紫光集団傘下の長江ストレージの3次元NAND工場(17年末)

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●役職定年とは何か

 筆者は1987年〜2002年まで日立製作所に勤務し、03〜08年まで同志社大学で経営学の教員として勤務した。その後、自営業者となり、新聞や雑誌の記事を書くジャーナリスト、およびコンサルタントを主な仕事としている。自営業者であるため、ボーナスもなく失業保険ももらうことはできず、もちろん退職金なども無縁だ。加入している年金は国民年金であり、老後の生活には一抹の不安がある。

 ただし、会社員にはない良い点が一つだけある。筆者は現在56歳であるが、60歳の定年も、55歳で適用されることが多い役職定年もないということである。つまり、仕事があり、自分に働く気力さえあれば、いつまでも現役を続けることができる。

 一方、筆者と同年齢の日立や東芝などの大企業の社員の多くが役職定年となり、悩んでいるという話を頻繁に聞くようになった。役職定年とは、55歳頃の部課長などに適用される。すると、それまでのポストを外され、部下もいなくなり、仕事内容もメインストリームから外れ、役職手当もなくなり、その結果、給料が大きく減額される。場合によっては、今まで部下だった者が上司になるというような屈辱的なケースもあるらしい。

 自分の能力が低下し、実績が挙げられなくなったのならやむを得ないが、単に年齢が55歳になったというだけでこうした扱いを受けるというのは、耐えがたいことのように思う。もし、筆者が現在も日立に在籍していて、そのような目に遭ったら、もっと待遇や報酬の良い企業を探して、さっさと転職するに違いない。

 これに対して、「55歳という年齢を考えると転職は難しいのではないか」という意見もあるだろう。しかし現在、半導体技術者にとっては、それが当てはまらない。半導体技術者には現在、千載一遇のチャンスが到来しており、決意さえ固めれば現在の給料の数倍〜数十倍の企業に転職することが可能となっているのである。

 その企業とは、中国の半導体企業である。本稿ではまず、中国で半導体の巨大工場の建設が複数計画されている実態を述べる。その結果、中国には膨大な数の半導体技術者が必要であり、その待遇が日本の数倍〜数十倍になるケースが多々あることを説明する。最後に、役職定年という時代に合わない制度を放置すると、半導体をはじめ日本の製造業の競争力を弱体化させるであろうという推論を述べる。結論を先取りすると、役職定年という制度は即刻廃止するべきであると考える。

●中国の半導体企業の実態

 中国は、世界の半導体の半分以上を消費する最大のマーケットとなった。それは、130万人を擁し「世界の工場」となった台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が世界の9割のPC、スマートフォン(スマホ)、デジタル家電などを中国で組み立てているからである。これら電子機器には、大量の半導体が必要である。それゆえ、世界の半導体の半分以上が中国に雪崩れ込んでいるのである。

 現在、中国の貿易赤字の元凶は、石油ではなく半導体になってしまった。この貿易赤字を解消するため、習近平国家主席は「中国IC産業ファンド」を設立した。当初2兆円だったファンドは、現在18兆円の規模になっているという。

 この巨額ファンドを使って、15年に中国の紫光集団が世界の半導体企業を爆買いしようとしたが、米国司法省の反対などもあって失敗した(16年4月20日付本連載記事)。すると今度は、ふんだんにある「中国IC産業ファンド」を使って、中国が自前で半導体工場をつくることにした。たとえば、紫光集団は以下の3つの半導体工場を建設する計画を立てている。

(1)240億ドルで武漢に月産30万枚の3次元NAND工場を建設
(2)300億ドルで南京に月産30万枚のDRAM工場を建設
(3)280億ドルで成都に月産50万枚のファンドリーを建設する(ファンドリーとは、委託製造専門の半導体メーカー)

(1)については、紫光集団がXMCを傘下に収め、長江ストレージと社名を変えて着々と3次元NANDの開発および量産工場の建設を進めている。16年に9層(8層のメモリセル+1層のコントローラ)の3次元NANDの動作に成功した後、32層の開発をはじめ、17年末には歩留まり50%を超え、サンプル出荷を開始した。また、48層をスキップして現在世界の最先端である64層の開発に着手し、19年には量産する模様である。12インチウエハで月産10万枚の工場を20年までに3棟建設する予定であるが、17年末時点ですでに第1棟の建設が完了している(図1)。

(2)についても、長江ストレージのActing chairmanで、紫光集団のExecutive VP、Charles Kau氏は、最先端の1xnmDRAMを量産すると宣言した模様である。(1)の3次元NAND工場のような具体的動きはまだ見えないが、今後、計画が遂行されていく可能性が高い。

