平昌(ピョンチャン)冬季五輪開幕まであと2週間。韓国内では、北朝鮮の突然の参加で大きな話題になっている。その一方で、前の前の政権である李明博(イ・ミョンパク=1941年生)元大統領周辺への捜査も急ピッチで進んでいる。

 「開幕式に安倍晋三首相が参加するのは、良い知らせだ。韓国でも、歴代大統領が揃って姿を見せて国家的行事に団結した姿を見せられないものか・・・」

 2018年1月24日、安倍首相の開幕式参加のニュースを見ながら、韓国紙デスクはこうつぶやいた。

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4強首脳は誰も来ないの?

 「平昌五輪に、4強からは誰も首脳が来ないのか・・・」

 韓国内では、米国、中国、ロシア、日本の首脳が誰も開幕式に参加しない可能性について懸念の声が強かった。

 米国は早々に、マイク・ペンス副大統領の派遣を決めた。中国の周近平主席は、文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)大統領から直接、参加を求められたが、開幕式には共産党序列7位の政治局常務委員の派遣を決めた。

 ロシアは、ドーピング問題で国家代表団が参加できない状況で、ウラジーミル・プーチン大統領が参加する可能性はほとんどない。

 そんな中で、慰安婦合意を巡る韓国政府の措置に反発する安倍首相がどういう判断するのかは関心事だった。参加を決めたことを、韓国政府も産業界も歓迎している。

 そんな中で、もう1つ韓国で静かな話題になっているのが、「歴代大統領」だ。

 五輪開催はめったにある行事ではない。韓国開催も1988年のソウル五輪以来30年ぶりだ。前職大統領が晴れの舞台である開幕式に姿を見せてもおかしくはないが、これが簡単ではない。

4人の前職大統領

 韓国では政権が交代するたびに、前の大統領は厳しい追及を受けるからだ。

 現在、韓国には、4人の「前職大統領」がいる。

 このうち、全斗煥(チョン・ドファン=1931年生)、盧泰愚(ノ・テウ=1932年生)両元大統領は、クーデターである「1212事件」や市民の多数の死者を出した「光州事件」の罪などで有罪、収監されたため、「前職大統領の礼遇」を受ける立場ではない。

 前任の朴槿惠(パク・クネ=1952年生)前大統領は、一連のスキャンダルで拘置所に入っている。

 となると、可能性があるのは、2代前の李明博(イ・ミョンパク=1941年生)元大統領だけだ。

 ところが、開幕式を控えて、李明博元大統領の在任期間中の問題などについての検察捜査が急ピッチで進んでいるのだ。

 最も大きな問題になっているのが、国家情報院の機密費の流用疑惑だ。最近になって、当時の青瓦台秘書官などが相次いで拘束されている。

 朴槿惠前大統領に続き、検察は、その前の保守政権に迫りつつあるのだ。

李明博元大統領の重大発言

 そんな中で、1月17日、李明博元大統領が、ついに口を開いた。自分を支えてくれた側近の相次ぐ拘束に、記者団の前に姿を見せて、準備した原稿を読み上げたのだ。

 出て来たのは現政権に対する批判だった。その内容も、猛烈だった。

 「いま捜査を受けている私の政府時代の公職者はすべて国家のために献身した人たちだ」

 「在任中に起きたすべての責任は私にある。これ以上、国家のために献身的に働いた公職者を苦しめることはやめ、私に責任を問え」

 ここまでは、想定通りの内容だった。ところが、その後に、こう続いたのだ。

 「積幣清算という名のもとに進んでいる検察捜査に対して、多くの国民が保守壊滅のための政治工作であり、廬武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の死に対する報復だと見ている」

 李明博元大統領の口から直接「廬武鉉」「報復」という2文字が飛び出してしまったのだ。

文在寅大統領の強い反論

 いまの文在寅大統領は、廬武鉉元大統領の長年の親友であり、釜山で一緒に民主化、労働運動をサポートする法律事務所を運営していた。廬武鉉政権誕生に全面的に協力し、廬武鉉政権では青瓦台秘書室長なども歴任した。

 文在寅大統領は、廬武鉉元大統領の退任後、政界には進出せず、弁護士生活に戻っていた。

 ところが、李明博政権発足後、廬武鉉氏のスキャンダルに対する捜査が始まった。検察の捜査を受けた廬武鉉氏は「面目ない…」と語り、その後、自宅近くで投身自殺をしてしまった。2009年のことだ。

 この自殺に衝撃を受けて文在寅氏は政界入りを決断した。

 そんな文在寅大統領から見れば、李明博元大統領から「廬武鉉元大統領の死への報復捜査」と批判されることは、最も「許しがたい」ことのはずだ。

 いまの政権の支持勢力の中には、廬武鉉元大統領に対する熱狂的な支持者も少なくないのだ。

 翌日の18日、文在寅大統領は青瓦台スポークスマンを通して声明を出した。

 「李明博元大統領が廬武鉉元大統領の死に直接言及して政治報復を指摘したことに憤激を禁じえない。青瓦台が政治報復のために検察を動かしているかのように表現したことは、われわれの政府に対する冒涜だ」

 現職大統領と元大統領とが、公然と批判し合う事態になってしまった。さて、では、これからどうなるのか。

開幕式には招待するが…

 青瓦台はだが、翌日、韓国メディアからの取材に、「前職大統領に対する礼遇として李明博元大統領ご夫妻を平昌冬季五輪開幕式にお招きする」ことを明らかにした。

 韓国内でも、五輪を前に、現職と元職の大統領が対立していることに批判的な声もあり、とりあえず、「常識的な反応」を見せはした。

 特に、平昌冬季五輪の誘致を成功させたのは李明博政権の時だ。保守系メディアがこのことを強調するなど、様々な声が出ていた。

 ところが、である。

 実際に、李明博元大統領が開幕式に姿を見せるかはまだ不透明だ。というのも、李明博元大統領周辺に対する捜査はさらにスピードアップしているのだ。

 1月22日、検察は、李明博政権時代に「最大の実力者」と言われた李明博元大統領の実兄の自宅と事務所を捜査し、検察に召喚すること決めた。

 韓国メディアでは、李明博元大統領の夫人への捜査も不可避だと報じ始めているのだ。

 1988年のソウル五輪。名古屋との競争に勝って誘致に成功したのは全斗煥政権だった。。ところが、同年2月に陸軍士官学校の同期生である盧泰愚政権が誕生すると、全斗煥政権時代の不正が相次いで明らかになる。

 全斗煥氏は、テレビで開幕式を見ることになってしまった。

 「五輪という国家的行事を機に、南北葛藤も南南葛藤も解消できればいいが、どちらも簡単ではない」

 ある大企業役員は、こう嘆く。

 韓国内では、北朝鮮の平昌冬季五輪への参加について、若者を中心に「冷めた反応」が多い。それでも、「少なくとも大会期間中は北朝鮮発の危機は回避できるし、その後の対話の糸口もできた」という期待の声もある。

 韓国内の保守と進歩の対立を和らげるメッセージを五輪開幕式で発信することはできるのか。もう1つの関心事でもある。

筆者:玉置 直司