2017年冬、恋人・健太からプロポーズされた美和子は、涙を流す。

ふたりの5年間に、何があったのか?

実はふたりは不完全燃焼の夜を境に“プラトニックな恋人”となっていた。

美和子が、友人・茜に相談すると御曹司・瀬尾を紹介され、健太と別れることを決意し家を出る。

瀬尾と夜を共にした美和子は彼のマンションで暮らし始める。しかし強引に結婚話を進められることに困惑し、一人暮らしを決意。だが聞く耳を持ってもらえない。

そんな中美和子と復縁を望む健太から手紙を渡される。彼の覚悟に心を打たれるが同時に、健太の元に戻る資格などないと絶望し号泣。

そこを、突然家にやってきた瀬尾に見られてしまい…。




すべてが露わになった夜


「…何が、あったんだ?」

そう問いかける瀬尾さんは、しかし既にすべてを悟った顔をしていた。

なんとかその場を取り繕おうと必死で頭を働かせてみるものの、機転のきく彼を誤魔化そうなんて、私には無理だと悟る。

「ごめんなさい…」

小さくそう声に出したら、再び涙が溢れた。

泣いて許してもらおうなどというわけではない。私はとにかく自分が情けなかった。

傷つくことを恐れて健太と向き合うことから逃げ、瀬尾さんの好意、そして身体の繋がりに溺れてずるずると関係を続けてきた、不甲斐ない自分自身が。

私が発した謝罪の言葉に、彼の表情がさらに強張る。そこに滲むのは、私に対する怒りに違いなかった。

しかしもう、逃げることは許されない。

私は大きく息を吸い、意を決して瀬尾さんを見据えた。

「瀬尾さん、ごめんなさい。私やっぱり…あなたとは結婚できない」


美和子の言葉を聞いた瀬尾さんの、意外な反応


強引な男の、意外な言葉


どんなに非難されても、罵られても仕方がない。

何を言われても受け止めるつもりで、私は彼の反応を待った。

しかし暫しの沈黙の後、瀬尾さんから発せられたのは、思いがけない言葉だった。

「…わかっていたよ、全部」

呆れたような、諦めたような言い方。

「僕は…そんなにバカでも、鈍感でもない。美和子が前の男を忘れてないことくらい、わかっていたよ」

そう言う瀬尾さんの声は、心なしか震えて聞こえた。

けれども彼は決して取り乱すことはなく、普段どおりポーカーフェイスのままだ。

それに…彼の口から、私を非難するような言葉は何一つ発せられなかった。

しかし、その彼の大人な態度は、なおさら私に自分の未熟さを痛感させる。胸が苦しくて、私は小さく「…ごめんなさい」と口を動かすのがやっとだった。

瀬尾さんはそんな私を静かに見つめ返し、小さく息を吐きながら鞄を置く。そしてゆっくり私に近づくと、包みこむように肩を抱いた。

「だけどね、美和子。僕との結婚は、君にとっても悪い話じゃない。幸せにする自信もある。そうすれば美和子だって必ず、昔の男なんて忘れる。忘れさせてみせる。...それでも、ダメなのか?」

