Honda Cars若狭 美浜店の外観


 もしも、クレーマーがカワムラモータースに押しかけて「店長を出せ」と凄んでも、店長は出てこない。なぜなら店長はいないからだ。カワムラモータースには店長という役職が存在しないのである。河村将博社長は「もし、店長を出せというお客さまがいらしたら私が出ていくことになります。幸い、これまでそういうお客様は1人もいらっしゃいませんでしたが」と言って笑顔を見せる。

 カワムラモータースは福井県・美浜町に本社を構える自動車ディーラーである。創業は1964年。自動車販売・整備会社としてスタートし、85年にホンダとディーラー契約を結んだ。現在は「Honda Cars若狭」として美浜店と敦賀若狭店の2店舗を展開している。従業員は約30人、売り上げ高は約7億9300万円(2016年3月期)である。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

店長がいなてくも働く従業員

 数あるホンダ車ディーラー「Honda Cars」の中でカワムラモータースは“異端”の存在と言ってよい。

 まず内装が他の店と違う。ホンダは全国のHonda Cars各店に対して、店内は白色を基調とすることを推奨しているという。だがHonda Cars若狭の店内は木目調である。そのほうが家庭のリビングルームのようで、柔らかく親身な雰囲気を出せるからだ。顧客がどうすれば快適になれるのかを自分たちで考えた結果である。

Honda Cars若狭 美浜店の店内。家庭のリビングルームのような親しみやすい雰囲気だ


 そして何よりも異端と言えるのは、店長がいないことだ。2012年に店長の役職を廃止した。河村氏は「店長がいない自動車ディーラーは、全国でここだけではないでしょうか」と語る。

 だが、カワムラモータースはこうした常識破りの組織であるにもかかわらず、優秀な経営成績を誇る。たとえば、社員1人あたりの生産性(粗利益)は、他の小規模自動車販売店(カワムラモータースと同程度の規模のディーラー)の約1.4倍である。一般整備(車検以外のオイル交換、タイヤ交換などのメンテナンス)来場台数は約2倍の数字を叩き出している。

 同社の経営手法は全国的にも高く評価されている。2008年にハイ・サービス日本300選に選出され、2011年には福井県経営品質賞知事賞を受賞。2016年には日本経営品質賞(中小企業部門)を受賞した。

売り切りの商売では立ち行かなくなる

 河村氏は2006年に創業者である父親を継いで社長に就任した。32歳の若さで経営を引き継いだ河村氏は、地方の自動車ディーラーがきわめて厳しい環境に置かれていることを覚悟していた。地方都市は少子高齢化と過疎化が進み、自動車市場は縮小する一方である。

 そうした中でどうすれば生き残っていけるのか。河村氏が導き出した回答は、メンテナンス事業の強化に舵を切ることだった。

「今までディーラーの商品は主に車を売ることと車検の2つでした。でも、これからは人口が減少して、車が売れなくなっていきます。“売り切り”の商売をしていたら立ち行かなくなるのは目に見えていました。

 また、大学卒業後に東京のあるホンダディーラーで修業していたとき、お客様には『車を大切に使いたい』『きれいな状態で長く乗りたい』というニーズがあることを強く感じていました。けれども、これまでディーラーはそういうニーズに応えようとしていませんでした」

 そこで河村氏は、地方都市でディーラーが生き残っていくため、そして顧客の強いニーズに応えるため、「車が快適に使えるメンテナンス」を商品として提供していく必要があると考えた。

 こうして河村氏は「トラブルフリーの車をつくろう」というミッションを掲げ、持続的な成長に向けて事業と組織の変革に挑む。

 その過程で、同社の経営にとって大きな転機となる2つの取り組みがあった。それぞれについてみていこう。

カワムラモータースの2代目社長、河村将博氏


独自の顧客管理システムを導入

 第1に、全従業員が情報を共有する独自のデータベースシステムを導入したことだ。

 ホンダ車ディーラーは基本的に、ホンダが提供する伝票作成や顧客管理のためのウェブシステムを利用している。だが、カワムラモータースでは2007年より顧客管理用に独自のシステムを使っている。データベースシステム「FileMaker」(ファイルメーカー)上で動く顧客管理システム「ClearBox」(クリアボックス)である。システムを設計したのは河村社長自身だ。

「東京のディーラーで働いていた際、顧客管理システムを自分で作っていました。ホンダが提供しているシステムもあったのですが、自分にとっては使いにくかったのです。改善のリクエストに応えてもらうことも難しいので、自分でFileMakerを勉強して作ることにしました」

 河村氏はそのシステムをカワムラモータースに持ち込んだ。「車の販売、車検による売り上げと同じ額をメンテナンスで稼ごうとすると、きわめて高い頻度でお客さまの車をメンテナンスする必要があります。すると、とても手作業での管理なんてできなくなります。お客様が望んでいることに柔軟に対応できるようなITの『仕組み』が必要でした」

 その「仕組み」が、ClearBoxである。顧客プロフィール、車の状況、保険の契約状況などを一元管理し、セールスタッフからメカニカルまで全員で共有するシステムだ。顧客の車一台一台を詳細に管理しているので、エンジンオイルやバッテリー、タイヤなどの交換時期が近付いたら、タイミング良く知らせることができる。

 またClearBoxには、顧客と接した際の現場での「気づき」を、従業員がくまなく書き込んでいく仕組みもある。「ピンと来ちゃいました!」と名付けられたこの仕組みは、顧客に関する情報共有はもちろん、顧客とのコミュニケーションや新サービスの開発に役立てられている。

 ClearBoxには、ユーザーインタフェースや機能などに関する、従業員からのさまざまな要望も盛り込まれている。要望があると河村社長が自らシステムに手を加えて改修するのだという。ClearBoxは、同社の最大の競争力であるきめ細かなサービスを生み出す源泉であり、まさに経営の骨格になっていると言っても過言ではない。

一人ひとりが主役になっているか?

