元国連捜査官が見た北朝鮮「ブラックホール」(2)登記簿にあった「日本人代表者」

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 さらに、船舶から押収した資料や通信記録から、パナマに運河通行料を支払っていたフロント企業が判明。それが香港に本社を置く「ミラエ・シッピング香港」(香港ミラエ社)だった。

「この会社には11年2月にも、オーシャン・マリタイム・マネジメント社(以下、OMM)貨物船の通行料を香港からパナマへ送金していた記録があり、OMMの貨物船の運航手配や海外送金を通じてOMMのグローバルな活動に携わってきたことが判明したんです」

 古川氏が同社の登記簿を入手すると、驚くことにそこに記されていた代表者は「ハヤト・エミヤ」(仮名)なる日本人だったのである。

 14年2月。古川氏は東京・新橋駅前のSL広場にいた。目の前には雑居ビルがある。尾行されていないことを確認したあと、エレベーターで10階へ。目指すのは1007号室だ。そこにあるのが「近洋海運」という会社だった。

「香港ミラエ社の登記簿に記されたエミヤという人物は、別にこの近洋海運を経営していることがわかった。朝鮮総連のウエブサイトで確認すると、同社は共和国船舶の総代理業務を担当する会社として82年9月に設立されたことがわかったんです。ただ、この時点ではあくまでも捜査対象企業の存在と動静の確認が目的ですから、国連による捜査が始まっていることを相手に悟られてはまずい。とりあえず郵便受けの写真を撮り、エレベーターホールに戻ったんですが、視線の端で何かが動いた。人の気配がまったくないホールの壁に、人影がさっと動いて消えたんです。あの時はほんとに背筋が凍りつきましたね」

 得体の知れない戦慄を感じながらも、エレベーターで1階に降り、入り口にあるテナント一覧を見ると、1007号室にはもう1社、入っていた。それが「オーシャン」(仮名)という、OMMと酷似した名前の日本企業だったのである。

「つまり、非合法の北朝鮮企業と関係する人物が関わる日本企業2社が、こともあろうに霞が関と目と鼻の先、新橋という場所で、一つの部屋に同居して仕事を続けてきたということ。その後、エミヤ氏は香港にある、少なくとも14の企業の経営に携わり、所有する船舶のうち8隻がシリアやエジプト、アンゴラといった、北朝鮮の武器密輸相手国に寄港していることも明らかになります。そういう意味ではこの人物が文字どおり、OMMの貨物船を世界中で動かす中核的な役割を担う外国人協力者だった。国連安保理による北朝鮮への制裁開始は06年以降ですが、登記簿どおりだとしたら、この会社は82年から北朝鮮制裁が大幅に強化されるまでの間、霞が関にほど近い場所で堂々と海運業を行っていたことになる。つまり、日本はまさに北朝鮮の対外活動拠点だったのです」

 古川氏は捜査結果を国連に報告。安保理がOMMを制裁対象に指定するべく動き出すことになる。