ハロウィンでにぎわう渋谷駅前。 2016年からは、警視庁がハロウィンに合わせて渋谷駅前スクランブル交差点を歩行者天国化し、 ますます盛り上がりを見せている(提供・渋谷区観光協会)

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、東京の夜が大きく変わろうとしている。 2016年の風営法改正をはじめ、国や行政などがこぞって夜のまちの活性化と観光資源化をめざして、さまざまな取り組みを始動。東京の夜をもっと面白くする、 ナイトタイムエコノミーとは――。その最前線を探る。


「ニッポンの夜はツマラナイ……」。そんな、訪日外国人の声に応えるべく、にわかに注目されはじめたのがナイトタイムエコノミーだ。夜の経済活動が活性化すれば、過去最高に膨れ上がった訪日外国人を満足させ、なおかつ、成熟している日本経済を成長させることができるのだろうか。

ナイトタイムエコノミーとは、「居酒屋やナイトクラブなど、一般的に夜遊びをイメージするものだけでなく、夜間医療や24時間体制で私たちの生活を支えるインフラなど、日没から翌朝までに行われる経済活動の総称」(木曽崇氏)のことだ。国際カジノ研究所所長の木曽氏は、2017年に『「夜遊び」の経済学 世界が注目する「ナイトタイムエコノミー」』を出版した。

昼と夜、同じ資産で二毛作

幅広い業種が対象となるため、思いのほか大きな経済規模がありそうに思えるが、木曽氏は「日本は元来、”夜は寝るもの”という考えが強く、諸外国に比べると、規模は大きいとは言えない。実際に調査・研究すらされていないため、正確な規模がわからないというのが正直なところです」と話す。

ただ、「昼と夜、同じ資産で二毛作できれば経済効果は大きい。日本経済の発展のために、今、使われていない夜の時間帯の掘り起こしが必要。障害は、日本人の"マインド"だけ。昨今、働き方が多様化してきたことで生活スタイルも変化し、ここ5年をみても、夜起きている人たちが数万人単位で増加してきた。ここに、政府による観光立国推進の動きが加わり、今、大きな潮流になろうとしている」という。

また、2016年6月に改正風営法が施行されたことも、夜の時間帯に注目が集まったきっかけのひとつだ。


渋谷のクラブを舞台に繰り広げられる 渋谷エンタメフェス。 2016年の風営法改正によって、 クラブカルチャーも活況を呈している(提供・渋谷区観光協会)

法改正のために注力し、エンターテインメント分野の法律にも詳しい齋藤貴弘弁護士は、「風営法改正に至った大きなきっかけは、5年ほど前に大阪や京都で行われたクラブの摘発です。 周辺住民に迷惑をかけることなく営業していた店であっても、深夜に”ダンス”させていたことを理由に起訴されるという、到底納得できないものだった。それに反対したミュージシャンやDJたちが署名活動を始めて、議員連盟が発足し、法改正するに至った」と、その経緯を話す。

今回、改正されたもっとも大きなポイントは、「音楽に合わせてダンスを楽しむクラブの営業時間が原則午前0時までとされていたものが、照明の明るさなど一定の条件を満たせば、特定遊興飲食店として朝まで営業できるようになったところだ。この規制緩和によって、夜に営業するお店が解放され、個性的で特色を持つ店舗も運営しやすくなる。実際、大手企業も参入し始めている」(齋藤氏)という。

自民党の議連でも活発に議論

ただ、夜の時間帯を活性化するためには今回の法改正だけでは足りず、齋藤弁護士がアドバイザリーボード会議メンバーを務める自由民主党時間市場創出推進(ナイトタイムエコノミー)議員連盟では、情報発信や観光案内、夜間GDPの算出方法などについて、活発に意見交換が行われている。


風営法の改正を主導した齋藤貴弘弁護士。自由民主党の時間市場創出推進(ナイトタイムエコノミー)議員連盟のアドバイザリーボード会議メンバーをはじめ、豊島区アフター・ザ・シアター懇談会の委員なども務める

