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株はもう「売り」なのか

一部で「日経平均10万円説」が囁かれるなど、いよいよ本格的な株高フィーバーが始まったのかと思いきや、思わぬ伏兵が現れた。米国の長期金利上昇である。

一般論では、金利の上昇は株価にとってはマイナスだが、リーマンショック以降、度々見られた長期金利の上昇は、本格的な景気拡大とそれにともなう米国経済正常化の期待感から、むしろ株式市場関係者の間では歓迎されてきた。しかも、今回の長期金利上昇は、考えてみるとまったくたいしたことはない。

思い起こしてみると、昨年の今頃の米国の10年物国債利回りは2.4%前後で推移していた。そして、現在、この10年物国債利回りは2.7%前後である。確かに上昇してはいるが、1年経過して0.3%程度の上昇に過ぎない(ちなみに昨年、FRBは3回利上げを実施しているので翌日物金利は0.75%上昇していることになる)。

一般的に長期金利上昇が株価にとってマイナス要因になるのは、インフレ懸念から米国の中央銀行であるFRBが本格的に引き締め局面に入ることが懸念されるためである。

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特に、景気過熱からインフレ率が上昇してくると、FRBは資金供給を絞ることで経済活動を抑制させようとする(そして、同時に政策金利を大幅に引き上げ、資金需要も抑えにかかる)。だが、今回の場合、米国経済において、まだまだ本格的なインフレ懸念が醸成される状況ではない。

例えば、FRBが金融政策の判断材料として注目しているといわれているPCEデフレーター(個人消費デフレーター)は、昨年12月時点で前年比+1.5%で加速する気配はない。2月より議長がイエレン女史からパウエル氏に交代するが、そこで、パウエル新体制がアグレッシブな金融引き締めを進めるとも考えにくい。

したがって、この程度の長期金利上昇が来たからといって大慌てで株式を売却するというのは奇妙な行動である。

そこで、今回は、米国の金利の動きをもう少しまじめに考えてみることにする。

米国金利の3つの変動要因

エコノミストの仕事をしていると、長期金利を例えば、短期金利、財政関連の指標、実体経済の指標などで単純に回帰分析をして、マクロ経済指標と金利そのものを直接的に関連づけて分析しようとする。だが、そのような手法では、長期金利の動きを十分に説明できない上に予測制度が著しく低いということが数多くの研究論文で明らかにされている。

したがって、この手の「原始的な回帰分析」をみかけることは著しく少なくなった。強いて挙げれば、この手の方法は、政府が財政再建目標策定の際の金利前提を設定する際に用いられているようだが、実現することがほぼないことが確実な金利前提を、いかにも分析風に提示しているという意味でも非常に「痛い」。

それはさておき、国債の利回りは、その残存期間ごとに存在している。最近はこの残存期間毎のあらゆる金利(この残存期間と金利との関係を「イールドカーブ(もしくは金利の期間構造)」と呼ぶ)のデータを用いて、全ての金利を動かしている「目にみえない」いくつかの共通要因(「Latent factor」と呼ばれる)を推定するという手法が用いられている。

ここでは、以上のような「イールドカーブ」の分析手法のうち、もっとも標準的な手法の一つ(「ダイナミック・ネルソン-シーゲル・モデル」)を用いて、米国金利(全ての年限の国債利回り)に共通の3つの変動要因を抽出したのが図表1である。

このモデルでは、金利は共通の3つの要因(「Level(水準)」、「Slope(傾き)」、「Curvature(曲率)」)の変動で説明できるとされる。

そこで、次なる問題はこの「目にみえない」3つの要因が何によって変動しているかを考えることである。ここでようやくマクロ経済指標との関連を考察することができる。

コラムの性格上、途中のプロセスは省略させていただくが、これら3つの要因のうち、「水準」は、予想インフレ率の動きとほぼ一致している(図表2)。

「傾き」は、実体経済指標との相関が高いが、筆者が試行錯誤した結果では、非農業部門雇用者数の伸び率(対前年比)との相関が最も高かった(図表3)。

「曲率」と相関が高い経済指標を見つけるのはなかなか難しいが、「曲率」は、90年代前半、ITバブル崩壊局面、リーマンショック以降で大きく低下していることから、信用創造機能に関連する指標との関連が高いと推測される。