耳元で囁く瀬尾さんの言葉が、ブラックカルダモンの香りとともに私の身体に染み入る。

そう、私は彼のこういう男らしさに確かに惹かれていた。

瀬尾さんの言うことは、きっと正しいのだろう。

茜も言っていたとおり、何も考えずこのまま彼に身を任せれば、私はいわゆる“女の幸せ”を易々と手に入れられるに違いなかった。

しかし-。




「ごめんなさい…」

私は自分を奮い立たせるようにして、瀬尾さんの腕を外す。…もうこれ以上、中途半端な気持ちで流されるわけにはいかない。

「瀬尾さんには…私なんかよりふさわしい女性がいます。わかっていたのに…優しさに甘えてしまって、本当に…本当にごめんなさい」

私は、瀬尾さんにふさわしくない。別れの言葉として、適切ではなかったかもしれない。しかしそれは私の本音で、自然に溢れ出た言葉だった。

数秒俯いたのち、瀬尾さんは私の瞳を覗き込む。そして何かを悟ったように、静かに立ち上がった。

「…僕はことごとく、1番になれない男らしい」

彼はそう言うと、ソファの脇に置かれた鞄を拾い上げ、私に背を向けた。

リビングから立ち去る直前、彼は思い出したように私を振り返ると、いつも通りの、有無を言わせぬ口調でテキパキと私に告げた。

「別に急いで家を出る必要はない。僕はもうここには来ないから、引越し先が見つかったら連絡して」

潔く去っていく瀬尾さんの背中に私は「ありがとう」とつぶやいたが、もう二度と彼がこちらを振り返ることはなかった。


瀬尾さんとの別れ。ひとりになった美和子の、その後


ひとりの週末


-1ヶ月後-

三宿通りにある『Torse』でオムライスを注文し、私はぼんやりと窓の外を眺めた。

シンプルで必要以上に飾り気のない店内に、少しずつ高度を下げ始めた秋の太陽が差し込む。

瀬尾さんのマンションを出た私は、中目黒に引っ越した。

ひとりで過ごす週末は時間があり、今日みたいな天気の良い日は、少し足を伸ばしてインテリアショップをのぞいてみたり、カフェ巡りをしてみたりのんびりと過ごしている。

自分のペースで、自分とひたすら向き合う時間は淋しさより意外にも新鮮さが勝ち、思ったより精神状態も安定していた。

と言っても、それには理由がある。




テーブルに置いたスマホが光り、目をやるとLINEが届いていた。

-いい天気!いまジムの帰り。

タップした画面に表示されているのは、見覚えのある恵比寿の街並みと…健太からのメッセージだ。

実は、健太から渡された手紙を読んだ翌日、私は彼に「ありがとう」とLINEを送っていた。「健太の気持ちは本当に嬉しい。でも、戻ることはできない」とも。

私としては、別れのメッセージだった。

しかしその後しばらく経つと、健太から何気なく、他愛のないLINEが届くようになったのだ。

最近は自炊なんかもしているようで、少し前には見事な照りの、美味しそうな角煮の写真が届いて感心してしまった。

“不自然を自然に戻すのは簡単じゃない。だけど、お互いに向き合う気持ちさえあれば、もう遅いなんてことはない”

健太は手紙で、そんな風に言ってくれていた。

そしてまさにそれを実行するように、決して無理に距離を縮めようとせず、こうして時々、なんてことのないメッセージをよこしては、私の心を穏やかにしてくれている。

健太に、会いたいと思わないわけではない。

しかし-。

彼ともう一度向き合うなら、やり直すなら、瀬尾さんとのことをきちんと話すべきではないだろうか。

しかし、もし健太に正直に話したとしたら…それでも私とやり直したいと言うだろうか?

レスに苦しんでいたとはいえ、他の男に逃げ、何度も抱かれた女と-。

「お待たせしました」

スタッフの女性の明るい声とともに、つやつやと光るオムライスが運ばれてきて、私はホッとした。

考えるたび胸を刺す痛みに、私は未だ正面から立ち向かうことができずにいる。

それでもFoodieアプリを起動してオムライスの写真を撮ると、私は少し迷ったのち、それを健太に送信した。

-ここのオムライス、人気みたい。

私のしたことは、決して消えることのない過ちだ。

こんな風に連絡をとり続けていること自体、不誠実なことなのかもしれない。

しかし...。

1分と空けずに届いた、健太からの返信。

ー美味そう!お腹減ってきた...

“いいね”のスタンプが添えられたメッセージに、私の心は止めようもなく、じんわりと温かくなるのだった。

▶NEXT:2月6日 火曜更新予定
番外編:34歳で離婚を決めた百合が、夫とのレス離婚の真相を語る。




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