昨年末に行われた同議連の会議では、日本観光振興協会の久保成人理事長が「2017年の訪日外国人数は過去最多を記録したものの、政府は2020年までに、昨年の倍近い4000万人、2030年には6000万人へと拡大させる計画だ。最近の訪日外国人は、爆買いではなく、”日本人が普通に楽しんでいるものを体験したい”という希望が強くなっている。実際に、新橋では、サラリーマンたちでにぎわう居酒屋をはしごする外国人向けのツアーが大好評だと聞く」と話し、今ある観光資源を活かしつつ、観光客により楽しんでもらえるよう、日本の夜の文化を進化させていく必要性を訴えた。この議連で取りまとめられた提言は、近く安倍総理に直接手渡される予定となっている。

また、観光庁も「『楽しい国 日本』の実現に向けた観光資源活性化に関する検討会議」をスタートさせた。

モノ消費からコト消費に移行している訪日外国人へ、より質の高い”コト”を提供することで、現在、旅行消費額のたった3%程度しかない娯楽費を向上させたい。同時に、働き方改革によって国内でも仕事が終わった後に、コンサートなど文化を楽しめる街づくりを、都市だけではなく日本をあげて進めていきたい。そのために、日本でしかできない独自性のあるナイトタイムエコノミーを提供する必要がある――として、ソフトだけではなく、 公園や橋梁など公共の施設、歴史的建造物を使ったイべントなど、ハード面からバックアップする方法も検討されている。

さて、ここからはさらに、実際に進んでいるナイトタイムエコノミーの取り組みについて紹介していこう。 訪日外国人からの人気がトップクラスの渋谷区は、前年比120%の体験満足度を獲得することをコンセプトに、長谷部健区長と渋谷区観光協会を中心としてさまざまな取り組みを行っている。


ハロウィンの夜に人であふれる渋谷駅前(提供・渋谷区観光協会)

その渋谷区の取り組みに欠かせないのは、2016年に誕生した渋谷区観光大使ナイトアンバサダーの存在だ。 ヒップホップ・アクティビストのZeebra氏、FIG&VIPERディレクターでDJの植野有砂氏、TRANSIT GENERAL OFFICE代表の中村貞裕氏が、渋谷の夜の魅力を発信。三人がお勧めするナイトコースも掲載された渋谷区観光協会作成のナイトマップは、希望者に無料で配布されているが、各所から問い合わせが来るほど大人気になっているそうだ。お店の紹介だけでなく、カードやWi-Fiは使えるか、メニューは英語対応がされているのか、終電は何時かなど、訪日外国人が本当に知りたい情報が掲載されていることも人気の理由なのだろう。


渋谷区観光大使ナイトアンバサダーであるZeebraさんが会長を務める「クラブとクラブカルチャーを守る会」のメンバーなどによって行われている、 渋谷のまちのゴミ拾いの様子。 ハロウィンの後などにも、 自主的にゴミ拾いをする人が増えたという(提供・渋谷区観光協会)

その他、渋谷にあるクラブを低価格で回遊できる、企業が主催するエンタメフェスや、クラブとトレーニングを掛け合わせたスポーツイベントなどにも協力しているが、一番の功績は、断絶されていた夜と昼の時間帯をつなげたことではないだろうか。渋谷区観光協会の堀恭子氏は、「ハロウィンで盛り上がった翌朝、ごみ袋を手に、渋谷で夜働く人と昼働く人、イベントを楽しんだ人、さまざまな人が一緒にごみ拾いをするようになりました。これは、我々が強要したのではなく、自然と始まったことです。昼と夜がお互いを知らないために生まれる苦情も、交流があれば解決策が生まれます。今後は、さらにこの交流を深め、住民の方々の立場を大切にしながら、夜の時間帯を盛り上げる施策をもっと考えていきたい」と話してくれた 。