そこで、図表4では、「クレジットスプレッド(ムーディーズBaa格社債利回りと10年物国債利回りの差で、信用不安の有無を判断する指標)」を並べてプロットしていたが、両者の動きは似ている。

米国の長期金利はどこまで上がるのか

ところで、この3つの変動要因をみると、上昇が著しいのは「水準」と「曲率」であることがわかる(再び図表1を参照のこと)。このことから、最近の長期金利上昇は、予想インフレ率の上昇と信用創造機能の回復に基づくものであると推測される。

一方、実体経済指標との関連が高い「傾き」の寄与は実はそれほどない。逆に、図表3からは、非農業部門雇用者数の伸びの鈍化に対応して、「傾き」要因は金利低下方向に作用している可能性が高い。

「傾き」要因の動きをみると、米国景気は好調ながら、加速度的に拡大していく局面ではなくなりつつあることが伺える。その意味で今回の米国の長期金利上昇は景気過熱懸念によって生じたとは考えにくいことが示唆される。

そこで、「水準」要因との相関が高い予想インフレ率だが、2010年以降の動きをみると、マネタリーベースとの関連が高いことがわかる(図表5)。

これは、最近の予想インフレ率の上昇はFRBがマネタリーベースの供給を意外にも増やしたことで発生している可能性が高いことを意味している。したがって、仮に、パウエル新体制の下で、FRBがマネタリーベースの供給の伸びをあまり抑制しなかった場合、予想インフレ率はある程度上昇し、それと同時に「水準」要因も上昇する可能性が高いと考えられる。

問題はどこまで上がるかという点だが、リーマンショック前のちょうど「心地よい経済状況」といわれていた2005年前後の予想インフレ率をみると2.5%程度で、同時期の「水準」要因が約3%程度であった点に注目したい。

直近(2017年12月末)の予想インフレ率が1.8%で同時期の「水準」要因が1.9%であることを考慮すると、米国経済がリーマンショック前の「心地よい経済状況」に戻るとすれば、「水準」要因は金利に換算して1%程度の上昇余地があるということになる。

(実は、この「イールドカーブモデル」では、最も短い金利は「水準」要因そのものになるので、その意味では、この「心地よい経済状況」下でのFFレートは現行から1%上の3%程度ということになり、これはFRBの「均衡政策金利」にほぼ一致する)

次に、長期金利の水準を考える際には、「傾き」と「曲率」の要因をどう加味していくかが問題となる。ただし、10年物国債利回りにおける「傾き」と「曲率」のウェイトはそれぞれ「水準」の10分の1程度である。

これを考慮すれば、米国10年国債利回りの上昇余地は、米国経済がリーマンショック前の状態に回帰するという楽観的なシナリオを想定した場合、10年物国債利回りの上昇余地は、あと1%程度ではないかと予想する。

すなわち、結論としては、米国の長期金利は上昇過程に入った可能性は確かに高いが、仮に米国経済が正常化し、リーマンショック前の「心地よい状況」に到達したとしても、10年物国債利回りで4%程度ではなかろうか。

また、その場合には、株価を大きく調整するような「悪い金利上昇」ではないはずだ。したがって、現時点の長期金利上昇も、その「心地よい状況下」での金利水準への初期段階と考えるのであれば、株価を大きく押し下げるリスクはそれほど大きくないはずだ。

また、そのような見方に従えば、FRBが今年3回程度の利上げ(計0.75%程度の利上げ)を実施する場合には、イールドカーブ全体が底上げされる(「上方へのパラレルシフト」)可能性が高いということになる。

一方、FRBが4回以上の利上げを実施する場合、イールドカーブはより短期の部分の上昇幅が大きくなる可能性がある。この場合、イールドカーブは「ベア・フラット」、場合によっては「逆イールド(短期の金利の方が長期の金利より高くなる現象)」になるリスクもある。

「逆イールド」は、将来の景気後退を示唆する現象であるといわれているので、その場合には株価は大きく調整するリスクが出てくる。

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