 第2の大きな取り組みは、「組織のあり方」の変革である。

 河村氏は、「成果とは『事業戦略』と『組織風土』の掛け算である」という考えのもと、全社員が一体となる「ONENESS」(ワンネス)を組織理念として掲げて、経営変革に取り組んできた。しかし、その考え方には欠陥があった。

 カワムラモータースの経営は、河村氏が描いた戦略をいかに拠点や部門に展開していくかに主眼が置かれていた。河村氏は強力なリーダーシップで会社を引っ張ってきたが、その結果「1人のリーダーとフォロワー」という構造が出来上がってしまい、社員の「個人としての生き方」への視点がおろそかになっていたのである。

 河村氏がそのことに気が付かされる2つの出来事があった。1つ目は、2011年度の福井県経営品質賞知事賞を受賞したときの、審査チームからフィードバックである。

「審査で、全体としては“Aレベル”判定をいただいたのですが、ClearBoxをはじめとする社内の情報共有システムに対してはなぜか評価が低かったんです。私としてはこだわりも自信もあるシステムでしたから、理由を聞いてみました。すると、『これらのシステムは、河村さんが見たい情報を自分で見るために作ったのですよね』『現場の人たちが欲しいシステムを作ったわけではないですよね』と言うんですね。つまり、独りよがりなシステムだというわけです。言われてみると確かにそうかもしれないと納得せざるをえませんでした」

 そして、立て続けに2つ目の出来事が起きる。河村氏が信頼を寄せていた幹部社員が突然会社を辞めてしまったのだ。

「私の右腕でした。いちばん信頼して二人三脚でやっているつもりでした。ところが突然、辞めてしまった。彼から辞めたいと言われ話し合ったときに思い知らされたのは、自分は社員一人ひとりときちんと向き合っていなかった、社員のことを真剣に考えていなかったということでした」

 河村氏は2つの出来事を通して、「これまで経営者として『個人』を大切にしていなかった」「一人ひとりの社員がどう生きるかが理念に含まれていなかった」ことに気づく。それを機に、「一人ひとりのメンバーが主役になって、個人の強みを生かしたチームを形成する」ための変革に取り組んだ。目指したのはサッカー型の組織である。

 まず、「Team ONENESSが『心温まるカーライフ』を創る」という新しい経営理念を策定した。「組織」と「仕組み」と「個人」で「心温まるカーライフ」を創っていく、という思いを込めた。

 そして、特定の役職への責任集中を防ぎ、従業員全員に“主役”になってもらうため、店長の役職を廃止した。「何かを決めなければならないときは、従業員みんなで相談してもらうことにしました。全員の意見をもとに、最終的には営業、整備、フロントといった各部門のキャプテンに話し合って決めてもらいます。だから、会社全体で話し合いの量がとても増えました」

 河村氏は、サッカー型組織の特徴は「ボールを持った人が指示を出す役割を担う」ことだという。つまり、カワムラモータースでは全員が司令塔になるのだ。

 ただし、その状態を実現するには、ある条件を満たす必要がある。「ボールを受け取って指示を出すには情報が必要です。情報を持たない人は正しい指示を出すことができません。そのため、サッカー型組織には、情報の公開と共有の仕組みが必要になります」。そこで河村氏は、ClearBoxをバージョンアップし、従業員同士が組織に関する情報、お互いに関する情報を公開・共有して相互理解を促すための新しいシステム「ManubaBox」(マニューバボックス)を作り上げた。ManubaBoxには、従業員一人ひとりが設定した目標と、目標達成度の振り返り、河村氏との定期面談の記録などが蓄積され、従業員全員に共有されている。

10年かけて成し遂げた経営変革

 こうして「顧客の情報」および「組織の情報」を全員が共有する仕組みを作り上げたことで、会社はどう変わったのか。

 河村氏は会社の変化として、まず従業員同士がよく話し合うようになったことを挙げる。さらに最大の変化は、従業員が「お客様の視点で考えるようになった」ことだという。「何かをやろうというときに、お客様にとってどうなのか、お客様はどう思うのかをみんなが真っ先に考えるようになりました」。スタートしたときは1年に30件程度だった「ピンと来ちゃいました!」の書き込みは、今や年間で約2000件にまで増加した。かつて河村氏が強力なリーダーシップで率いていた組織は、従業員一人ひとりが顧客の視点に立って自律的に判断を下す“全員経営”の組織に生まれ変わった。

 カワムラモータースの経営変革は、もちろん一朝一夕に成し遂げられたものではない。河村氏は10年かけて、試行錯誤の中で自分自身を変え、仕組みを変え、組織を変えてきた。だからこそ同社の“異端”の経営は他社には真似できないし、まぎれもない“本物”なのだと言えるだろう。

筆者:鶴岡 弘之