米国のドナルド・トランプ大統領のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)についての新たな発言が日本の政財界を揺さぶった。全世界に激震を広げたといってよいだろう。

 なにしろ同大統領は就任当日からこの多国間自由貿易協定から離脱する手続きをとっていた。いや、それ以前の選挙期間中から、この協定は米国の国益を害するとして排除を宣言していたのである

 ところが今度は一転して、ある程度の条件をつけながらも、TPPに復帰するための再交渉に臨んでもよいという。この逆転の理由はなんなのか。最も簡単な答えは「中国」のようである。

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びっくり仰天の政策逆転

 トランプ大統領はスイスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)に出席し、1月26日の演説で、それまでのTPP拒否の立場を一転させ、復帰の意図があることを明確にした。

「米国はTPP加盟諸国とも、二国間の貿易合意を交渉する用意がある」

「TPPに加盟している数カ国とはすでに合意済みだが、その他の加盟国とも、個別あるいは集団での交渉を考える」

 それまでの同大統領のスタンスを知る側にとってはびっくり仰天の逆転である。日本はオバマ政権時代の米国政府からは、TPPに参加するよう圧力をかけられてきた。日本国内に反対意見は多かったが、歴代政権がなんとか反対論を抑え、前向きの対応をとるようになった。ところが、その努力も水の泡といえる事態がトランプ政権のTPP排除だった。

 だが、今度はそのトランプ政権が政策を変えそうだという。日本側としては、いい加減にしろと叫びたくなるような二転三転である。

 トランプ大統領には失言、放言も多い。今回のTPP復帰の言明も、つい口を滑らせた無責任な発言なのだろうか。しかしその答えは明らかにノーだから重大な事態なのだ。

 ダボス会議でのこの演説は、世界の政財界リーダーに向けて事前に準備されていた。同大統領は演説の前日、米国のCNBCテレビのインタビューで「大きなニュースがある」と予告し、「これまで以上の内容が得られるなら、TPPとの再交渉を考える」と語っていた。つまり、明らかに政権全体としての協議を経た政策変更だと思われる。

 TPPをめぐっては、アメリカを除く11カ国が「TPP11」としてこの1月22日に合意内容をほぼ確定し、3月に正式の合意文書として署名することが決まっていた。その文書について、アメリカが参加して再び交渉することは現実的には容易ではない。TPP11諸国が米国の逆転政策に応じるかどかは分からない。手続き的にも米国が再交渉できるのかどうか不明である。

最大の要因は「中国の経済的侵略」

 では、一体なぜトランプ政権はTPP政策を逆転させるに至ったのか。

 現時点でのこの疑問への答えは、トランプ政権の国際通商・財政担当のデービッド・マルパス財務次官がトランプ演説直後に述べた説明の中にある。マルパス次官はこう語った。

「TPP政策をシフトした理由は、ここ1年間に起きた状況の変化だ。最大の要因といえるのは中国の経済的侵略がグローバル規模で激しくなったことだ。中国の略奪的な経済慣行がTPPの効用を再認識させるに至ったといえる」

 マルパス氏は著名な国際エコノミストで、歴代共和党政権の国際通商関連の高官を務めてきた。トランプ氏の信も厚く、選挙キャンペーンの早い時期から政策顧問となっていた。トランプ政権の国際通商政策を担当するそんな側近の高官が、TPPシフトの最大の理由は中国だと指摘するのだ。

 マルパス次官が指摘する内容は、トランプ大統領の演説でも強調されていた。同大統領はダボス会議での演説で、TPP再交渉を提起する前に明らかに中国を激しく非難していた。

「米国は大規模な知的財産の盗用、不当な産業補助金、膨張する国家管理の経済計画など不正な経済慣行をもはや放置しない。この種の略奪的な行動は世界市場を歪め、米国だけでなく全世界のビジネスマンや労働者に害を及ぼしている」

 トランプ大統領はそう指摘し、公正で互恵の貿易システムが国際的に必要だと述べ、TPPに言及したのである。

看過できなくなった米国の“被害”拡大

 同大統領やマルパス次官のこうした言葉を追うと、今回のトランプ政権のTPP再考の真因がかなり明確となる。

 貿易面におけるここ1年の中国の不公正な膨張は激しく、米国にとっては米国第一主義の観点からみても米国の被害を防ぐために、本来、対中抑止、対中圧力の意図があったTPPを利用することが賢明だという判断が大きくなってきた、ということだろう。

 マルパス次官はTPP再評価の要因として、米国経済が好転して、この種の国際経済協定の交渉がやりやすくなったことや、TPP11が協定枠組みを1月22日に確定し、米国にとってTPPの全体像の把握が容易になっていることなどを挙げていた。しかし、なにが最大の要因かといえば、やはり中国の略奪的な経済膨張への対処策としてTPPが有効であることを再認識したことだという。日本側にとっても重要な点と言えるだろう。

筆者:古森 義久