マレーシアでドリアンを食するには、ドリアン露天の食べ歩きが通。ジャングルの完熟が味わえなくても、ムサンキング(猫山王)が満喫できる。ドリアンの王様、ムサンキングは中国人の爆買いで高騰。「高くなって庶民には手が届かなくなってきている」と嘆くドリアン露天商のテーさんと孫のウイリアムくん(クアラルンプールのドリアン露天、筆者撮影)


「ドリアンを食することは新たな感動だ。東方に向かう価値こそ、そこにある」
(英国の生物学者、リチャード・オーウエン)――。

 マレーシア・インドネシア(ボルネオ島)原産のフルーツの王様、「ドリアン」は、「匂いこそ地獄だが、味は天国」と世界に知らしめ、さらに、全身がトゲだらけのベールに包まれたその姿は、東南アジア独特で世界でも稀有で神秘的なフルーツだ(参照=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38557)。

 大きく、権威あるものを好み、「飛行機以外は何でも胃の中に入る」という、世界きっての“グルメ”の中国人が、そのフルーツの王様を放っておくはずがない。

 今や中国で行列ができるのは、「マレーシア産のプレミアム最高級品種ドリアン(ムサンキング=猫山王)と、iPhoneXだ」(新華社)と賞賛されるほどで、空前の“ドリアンフィーバー”が巻き起こっている。

 ドリアン人気は中国の通販最大手「アリババ」でも顕著だ。

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中国の輸入量は年30%増

 約250種のドリアン関連商品が揃えられ、新鮮なドリアンだけでなく、ドリアン月餅(中秋節の人気商品の一つ)からドリアンコーヒーなど、アリババの通販でも「最も検索率が高い注目度ナンバー1の商品」(アリババ上層部)に躍り出た。

 中国のドリアン輸入額は2016年、11億ドル(約1210億円)に達し、輸入量も約30万トン(国連統計)。ここ10年で、年平均約30%増と輸入果物の中でも、最も驚異的な拡大を見せ、中国の国内需要がタイ全体の輸出量(年間約36万トン)に迫るまでに急成長。

 マレーシアはタイに次ぐ世界第2位のドリアン生産大国。中国を含め、世界市場はこれまでタイが長年、独占してきたが、マレーシアの参入でここにきてその形勢に変化が出始めている。

 未熟な果実を出荷するタイに対し、マレーシアは木から落ちた完熟の果実を出荷するため保存が効かず、輸出が困難だった。そのため、日本の輸入ドリアンもタイ産がほとんどだ。

 しかし、中国の温家宝首相(当時)がマレーシアの冷凍ドリアン(果肉のみ)の輸入許可を出し、マレーシアは冷凍加工技術を開発し、2015年から対中冷凍輸出を開始。

 2016年には約1800万リンギ(1リンギ=約28円)の貿易額に達し、「2018年には中国輸出も含め、全体の貿易額を約1億5000万リンギに掲げている」(マレーシア政府)。

 「今年中に、中国政府が、マレーシアからのドリアン丸ごとの生果実の輸入許可を出す見込み」(マレーシア政府筋)であることを明らかにし、今後、中国への輸出が飛躍的に伸びる可能性を示唆した。

ドリアン市場の二極化が進む

 マレーシアのドリアンは、市場価格はタイ産の2倍以上だが、完熟を加工するため品質が安定し、ドリアンの王様「ムサンキング」を代表する高級チーズのようなクリーミーさで、中国の富裕層のハートをゲット。

ドリアンのプレミアム最高品種の「ムサンキング」。香りも強烈だが、イガイガのトゲの殻をパックリ割ると、この通り、光沢のある美しい黄色の高級チーズのようなクリーミーな果実がお目見えする(筆者撮影)


 最近では、偽のタイ産のムサンキングが市場に出回るほどだ。現在、市場では、タイ産が中間層、マレーシア産が富裕層をターゲットに、二極化が進んでいる。

 さらに、アジア諸国の果物輸出入状況を調べると、中国は関税がかからない香港を迂回して、ドリアンを輸入し(香港のドリアン輸入量は年間約32万トンで、輸出量も約30万トン。香港に輸入されたドリアンはそのまま中国本土へ輸出される)、中国の輸入業者のドリアン輸入による利益拡大を後押ししている。