 紫光集団以外にも、中国で巨大DRAM工場を建設する動きが少なくとも2つある。以下にわかっていることを紹介する。

●UMCと中国のJHICCの合弁会社
 
 電子デバイス産業新聞(17年12月7日号)によれば、JHICCが18年1〜3月に月産6万枚のDRAM工場を新設すると書かれている。ここに、UMCが台湾で開発した40〜28nmのDRAM技術を供与するという。

 ところが、複数の装置や部材、材料のメーカー筋の情報によれば、上記記事はあまり正しくない。JHICCは、最先端の1xnmDRAMを狙っており、規模も月産10万枚から始めて30万枚まで増産する計画というのである。

 JHICCはUMCと16年5月にDRAMのR&D(研究・開発)契約を結んでいる。UMCは台湾南部の工業団地「Southern Taiwan Science Park」に100人の技術者から成るR&Dチームを編成した。UMCはJHICC にDRAM技術を提供し、そのライセンスによるビジネスを行う。

 確かにUMCの技術だけなら、せいぜい40〜28nmの2周回遅れのDRAM技術がせいぜいであろう。しかし、JHICCには旧エルピーダのDRAM技術者が多数存在する模様である。彼らが核になれば、1XnmDRAMを狙っているということも、まんざら夢物語ではない。

●LuiLi(旧Hefei Chang Xin)

 Hefei Chang Xinは当初、サイノキングと提携し、中国安徽省(Anhui province)合肥(Hefei)市政府が支援して、72億ドルを投資し、月産30万枚のDRAM工場を建設する計画だった。サイノキングとは、12年に経営破綻したエルピーダメモリCEOだった坂本幸雄氏が設立したDRAM設計開発会社である。「サイノ=中国の、キング=王」、つまり「中国で圧倒的に優れたDRAMをつくっていきたい」というコンセプトだった。

 坂本氏は日本と台湾の技術者10人でサイノキングを設立し、日韓台の技術者250人を集め、日韓台中で1000人の技術者集団形成を目指した。サイノ社側が次世代メモリを設計し、生産技術を供与し、上記工場が最先端DRAMを生産するという構想だった。

 その第1弾として「IoT」(モノのインターネット)用の省電力DRAMを設計し、早ければ17年後半に量産することを目指していた。その際、技術者250人を3年間、中国へ派遣して、750人の中国人技術者にDRAMの開発や量産方法をOJTすることを目論んだ。

 ところが、坂本CEOが技術者一人につき3年で3億円を要求し、さらに上記IoT用DRAMのIPの所有権はサイノ側にあり、これを他のDRAMメーカーに対してIPのライセンスビジネスを行うことを条件に盛り込んだため、交渉は決裂し、破談となった。

 これでHefeiはDRAMビジネスを諦めたかに思われたが、その後、社名をLuiLiに変え、こっそりDRAMをつくろうとしているという。LuiLiは装置メーカーに対して17年末に導入を依頼し、18年第1四半期に製造装置据え付けを始めるとしている。また、材料メーカーに対して、DRAM工場が稼働する18年第1四半期以降の供給確保を依頼している。

 LuiLiは、マイクロンが買収したイノテラの技術者をごっそり採用した。これに対してマイクロンは、LuiLiを情報漏洩で訴えている。加えて、LuiLiには香港に2つのR&Dチームがあり、一つは前SK hynix技術者、もう一つは前エルピーダ技術者が在籍している模様である。

●大量の半導体技術者が必要な中国

 判明しているだけでも中国には月産30万枚の3次元NAND工場、月産10〜30万枚のDRAM工場が3カ所、月産50万枚のファンドリー工場の建設計画がある。全部合わせて、約10万人規模の半導体技術者が必要となる。

 実際、中国のXMCは、韓国サムスン電子の中国西安工場の技術者やオペレーターをごっそり引き抜いた。次に、言語の壁がない台湾の半導体技術者を青田買いした。世界最大のファンドリーである台湾TSMCは世界一給料が高い半導体企業で知られるが、その数倍もの給料を提示してTSMCの工場が一つまるごと運営できなくなるほど大量に技術者を引き抜いたと言われる。

 このような中国企業の半導体技術者の引き抜きに、韓国や台湾は政府レベルで対抗措置を講じつつあるようだ。その結果、中国企業のヘッドハントの矛先は、日本に向けられている。中国企業は、大学教授や事業部長クラスには支度金10億円以上を提示しているという話を聞く。また、経験10年以上(32歳以上)の半導体技術者には、年俸3000万円程度を提示している事例を見たことがある。