豊島区が進めるアフター・ザ・シアター

昨年の12月27日、豊島区の夜間経済を考える「第1回豊島区アフター・ザ・シアター懇談会」が開催された。

「国際アート・カルチャー都市構想」を進める同区では、2020年に向けて「劇場都市」を将来像に掲げ、8つの劇場を有する「Hareza(ハレザ) 池袋」の整備をはじめ、池袋駅周辺の公園の劇場化など、さまざまなプロジェクトが進行している。

同懇談会は、劇場で演劇やコンサートなどを楽しんだ後も、安心安全にその余韻を楽しめる場(アフター・ザ・シアター)の実現を目的としたもので、 年度内にもう1度開催し、4月までに一定の提言をまとめる予定だという。

豊島区文化商工部国際アート・カルチャー都市推進担当課長の馬場晋一氏 は、「これから豊島区では、2019年東アジア文化都市や、2020年東京オリンピック・パラリンピックの文化プロジェクトなど、国際的なプロジェクトが展開される中で、国際都市機能の充実が必要となった。劇場都市・豊島区がめざす夜の時間の大きなテーマ は、観劇・鑑賞後の"余韻"です。あわせて、これまで取り組んできた安心・安全のイメージ。文化のまちづくりを進めていく過程で、このイメージが根づき始め、大型の商業施設も女性向けが増加。企業の参入も相次いでいる」と話す。

もともとあったモノを活かすのではなく、まったく新しい街としてスタートした街の代表が歌舞伎町だ。1990年代後半、働いている人たちも表通りしか歩けなかったほど治安の悪いまちだった歌舞伎町は、石原慎太郎元都知事が行った都市浄化作戦を機に、整然としたまちに生まれ変わった。

当時を知る人からは、「クリーンにはなったが、東洋一の繁華街ではなくなった」「特色がなく、どこにでもあるまちになってしまった」との声もあるものの、昨年の夏にVR(仮想現実)を体験できるエンターテインメント施設「VR ZONE Shinjuku」がオープンし、カルチャーを楽しむまちへと大きく舵をきった。 負の部分を切り落とすために、一気に除草剤をまいてしまった都市浄化作戦。その後、新たなまちが出来上がるまでに、とてつもなく長い年月がかかることを教えてくれた事例だろう。

行政などが積極的に夜の時間帯を盛り上げようとしているが、まだまだ乗り越えなくてはならない課題は多い。まず、関係者が口を揃えるのは”交通”の問題だ。木曽氏は「移動手段がないと、日本の夜は盛り上がらない。 終電で帰ろうとすれば、食事の後に別な店に行ったり、ショーを楽しんだりということはしづらい」と話す。

自民党のナイトタイムエコノミー議連でも、週末だけ時間を延長して電車を走らせる、人気の路線だけは24時間営業にするなどの案は持ち上がっているものの、民間企業だけでは採算が取れないため、これは行政が率先して進めるべきところだろう。

「英国でも、ロンドンオリンピックに向けてナイトタイム振興が進み、環状線の24時間営業はオリンピックの予算で整備した。これは、もちろんアフターオリンピックを見据えてのものだ。東京も、山手線の運行が終わった後、山手線沿いに都バスを走らせたらどうか。ロンドンも長らくこの方法を用いていた」(木曽氏)

超高層ビルの片隅にお稲荷さん

2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えて、関連施設のレガシー論ばかりが問題視されているが、その周辺の設備も含めて、オリンピック後も継続して経済効果が得られるものに資金を投じなくてはならない。

あわせて、「夜の時間帯が盛り上がってくると、住民による反対運動が起きて、自粛するという歴史を繰り返してきた。政府が、日本の今後の発展のために夜の時間帯の活性化が重要だということを発信し、国民の理解を深めるために動いてほしい。東京は、超高層ビルの片隅にお稲荷さんがあるなど、文化と歴史と自然が混在した、世界でも珍しい巨大な観光資源そのものだ。素晴らしい資源、財産を持っていることに、私たち自身が気づかなくてはならない」(木曽氏)。

安全・安心に、まち全体を楽しむことができる東京。私たちがその魅力を知り、まずは、マインドを変えることこそが、夜の時間帯を発展させ、経済を拡大させるために重要な一歩になるのではないだろうか。