 昨年末には、中国の熱狂的な人気を受け、本格的なドリアン即売会「マレーシア・ドリアン・フェスティバル」が初めて中国(南寧市)で開かれた。

 中国とマレーシア両政府の肝いりで開催された同フェアには、シェリル・マレーシア農業・農業関連開発相も乗り込み、マレーシアの特産、ムサンキングの高級度をアピール。

 会場には、新華社などの中国主要メディアが押し寄せる中、マレーシアから4トンのドリアンが入荷。

 会場では「50キロのムサンキングが20分で完売」(マレーシア政府)するなど、中国全土から約17万人のドリアンマニアが長蛇の列をなし、マレーシアの最高級品種「ムサンキング」を試食しようと大盛況だった。

 この熱狂ぶりを受け、今後は、北京や杭州などの大都市でも、同様のイベントが開催される計画だという。一方、ムサンキングの原産国、マレーシアでも、中国人のドリアンフィーバーが猛威を奮っている。

 今年の春節(旧正月)は2月16日だが、本来なら休暇を取るはずの中華系マレーシア人のウオンさんは、春節を前に、休み返上で、猫の手も借りたいほどの急がしさだ。

 というのも、ドリアンの王様と言われるムサンキングの産地、パハン州ベントン周辺に自身が経営する果樹園に、中国から“ドリアンマニア”が旧正月期間、押し寄せて来るからだ。

旧正月には通常の3〜5倍の売り上げ見込む

 1日100人限定で食べ放題のツアーは、1年を通じて大人気だが、食べ放題の料金は、1人500リンギ。

 とりわけ、今年の旧正月期間は、首都のクアラルンプールから約北東に100キロほどの静かなこの農村地帯に、連日のように、マイクロバスで中国人観光客が押し寄せる模様だ。

 「昨年の国慶節の休暇には、本国のお土産にと、中国人観光客が真空パックで大量にドリアンを“爆買い”。2週間後に迫った今年の旧正月には、通常の3倍から5倍の売り上げを見込んでいる」(前出のウオンさん)

 マレーシアのドリアン農家は、中国人観光客が押し上げる“ドリアン景気”に今から嬉しい悲鳴を上げている。

 一方、中国人の爆買いの影響で、このところ高騰するマレーシアの猫山王の価格。2月の春節までシーズンが続けば(収穫次第)、さらに高騰することが予想される。

 中国からの観光客が流入することは、観光業界にとってはプラスだが、ドリアン価格を上げる両刃の剣にもなり、競争激化で高級品の質低下を招きかねない。

 マレーシアでは、ムサキングは数年前まで1キロあたり20〜30リンギだったのが、今シーズンは、100リンギ前後と5倍近く値上がり、「庶民には高くて手に入らなくなってくる」(マレーシアの果物卸売業者)と、お国自慢の自国のフルーツが、マレーシア人の高嶺の花になるという、何とも皮肉な現象がマレーシアで起きている。

 さらに、マレーシアの庶民を憂鬱にさせるているのが、中国人のドリアンの“爆買、爆食”だけでなく、中国系企業や、中国人ビジネスマンが、ドリアン果樹園そのものを丸ごと爆買いする動きがでてきていることだ。

 マレーシアには、約6万6000ヘクタール(150万本、2016年のマレーシア農業・農業関連開発省調査)のドリアン果樹園が広がり、そのうちの約40%、約2万4000ヘクタールがドリアンのプレミアム品種、ムサンキングの果樹園で占められる。

 実態は、マレーシア人の生産者を介し、名義登録されているため、明らかになりにくいが、現在、中国人が買収したムサンキングの果樹園は、約200から400ヘクタールに上るともいわれている。

中国人に広がるドリアン投資熱

 ドリアンの価格高騰で、ドリアン投資熱は高まると見られ、「今後、さらに中国人による買収は増加するだろう」(マレーシアの大手不動産企業)と見られている。

 ドリアン産業への投資はビジネスチャンスが見込まれているだけでなく、中国人にとっての、「富の象徴」を誇示する絶好の機会らしい。

 香港人の知人曰く、「海外に超高級フルーツの王様・ドリアンの果樹園を保有しているのはリッチ、すなわち人生の成功者のステータス。その農園に、友人や親戚を招待し、“富を分かち合う”、絶好の投資なんだ」。

 その結果、価格が急騰し、自分たちの国の果物を口にすることができなくなる脅威にさられているマレーシア人にとれば、たまったものではない。

 脅威にさらされているのは、中国人の爆買いのとばっちりを受けているシンガポールも同じだ。

 シンガポールに輸入されるドリアンは約1万8000トン(2016年)で、93%がマレーシア産だ。「価格が高騰するだけでなく、中国に輸出拡大され、シンガポールへの輸入が激減したらどうしよう」(シンガポールのメディア)と不安にかられている。