 実際、昨年、このような高額な年俸に目が眩み、「中国半導体企業に転職したい」という相談を、若手技術者から複数件受けた。筆者は内心、「一度きりの人生だ、窮屈な日本を飛び出して、世界の舞台で挑戦してみるのもいいのではないか」と思う一方、「君程度の経験と実力では、1〜2年で放り出されるかもしれない」というリスクもあると感じていた。

 しかし、その場では「君の人生は、君自身が決めるべきである」と言って突き放した。「行ってみたら?」とか、「行かないほうがいいのでは?」とは一言も言わなかったし、言うべきでないと思ったからだ。

●役職定年者の向かう先

 このように、中国は大量の半導体技術者を必要としており、募集もしている。そこで問題になるのが、冒頭で述べた役職定年になった半導体企業の部課長クラスの社員である。彼らは、マネージャーであり、プレーヤーではない。したがって、中国企業に行って技術の現場の実務を行うことは難しいかもしれない。

 しかし、約30年もの長きにわたって半導体に関わってきた実績があり、豊富なノウハウの蓄積がある。その経験やノウハウは、これから半導体工場を立ち上げようとする中国企業にとって、喉から手が出るほど欲しい能力であると思われる。

 たとえば、筆者は1987年〜2002年まで日立やエルピーダなどで、主としてDRAMのドライエッチング技術開発に関わってきた。15年ほど実務から離れているので、最先端の技術を、身を持って知っているわけではない。

 しかし、ドライエッチングの技術開発の方法や量産立ち上げの手法は、よくわかっている。したがって、ドライエッチンググループの課長をやれと言われたら、できる自信がある。現代は、製造装置メーカーが装置だけでなく基本的なプロセスも開発してくれるので、それを最大限有効活用すればいいのである。自社でプロセス開発をする必要は、ほとんどない。

 必要なのは、ラムリサーチ、アプライド・マテリアルズ、東京エレクトロンなどの装置メーカーをいかにうまく使うか、それを部下たちにどうやらせるかということだけである。これは実にたやすい仕事である。そして、役職定年となった部課長なら、多くの者がこの程度のことを朝飯前でやってのけるであろう。

 このような簡単な仕事に、現在の数倍〜数十倍もの報酬がもらえるとなったら、その転職を止めることは誰にもできない。中国という異国で仕事をしなければならないというリスクは伴うが、養う家族があり、家のローンもあるとなれば、そのくらいの困難は乗り越えられるのではないかと思う。

●時代に合わない役職定年

 役職定年という理不尽な処遇を受けた社員を主語にすれば、「そんな会社はさっさと辞めて、もっと待遇の良い企業へ転職すべきだ」ということになる。一方、日本の半導体企業または日本の半導体産業を主語にすれば、55歳という年齢に達したという理由だけで部課長を役職定年にした結果、人材も技術も流出しまうことになり、そのダメージは計り知れない。したがって、そのような人材流出を止める施策が必要であろう。

 現在の日本人を考えると、55歳で役職定年とか、60歳で定年というのは、時代にそぐわない制度であるように思えてならない。たとえば、東芝がスポンサーを降りることになった長寿アニメの『サザエさん』(フジテレビ系)では、一家の家長である磯野波平が54歳、その妻のフネが48歳という設定になっている。『サザエさん』の第1回放送は1969年で、高度経済成長の真っただ中だった。その当時、54歳の男性は限りなくお爺さんに近く、48歳の女性は限りなくお婆さんに近かったのである。「55歳で役職定年」というのは、大昔の高度経済成長時代の「サザエさん」の頃を踏襲した制度のように思えてならない。

 56歳の筆者が感じるのは、現代において55歳というのはバリバリの現役といっても過言ではないということだ。それを、時代にそぐわない役職定年という制度で飼い殺しにするというのは、日本全体でみれば、人材の無駄遣いにほかならない。また、そのような人材が他国へ流出するということは、日本の製造業の競争力を低下させる原因にもなる。

 昨今、日本の総人口の減少や少子高齢化による労働人口減少などを背景に、「働き方改革」ということが盛んに叫ばれている。しかし、その議論のなかで「高齢者を活用する」ということはいわれているが、「役職定年をなくす」という話を聞いたことがない。日本が真剣に「働き方改革」を行いたいのなら、時代にそぐわない役職定年という制度を即刻廃止するべきである。
(文=湯之上隆/微細加工研究所所長)