年頭会見する文在寅大統領。韓国大統領府=2018年1月10日、韓国・ソウル(写真:ロイター=共同通信社)

韓国で年明けから熱い話題になっているのが、平昌冬季オリンピックと、もうひとつ「最低賃金引き上げ」についてだ。

韓国ドラマを見ていると、頻繁に登場するのが、いくつものアルバイトをかけ持ちしながら生活する苦学生や就活生。韓国では、金銭的に厳しい家庭で生まれた彼らのことを「フッスジョ(土製の匙)」といい、実際、学費を稼ぐために休学する学生も珍しくない。

現役学生(21歳)に訊いてみても、「日本はアルバイトで生活がなんとか成り立つと聞いてうらやましい。韓国は最低賃金が安すぎて、アルバイトをそれこそ寝る間を惜しんでかけ持ちしてもひと月暮すのはカツカツ」。こんな答えが返ってくる。ちなみに「フッスジョ」に相対するのは、金銭的に恵まれた家庭に生まれた「クムスジョ(金の匙)」だ。2015年の流行語で、親の財力によって子の人生が決まる、という社会階級論のたとえだ。

最低賃金引き上げで雇用主から反発

そんな韓国でアルバイトやパートの最低賃金が2018年1月から大幅に引き上げられたが、「アルバイトのご飯代なし、最低賃金上がり実際の賃金減という逆説」(中央日報1月9日)「街の病院も最低賃金負担…夜間治療休日診療なくす」(朝鮮日報1月11日)と物議を醸している。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領が昨年の大統領選挙で公約の一番に掲げていたのは「働き口」だ。当然それに大きく呼応したのが就職難で喘いでいる20〜30代で、この年代は文大統領の中心支持層となった。

文大統領は昨年5月に就任するとさっそくこの「働き口」についての政策を矢継ぎ早に打ち出した。公務員や公社などの公共機関の非正規社員を正社員に格上げさせたり、公務員定員枠を広げたり、そして、この最低賃金引き上げもそのひとつだ。

韓国での最低賃金はここ数年7〜8%ずつ引き上げられてきたが、それを16.4%と一気にアップさせ「7530ウォン(約753円)」とすることが昨年7月に可決された。日本では都道府県ごとに最低賃金が決められているが、韓国では全国一律となっている。そして、施行が今年からと発表されると、短期間での大幅な引き上げに雇用主側からは反発する声が上がっていた。


チェーン店のチキン店を営む店主(55歳)は、「アルバイトの数を減らして私が代わりに働くか、時間を短縮させるか。どっちにしても一方的なこんな上げ方は事業主のことをまったく考えていないわけで、人気取りもほどほどにしてほしい」とぼやいていた。

韓国の全国紙記者は言う。「アルバイト斡旋会社の調査では雇用主の70%以上が今回の引き上げに不満を表わしていて、引き上げが始まればアルバイトの数を減らすと答えた人は80%もいました。政府は2020年まで最低賃金を1万ウォン(約1000円)にまで引き上げるとも言っていますが、これももう少し後ろに延ばしてほしいという声が高い。日本のようにゆっくりと少しずつ引き上げるのが最善です。しかし、韓国の今までの最低賃金はOECD(経済協力開発機構)の中でも低く、早い成果を求めすぎた結果、急激な引き上げは逆に双方の負担になってしまい、人員カットなどで仕事も減り始めているという指摘が出始めています」

今年から時給は約753円

実際のところはどうなのだろう。観光客に人気のあるソウルの観光スポット「東大門」で話を聞いてみた。東大門は、手頃な価格で流行りモノやユニークなデザインの服が買えることで有名なファッションの街だ。いくつもの店がテナントを構える複合ビルで働く数人のアルバイトに訊いてみたが、みな、賃金は今年からは7530ウォンに引き上げられたと口を揃え、仕事の時間も削られることはなかったという。

ここで働く学生(22歳)のひとりは、「今年から時給は7530ウォンに上がりました。仕事の時間も削られることもなくて、私はラッキーです」といいながら、「でも、周りの友人の中にはバイトしていた食堂から解雇された人もいます。バイトは、ネットでアルバイトの斡旋会社から探しますが、人づても多いです。最近だと、わりのいいバイトをしている人が5万ウォン(約5000円)〜20万ウォン(約2万円)くらいの紹介料をもらって知り合いにつなげるシステムが主流ですね」

「最低賃金引き上げは今までが安すぎたから上げてもらわないと困りますよ。雇用側がもっと工夫してくれればいい。だって、日本はもっと高いのでしょう?」そう訊くので、昨年の10月から東京都は958円になったと返すと、「東京の最低賃金ぶんだけもらえても韓国だと割のいい仕事ですよ。ここは観光地だから、最近は中国語が話せる中国人留学生のアルバイトが増えていて競争率が高くなりました。働き口を探すのもさらに厳しくなっています」

また、伝統市場の建物に入っている子供服を売る店主は、「うちはアルバイトを雇用していないから、直接影響はありませんけど、清掃業とか管理業者に支払うお金が上がるから、管理費は物価や最低賃金が上がる度に上がって、今回もどかんと上がって大ショックよ」

そう苦笑いしていた。

韓国の自営業では人件費が25%、賃貸料が8%ほどを占めると言われている。

最低賃金引き上げを巡り、いまだに熱い議論が展開され、さまざまな声が上がっているが、引き上げの影響は物価にも出始めている。

家の近所で人気の中華料理店でも1品あたり1000ウォン(約100円)くらい値段が上がっているので驚いて聞いてみると、「ほら、最低賃金引き上げで、人件費がかかりますから……すいません」、そうあっさり言われてしまった。

この騒ぎ、当分やみそうにないが、賃金引き上げの不満が噴出し始めると、韓国政府は企業側に支援金を出すことを決定している。

オリンピックの盛り上がりが冷めた後は……

しかし、不満は一度出ると連鎖するもので、政府や公共機関で働く非正規職員をゼロ化する政策についても批判が上がり始めている。何年も勉強してようやく公務員になれたと思ったら、非正規社員が運よく正社員に格上げされて、数年間の努力が泡となった、詮無い、やるかたないなどといった声だ。

平昌オリンピックでアイスホッケー女子チームを北朝鮮との合同チームにした際、「(政府は)一方的で選手のことを考えていない」と4年間の苦労が泡と消えたアイスホッケー選手に自身の境遇を投影したといわれる20〜30代。

文大統領はこの中心の支持層から大きく支持率を落としたが、オリンピック後にこうした問題がどんな形で現れてくるのか。

宴の後、文大統領は国内外で正念場を迎えそうだ。