「芸能界から一度距離を置きたい」という有安杏果さん。その真意は?(写真:JBpress編集部)


(矢原徹一:九州大学大学院理学研究院教授)

 ももいろクローバーZ(ももクロ)のメンバーとして8年間活躍した有安杏果さんの卒業コンサートを中継したAbemaTVの番組は、220万人の視聴者を集め、同局の音楽部門の歴代最多視聴数を記録したそうです。たった1人のアイドルの卒業コンサートにこれだけの注目が集まるのは、ちょっとした社会現象と言えるかもしれません。私の記事(「科学者として考えて杏果がももクロを卒業した理由」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52156)もかなりよく読まれ、JBpress読者の間でも関心が高いことが分かりました。そこで、彼女の決断の背景について、もうすこし掘り下げた記事を書いてみることにしました。

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卒業コンサートでのすがすがしい笑顔の理由

 前回の記事では、人間の性格因子の1つ「開放性」に注目して、彼女が卒業を決断した理由を推論しました。しかし、人間の決断をたった1つの性格因子で説明するのはあまりにも単純すぎます。今回は、他の性格因子についても考えて、決断の背景をより総合的に考えてみます。

 有安さんは、努力の人です。最近では、ギターやドラムに取り組み、ソロコンサートのステージで腕前を披露しました。日本大学藝術学部では写真を学び、卒業制作では奨励賞を受賞しました。

 楽器であれ、写真であれ、あるいは英会話であれ、プログラミングであれ、何か1つのスキルを身につけるには、毎日の練習を長く続ける必要があります。このような努力を継続できる性格のことを「良心性」と呼びます。良心性とは、言い換えれば自制心です。自分に課したルールに従って、自分の行動をしっかりコントロールできる人は、良心性が高い。良心性が高い人は、約束をしっかり守るので、信用できます。逆に良心性が低い人は、「明日までにやります」といいながら、翌日になると、「すみません、あと1日待ってください」ということが多い。練習を長期間続けるのも苦手。言うまでもないことですが、良心性が高い人ほど社会的に成功しやすいことが分かっています。

 有安さんは、良心性が高い。それだけに、卒業の決断をするまでには、ものすごく悩んだはずです。良心性が高い人は、約束を破ることや、自分で自分に課したルールを破ることに大きな心理的葛藤を抱きます。

 一方で有安さんは開放性が高い性格であり、大学で学ぶうちにももクロの活動という束縛から離れて自由になりたいと考えるようになった。しかし、ももクロを卒業すれば、ファンや仲間との約束を破ることになります。約束を破ってはいけないと考える自分(良心性を担当する自分)と、もっと自由に生きたいと考える自分(開放性を担当する自分)の間に、意見の違いが生じてしまった。こうなると、2人の自分が戦い、心理的に葛藤が生じます。

「自分探し」という言葉がよく使われます。この言葉には、あたかも「自分」が1つであるかのようなニュアンスがあります。しかし、心理学や神経科学などの研究成果によれば、少なくとも5つの主な性格因子があります。つまり、少なくとも5人の「自分」がいると考えてよいでしょう。有安さんの中では、良心を守りたいという自分と開放されたいという自分が戦い、相当苦しんだはずです。卒業コンサートではときどき涙ぐみつつも、すがすがしい笑顔を見せていましたが、それもそのはずです。長い苦悩からやっと解きはなされたのですから。

 葛藤を乗り越えて卒業するという決断を促したのは、「神経質」というもう1人の自分です。神経質とは、落ち込んで憂鬱になったり、ストレスを感じて不安になったりする性格のことです。誰しも大なり小なり神経質ですが、その大小には個人差があります。神経質が強い人は、罪悪感や不安への感受性が高いので、なかなか決断できません。有安さんは、バンジージャンプを思いきり良く飛べる人なので、神経質の程度が小さいほうでしょう。だから、悩んだ末に、思い切った決断ができたのだと思います。もっと神経質な人であれば、ファンや仲間を裏切れないという思いと、自由になりたいという思いの間で悩み続けて、心を病んでしまったかもしれません。

