アイリスオーヤマ本社(「wikipedia」より)

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 アイリスオーヤマは、約50年にわたって社長を務めてきた大山健太郎氏が6月30日付で退任する。後任には大山氏の長男で取締役・大山晃弘氏が昇格し、健太郎氏は代表権のある会長に就く。過去最高の業績を花道に、長男への禅譲である。

 アイリスは未上場企業のため財務内容は公開していない。公表されている決算概略によると、2017年12月期の単体売上高は前期比16%増の1420億円で過去最高。経常利益は23%増の136億円で2年連続の増収増益だった。

 家電と発光ダイオード(LED)照明事業が牽引し、売上高の46%を占めた。家電は9機種をそろえる炊飯器が好調だったという。

 国内外のグループ25社の総売上高は前期比21%増の4200億円。単体と同様に過去最高を更新。経常利益は18%増の273億円だった。18年12月期の目標売上高は単体で1800億円、グループでは5000億円に置いている。

 ホームセンターなどで売られているプラスチック収納容器やペット向けの商品が主力だったが、今やれっきとした家電メーカーとなった。

 11年に家電の自社開発に乗り出した。パナソニックやシャープを退職した技術者が開発部門を担う。2口型のIHコンロや人感センサー付きLED電球などを次々にヒットさせた。15年12月に発売した「両面ホットプレート」は、折りたたんで収納ができる利便性が受け、生産が追いつかない状況だった。

 大山社長は家電事業について、こう語っている。

「同等機能の他社製品は20万〜30万円のものもあり、単身者は買わないだろう。消費者が商品を選ぶ時は、機能と同じく価格を重視する。他社の多くは原価ありきで、そこに機能や流通コストを上乗せして販売価格を設定している。当社は売価を先に決めて過剰な機能を引き算する。安物を作っているのではない。根本的な考え方が違う」(17年6月4日付日刊工業新聞より)

●LED照明が大当たり

 アイリスの目玉商品で、かつ主力商品なのがLED照明だ。蛍光灯や白熱電球と比べて輝度が高く、発熱も抑えられ、寿命が長い。11年の東京電力福島第一原発事故後、節電意識が高まり需要が急増した。LED照明の国内市場はパナソニックと東芝ライテックが2強だったが、10年に参入したアイリスが急成長した。

 ノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏らが創業した米ベンチャー、ソラーのLED照明の販売を16年3月から始めた。同年4月に電子部品大手ロームから照明事業を買収。17年9月には100億円を投じ、茨城県阿見町にLED照明の新工場を建設した。

 家電量販店・オンラインショップの実売データを集計した「BCNランキング」(17年暦年)によると、「LED電球・蛍光灯」の販売シェアはパナソニックが30.0%、アイリスが28.3%、東芝ライテックが13.0%。前年3位のアイリスが2位に浮上し、1位のパナソニックに1.7ポイント差まで肉薄した。茨城のLED新工場の稼働でLED照明の生産能力は25%アップする。この工場だけで200億円の年間販売を見込む。200億円が18年12月期の売り上げに上乗せされることになり、18年にアイリスがLED照明で首位に立つのはほぼ確実だ。アイリスは、参入してわずか8年で国内のLED照明のトップメーカーに躍り出る。

●名物社長の七転び八起きの人生

 健太郎氏は立志伝中の人物だ。大阪府布施市(現東大阪市)で在日韓国人2世である大山森佑氏のもと、男5人・女3人の8人兄弟の長男として生まれた。1964年父が急逝したため、19歳で家業のプラスチック成形工場の大山ブロー工業所を引き継いだ。

 学友たちが学生生活を謳歌している姿に悔し涙を流したという。その時の悔しさがハングリー精神に昇華。必死に家族を養い、弟たちを大学まで進学させた。「このまま下請けの町工場で終わりたくない」との思いから、プラスチック製の養殖用のブイや農業向け育苗箱をつくった。これが軌道に乗り、東大阪の工場が手狭になったため、仙台に新工場を建設した。27歳の時だ。

 1973年の石油ショックで、石油がなくなるという恐怖感からプラスチック製品が飛ぶように売れた。仙台の新工場はフル稼働。しかし、石油価格が反落するとプラスチック製品が売れなくなり、在庫の山となった。手形が落とせず、倒産寸前に追い込まれた。東大阪の工場も売却して借金の返済に充て、150人いた従業員の半分は辞めてもらった。一番つらい時だった。

 何を製造して経営を再建するのか――。健太郎氏が目をつけたのは、園芸用のプランターだ。これをホームセンターに持ち込んだところ、DIY(日曜大工)以外の新しい商材を求めていたホームセンター側は飛びついた。81年からプランターや、簡単に巻き取れる水まきのホースなどの園芸用品を発売した。

 87年に発売したプラスチック製犬小屋が当たり、翌88年に発売した家庭用のプラスチック収納容器も大ヒットした。アイリスはホームセンター向けプラスチック製品のメーカーとして急成長を遂げていくことになる。

●いつまで株式非公開を貫けるのか

 アイリスは究極の同族経営である。健太郎氏は若い頃に亡くなった長弟を除き他の3人の弟を経営陣に招いた。商社マンだった次弟・富生氏が専務、博士号を持つ技術者の三弟・繁生氏が常務。理系出身の末弟・秀雄氏が取締役だ。兄弟の絆を守るため、株式を公開するつもりはないようだ。

 健太郎氏は16年3月に日本経済新聞で連載した「私の履歴書」に、こう書いた。

「当社は株式を公開していない。何度もお誘いを受けたが、お断りしてきた。私にとって大事なのは、事業内容よりも『創業の理念』がきちんと引き継がれることだ。そのためには血のつながった人間による『株式非公開の同族経営』が一番いいように思われる。(中略)株式公開すれば創業者利益を手にできるのだろう。しかし志を曲げ、自由に指揮できなければ意味がない。トップに大事なのは高い志とそれを実現するリーダーシップだ。株式公開は弊害が大きい。当社の上場は当分ないだろう」

 次期社長の晃弘氏は、97年東北学院高校卒業。米国に留学したが中退。03年にアイリスオーヤマの米国法人に入り海外畑を歩いた。10年にアイリス本体に戻り、開発部長を経て15年から取締役に就き、持ち株会社オーヤマの代表の椅子を父から譲り受けた。

 健太郎氏が晃弘氏に課した目標は、22年にグループ売上高1兆円を達成すること。その成長戦略の柱がLED照明だ。中国のアリババ集団や米アマゾン・ドット・コムなど、ネット通販企業との取引が軸になる。

 経営に携わってきた健太郎氏とその弟たちも世代交代の適齢期を迎えた。売り上げ1兆円の目標を達成するには、資金の確保がポイントになる。株式公開は避けて通れないのではないだろうか。

 株式非公開の「大山個人商店」が岐路に立っていることは間違いない。
(文=編集部)