 ドリアン業者は、「シンガポールでは1キロあたり、ムサンキングが200リンギほどで売れるが、中国本土では500リンギ、香港では800リンギが相場。市場価格や需要量から、中国への輸出が一層拡大することは避けられないだろう」と見ている。

 ドリアンは、マレーシア、シンガポールなどの東南アジアではまさに「国民食」。このドリアンをたらふく食べるために毎日一生懸命働いているといわれるほどで、何とも、嘆かわしい状況だ。

 しかし、そんな庶民のささやかな楽しみが失われても、マレーシア政府は、「中国での人気沸騰で、農家の収入が拡大し、マレーシア経済にとって新たな基幹産業として、大きな起爆剤になる」(マレーシア政府)とドリアン景気による経済の底上げに大きな期待を寄せる。

 実際、ドリアンビジネスは、儲かるビジネスのようだ。

利益はパーム油の2倍以上

 「マレーシアの基幹産業であるパーム油は、1ヘクタール当たりの収益が、年間約3万から4万リンギ。一方、ドリアンは約10万リンギの収益が見込める」(マレーシアの農業・農業関連開発省)という。

 しかしながら、ドリアンは最も育てるのが困難なフルーツとして知られ、センシティブな面があり、栄養素や土壌の湿度などに敏感に反応する(マレーシアの農業研究者)。

 マレーシア人の生産者や消費者が心配するのは、中国人経営者が、マレーシアの「国民食」を根こそぎ奪い、果樹園を買い占めるだけでなく、世界的にも高級な質の高いムサンキングなどのドリアンの「名声」を傷つけ、優秀な種を滅ぼすことだ。

 「中国では、儲かるからといって、量産のため、化学肥料や農薬をガンガン使う栽培者が多いが、マレーシアのムサンキングは栄養価も高く、良質なものだからだ」(前述の農業研究者)

 実際、中国人経営者がマレーシアの果樹園で、「効率化」を図っている。

 通常、実がなるのに5年ほどかかるところを、3年ほどに短縮するなどの経営改革が、中国マネー主導のもと、進んでいる。

 あるマレーシア人の農業経営者は言う。

 「中国人経営者の眼中には、利益拡大しかない。ドリアンの木の根元に薬剤を大量に散布し、ドリアンの果実まで染み渡るようにしている」

 「量産化し、いかに害虫に食べられる欠陥商品を少なくするか。効率化、コスト面において、最も有効なのが、農薬散布ですから」

 このところ、巷では、「ムサンキングは勧められない」というドリアン販売業者も出て来て、マレーシ人の友人に聞くと、「ドリアンを食べた後、以前はハエやアリが寄ってきたが、今では食べかすをほっておいても、虫一つ寄ってこない」という。

 筆者もジャングルのオランアスリ(原住民)から買った完熟のムサンキングに一目ぼれ、というか、“一味ぼれ”。シーズンが来ると、いただくが、ムサンキングの本来の味に今シーズンは出合っていない。

ナジブ首相は中国へドリアン外交

 しかし、そんな国民の心配をよそに、マレーシア政府は、新たな外交手段を見出したようだ。ドリアン外交。

 昨年、北京で開催された「一帯一路国際会議」でナジブ首相は、マ中国交43周年を記念し、中国人が愛して止まないドリアンの王様、ムサンキング43個を手土産として贈呈。

 マレーシアから中国への生のドリアン輸出は禁止されているが、中国政府はゴーサインの「特別許可」を出した。「双方のドリアンへの熱の入れよう」が露呈した象徴的なドリアン外交が展開された。

 中国はマレーシアにとって最大の輸出先であり、マレーシアは東南アジア諸国連合10カ国の中で、中国からの財・サービスの輸入が最も多い。

 これまで、ニュージーランドの粉ミルクなどの乳製品(参照=http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49725)、フィリピンのバナナなどが例に挙げられるように、中国経済に依存した結果、自国産業が弱体化され、一方、中国はその弱みを手段として、外交舞台でブーメラン攻勢し、中国の“属国化”にする一つの手段として、貿易関係を築いてきた。

 「ドリアン外交」がその二の舞を踏まないよう、心から願ってやまない――。

筆者:末永 恵