 有安さんは、今後のことは白紙といいつつも、「芸能界から一度距離を置きたい」という表現で、戻ってくる可能性を否定はしていません。この発言は、長い葛藤から彼女が学んだ知恵でしょう。ここで「卒業する以上、芸能界に戻るのは無責任だと思います」というような発言をすれば、彼女は自分に対して新たな約束をすることになります。悩み抜き、考え抜いた結論として、今後の自分に対する約束をできるだけ作らないようにして、卒業しました。これは懸命な判断です。とはいえ、いちど離れた世界にもういちど戻るという選択を、「良心性を担当する自分」は嫌がるはずです。彼女が芸能界に戻るには、「良心性」以外の自分が、やっぱり戻ろうよと考えるような状況の変化が必要でしょう。

好きなことを仕事にするつらさ

 有安さんが大好きなダンスと歌をやめる決断をしたもう1つの背景には、好きなことを仕事にするつらさがあったのではないでしょうか。どんなに好きなことでも、それを仕事にしてしまうと、好きだけでは済まない事情が生じます。それは、結果が評価されるからです。

 人間には、良い評価を受けたいと望む性質(承認要求)があります。この性質に関係する性格因子が「外向性」です。

「外向性」と「開放性」はどちらも「自己実現」の追及に関係していますが、似て非なるものです。「開放性」は他人の評価とは無関係に、自分の興味を追求していく性質であり、一方で「外向性」は努力への見返りとしての良い評価や報酬を求める性質です。

 科学者である私は、どちらの性質も強いほうです。私の中には、業績評価なんてどうでも良くて、自分の興味をとことん追及したいと思う自分(開放性担当の自分)と、良い論文を書いて高い評価を受けたいと思う自分(外向性担当の自分)がいます。良い評価を受ければ嬉しい。しかし、自分で本当に面白いと思える研究と、社会的に良い評価を受ける研究は、必ずしも一致しません。私は、前者を追及しつつ、社会的評価を受けるための業績もあげることでバランスをとっていますが、後者のために前者を犠牲にしなければならないときもあります。それはつらいことです。このように、好きなことを仕事にすると、評価も得なければならないというジレンマが生じるのです。

 同じように、有安さんの中では、自分が納得のいくように歌いたいという思いと、周囲から高い評価を受けたいという思いが、いつも戦っていたのではないでしょうか。有安さんはファンの間では、エゴサ(自分についての記事をインターネットでサーチすること)をすることで知られていたので、「開放性」だけでなく「外向性」も高い人でしょう。エゴサをして、良い評価を見つければ嬉しい。しかし、ときには厳しい評価もありました。彼女は歌うときの表情や態度に不安定な気持ちが出てしまい、プロ意識が足りないと批判されることがありました。そんなときは、落ち込んだことでしょう。

 有安さんはももクロメンバーの中で一番歌がうまいと言われていましたが、自分でもそう思っていたかどうかは疑問です。他人からの評価と自分の評価は必ずしも一致しません。とくに、開放性が高くて、自分の目標を高く設定しがちな人は、しばしば目標とのギャップに悩んでしまいます。

 彼女はソロコンサートでは、ももクロ曲を一切歌わず、オリジナル曲や他の歌手の歌でセットを組みました。このコンサートは、彼女が歌手として本当にやりたいことを形にしたものでしょう。彼女のソロコンサートは、ファンの間では高い評価を受けました。自ら作詞・作曲したオリジナル曲にも注目が集まりました。しかし、女性のシンガーソングライターとして能力の高い人は、他に何人もいます。その人たちと伍して、シンガーソングライターとして自立していく自信はなかったかもしれません。彼女が作詞した「心の旋律」(オリジナル曲)が、「あの夢はかなわない あの子にもかなわない」という歌詞から始まっているのは、彼女の自信のなさをあらわしているようです。

