年4月よりはアメリカから日本へ拠点に移して、チームのサポートをしている。

 長年、日本チームはダブルスが弱いと指摘され続け、特にワールドグループで戦うようになってからは、世界トップレベルのダブルスチームとの戦力差を痛感させられることが多くなった。嶋田コーチは、自らの経験も踏まえて、何とか日本チームのダブルスのテコ入れをしたいと考え、さまざまなアイデアを模索していた。

 実は嶋田コーチは、だいぶ前からマクラクラン勉の名前は知っていた。

「ベンのジュニア時代のコーチが、南アフリカ人のラン・ベール。彼もダブルスプレーヤーだったので、(現役時代は)よく一緒に遠征をしていたし、2〜3回対戦したこともありました。南アフリカ人ですけど、ニュージーランドテニス協会で働いています。10年前ぐらいから、ベンとはメールのやりとりもありました。ベンのお兄さんのリッキー(力)も知っていましたよ」 

 マクラクランはカリフォルニア大学のバークレー校を2014年5月に卒業してプロになり、その後はしばらく連絡を取り合うことはなかった。だが、昨年に突然、マクラクランから連絡があった。

 マクラクランは嶋田にこう伝えた。

「約3年前からダブルスに集中していて、ダブルスプレーヤーとしてこれからも頑張りたい。日本人としてプレーしたい、日本代表としてプレーすることに興味がある」

 ふたりのメールのやり取りが続くなか、2017年4月に嶋田コーチがアメリカから日本へ引っ越してきた時、ちょうどマクラクランもニュージーランドから日本に来ていた(大阪に祖母が住んでいる)。タイミングが合ったので、ナショナルトレーニングセンターに3日間来てもらい、一緒に練習することになった。

「ベンのテニスを見たら、いい感じで、人柄もすごく良かった。他の選手の話でも、『ベン君はいい人』だって。いきなり日本チームに入ってきたら、人によってはなんで? となる。だから、選手たちの評判が良かったのは安心材料でした」

 当時マクラクランは、日本とニュージーランドの両方の国籍を持っていたため(現在は日本国籍)、嶋田コーチは国籍やパスポートなど、岩渕聡監督や高田充ナショナルコーチ、日本テニス協会の植田実氏と相談しながら話を進めた。

 同時に、ITF(国際テニス連盟)ともコミュニケーションをとって、マクラクランが、まず日本でプレーできるかどうか、可能ならばいつからできるのか、手紙を書いたり、さまざまな手続きをした。ただ、噺はそんな簡単ではなかった。最近はプロテニス選手が安易に国籍を変えることが多い背景もあったからだ。

「ベンは前から日本のパスポートを持っているし、母親は日本人です。そして、ITFとしては、ベンがニュージーランドのデ杯メンバーになっていないことが判断の決め手になって、ちょうどローランギャロス(6月上旬)の頃にOKが出ました。そのタイミングで、9月のデ杯は出られる可能性があると言われた。あとは日本テニス協会がどうかだけでした」

 嶋田コーチは、マクラクランが感謝の気持ちを伝えてきたことに感銘を受けた。いいコミュニケーションがとれて、これならやっていけると確信した。そして、何より彼にダブルススペシャリストとしてやる覚悟があることが重要だった。

「まず、ダブルスのやる気がある。そこが一番大きいポイントですね。ダブルススペシャリストになりたいという気持ちがベンにはあるので、楽にコミュニケーションをとれます。もっと細かく深くアドバイスしても全然OKで、ダブルスだけの練習をもっと求めてくる。どんな仕事でも中途半端だとうまくいかない。ある程度はいけるかもしれないけど、トップのトップを目指すのなら、スペシャリストにならないと難しいですね」

 さらに、嶋田コーチは、マクラクランのテニスの技術的な魅力も感じている。

「サーブがいいですね。サーブの軌道が全然違います。ちょっと特別。(2017年)ジャパンオープン(初優勝)の頃には、すでに世界のトップレベルぐらいにあったと思う。肩が柔らかくて、ボールも結構跳ねて動く。コースも読みにくい。ボレーも悪くないし、反応もいいし、もっと上達できる。あと、相手のボールから逃げないのがいい」

 こんなエピソードもある。

 マクラクランは、2017年9月のデビスカップ日本代表デビュー前まで、リターンではアドサイド(コートの左半分のサイド)に入っていた。もともと、あまりリターンが得意じゃなかったが、大学の時に、最初のダブルスパートナーがデュースサイドしかやらなかったので、仕方なくやってきたのだという。

 ところが、デビスカップの1週間前に、同じ代表の内山靖崇と組ませて、マクラクランにデュースサイドにトライさせたところ、いい手ごたえをつかんだ。

「ベンにとっては、リターンポジションの変更は大きいと思う。あと、ベンの強みのひとつはバラエティがあるところで、ロブリターンもするんです。なかなか最近はあまりそういうプレーをする人はいないですね」

 一気にランキングを駆け上がることは、トッププレーヤーになるための条件のひとつとされているが、2017年ジャパンオープン初出場でのATPツアー初優勝、そして、今回の全豪での初のベスト4によって、マクラクランのATPダブルスランキングは、自己最高の36位(1月29日付け)になり、ダブルストッププレーヤーの仲間入りを果たした。

 嶋田コーチは、「ツアーレベルで、ベンもどんどん顔を売っていかないといけない。行かないと、向こうからなかなか声はかかってこない」と心配していたが、これからはダブルスパートナーになってほしいというオファーも増えるだろう。

また、全豪でランキングポイント720点を獲得したことにより、年間の上位8チームしか出場できない男子テニスツアーの最終戦・ATPファイナルズの出場権を争うダブルスレース to Londonでは、3位タイにつけている(1月29日付け)。ベンのツアーコーチである兄のリッキーが「どう考えているかわからない」と言いながら、嶋田コーチは、もちろんこのレースの行方を意識していて、25歳のマクラクランが、日本男子としてのダブルスでのツアー最終戦初出場を果たすという大いなる野望に胸を躍らせている。

「今、3位ですね〜(笑)。(マクラクラン兄弟の)目標に入っているかどうかちょっとわからない。本当に急だから。でも、(この目標は)いいアイデアですね」

 次なる戦いの場は、2月2〜4日に盛岡で開催される、デビスカップ・ワールドグループ1回戦「日本 vs. イタリア」になる。初戦突破のために、マクラクランは内山と組むダブルスで非常に大切な役目を担うことになる。

 2018年シーズンは個人戦でも代表戦でも、マクラクランのダブルスの戦いから目が離せない。

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