伝統的な足袋(左)とランニング足袋の新作Toe-Bi(右)

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 昨年末、大きな話題を呼んだドラマ『陸王』(池井戸潤原作)。そのモデルではないかとネット上で話題になったのが、1929年創業の埼玉県行田市の「きねや足袋」(048・556・6361)だ。

 中澤貴之社長(40)は3代目。社名の由来を聞くと「先代が歌舞伎の杵屋(きねや)一門から屋号を名乗ることを許されたそうです」。足袋の需要は減ったが、現在でも歌舞伎役者や長唄(ながうた)三味線奏者、日本舞踊愛好者らに愛され続けている。

 ドイツ製ミシンを改造した爪縫いミシンやコハゼ付けミシンなどは明治時代からの年代のものも多い。「埼玉県伝統工芸士」の資格を持つベテラン女性職人も数人いる。分業体制で手際よく布から足袋を仕上げていく。

 同社がランニング足袋の開発を始めたきっかけは、2時間45分39秒の裸足(はだし)マラソン日本最速記録を持つ高岡尚司さんから「裸足感覚の足袋が作れないか」と依頼されたこと。高岡さんは大学時代、箱根駅伝の出場を目指していたが、故障が相次ぎサポート役に回った。その経験から人間本来のランニングに目覚めたという。

 ―伝説のランナー金栗四三が履いていた「金栗足袋」。1950―60年代、小学校の運動会の徒競走ではマラソン足袋の着用を義務付けていた。51年のボストンマラソンで優勝した田中茂樹もマラソン足袋で走った―

 高岡さんの依頼で13年に開発したのが足袋に厚さ5ミリメートルの天然ゴムのソールを付けた「無敵(MUTEKI)」。素足感覚で自然とつま先から着地するようになるため人間本来の走りが戻るという。故障がちのランナーに口コミで広がり、年間1万足を販売。現在も品切れ状態が続く。

 昨年10月にはフィット感をより増した「Toe-Bi(トゥービー)」を発売した。ネーミングの由来を聞くと「つま先が二つに分かれているから。語感もタビと似ているでしょう」と笑う。「祖父の時代から銀行さんから廃業を勧められてきましたが、頑として足袋づくりをやめませんでした」。伝統工芸品の“旅”は今も続いている。

【メモ】石田三成の水攻めに耐えた忍城跡がある埼玉県行田市。足袋の原料となる綿や藍の生産に適し、江戸時代のガイドブックに「忍のさし足袋名産なり」と記されているように、古くから足袋の産地として知られる。戦後、生活様式の変化で需要は激減したが今でも足袋蔵が建ち並び、昨年には文化庁の「日本遺産」にも指定された。