 そしてこの歌のサビには、次のような歌詞があります。

 無限に広がる空に憧れ 
 あたしの羽も自由がいい
 でも自由と孤独は背中合わせ 
 最後は一人で決めなくちゃね

 この歌を歌ったソロコンサートのときに、すでに卒業の決意は固まっていたのでしょう。

将来を支えるのはももクロとの友情

 有安さんは1月15日に発表したファンへのメッセージの中で、次のように書いています。

まずは規則正しい生活をして
ゆっくりとした日々を過ごしたいと思います。
そして落ち着いたら、
普通の日常の生活を送りながら
22歳の女の子としての教養や知識をしっかりと身につけられるように励みたいと思います。
 

「規則正しい生活」が最初に書かれているのは、彼女の良心性の高さを反映していると思います。「ゆっくりとした日々」という表現には、仕事のスケジュールと他人の評価から開放されて、自分の興味を自由に追求できることへの思いが込められているのでしょう。そして、「教養や知識をしっかりと身につける」という目標は、彼女がいずれ何らかの新しいスキルを身につけて、活動を再開することを予感させます。

 有安さんは、卒業コンサートでステージを降りる前に、「私はこの8年間、やり切ったと思っているので後悔はないです。なので、みんなに自慢できるくらい幸せになりたいと思います」と語りました。彼女にとっての幸せとは、いったい何でしょう。

 人間の幸福感(喜び、ハピネス)については、心理学の分野で多くの研究があります。性格因子が1つでないように、幸福感も1つではありません。開放性が強い人は、自由に自分の好きなことをして、何かを創り出すことに喜びを感じます。外向性が強い人は、社会的に高い評価を受けることに喜びを感じます。そして協調性が高い人は、チームワークや、他の人に奉仕することに喜びを感じます。

 有安さんがこれからどんな生き方で幸せをつかむかを具体的に予想することはできませんが、創作活動を何もしないというのは考えにくいです。また、「エゴサ」をする外向性から、ツイッターやインスタグラムでファンとのつながりを保つ可能性が高いと思います。そして、8年間の活動で絆を紡いだ4人との交流が、これからも彼女の人生にとって大きな意味を持つでしょう。

 有安さんは卒業してしまいましたが、彼女とももクロの4人との友情は今後も続いていくに違いありません。このような友情を支えるのが、5つめの性格因子「協調性」です。協調性には、オキシトシンという神経伝達物質が関わっていることが分かっています。オキシトシンが脳内で分泌されると、相手に対する共感や信頼感が高まり、一緒に協力して行動することに前向きになります。この性質にも個人差があります。

 有安さんは協調性が高い人だと思いますが、他の4人の協調性はもっと高いと思います。たとえば高城れにさんは、大道具・小道具などのスタッフの名前をすぐに覚えて親しくなるそうです。高城さんは有安さんとも親しく、有安さんが再び何らかの芸能活動に戻ってくるとすれば、高城さんとの交友がきっかけになるかもしれません。

 卒業しても、ももクロのメンバーとして活動した8年間の過去は消えません。彼女の中の「良心性」は、その過去に恥じない人生を送るように彼女を促すでしょう。そして彼女の中の「協調性」は、仲間やファンとの絆をこれからも求め続けるでしょう。ももクロの活動を見守ってきた者として、有安さんにはぜひ幸せになってほしいと思いますが、彼女の1つの幸せは、これからも仲間やファンとの絆の中にあると思います。

 卒業コンサートのセットリストは、きっと有安さんが選んだものでしょう。コンサートの2曲目で歌われたのは、ももクロがまだブレークする前の初期曲「未来へススメ!」。恥ずかしいくらい青臭い歌ですが、ももクロはこの青臭い純粋さを保ち続けることで、多くのファンの心をつかんできました。有安さんはきっと、この歌詞を胸に刻みながら、次の生活をスタートさせているでしょう。

 いつかいつか辿り着ける
 夢に夢に描く場所へ
 忘れないよいつだって孤独じゃない強い絆
 まっすぐ未来へススメ!

 

筆者:矢原 徹一