人事部ー。

社内の人間模様や、人間の黒い欲望に直接触れることもある部署。

人事部から見た社内、それは人の業が蠢く社会の縮図であった。

涼子が働く恵比寿のベンチャー企業では、管理本部長・坂上の社内システム入れ替えのミスを、総務課長の後藤になすり付けるための黒い思惑にまみれた、人事異動が発表された。

ある日、総務課長後藤と営業部次長の平山と会議室の密会に潜入すると、後藤が退職を検討していることを知り、涼子はショックを受ける。




「ちょっと待ってください。責任を取って辞めた場合って、本気ですか?」

涼子は黙って聞こうと思っていたのだが、後藤さんの話に思わず割り込んで聞いてしまう。

「ビックリさせてすみません。万が一です。本当に責任を取って辞めないといけなくなった時、なので今すぐではありません。ご安心下さい。」

後藤さんの言葉に、涼子はホッとし、深呼吸して呼吸を整える。

後藤さんは話を続けた。

「3ヶ月後、システム入れ替えの進捗がなく責任を問われた場合や、総務部みんなに益々危害が加わるような、そんなことがあった時ですね。

それに私も家庭があります。部下はもちろんですが、家庭に影響があるようなことは避けたい。なので、辞めなければならなくなった時に行動を始めては遅いので、今から行動しようと思っているのです。」

後藤さんはゆっくり、涼子に語りかけるように、諭すように話す。その目は真剣だった。

「まぁ、最近とても忙しくて動きにくいので、営業次長の平山さんに情報収集をしてもらっているのです。」

平山さんが隣で頷く。

-誠が、最近平山さんに空アポが多い、と言っていたのは、後藤さんのためだったのね…

後藤さんのために、平山さんが動いているとは思いもしなかった。

むしろ、腹を立てていると勘違いしていた自分を、涼子は恥じた。

「まぁ、まだ転職先として目ぼしい企業は見つかっていないので、システム入れ替えは引き続き頑張らないとダメなんですけどね。」

後藤さんがお茶目にニッと笑う。

「おいおい、もっと情報収集しろって、俺に対するプレッシャーか?」

平山さんの言葉に、後藤さんが笑う。本当にいいコンビだなと改めて思った。


涼子の葛藤


後藤さん、平山さん、そして涼子の3人での密会は和やかなまま、お開きとなった。

会議室から出る直前、涼子は後藤さんから声をかけられた。

「高橋さん、心配してくださって、本当にありがとうございます。ただ、私には昔からの仲間の平山さんもいますし、そんなに気負わないで下さいね。

高橋さんも、心の底から信じられる仲間を作ることは、高橋さんの強みにつながると思いますし、息抜きや自分の考えを整理したりするいい機会にもなると思います。仲間は、あなたを強くしてくれる。」

そう言って、夕日が差す会議室から出ていく後藤さんの表情は、とても柔らかかった。




-心の底から信じられる仲間、か…

涼子は人事の仕事をしてから、上司や部下はいても、同じような立場の人事がいなかったこともあり、気を使わずに何でも話せるような仲間はいなかったな、と思い返す。

ーチームの人数が増えて、同じような立場で同じ仕事をする人がいたら、もっと話せるのかな…

そんなことを考えながら、涼子は一人会議室に残り状況を整理する。

管理本部長坂上さんのミスを、後藤さんに擦り付ける企み

総務部長後藤さんの、昇進したくない想い

人事部長大竹さんの、保守的な考え方

営業部次長平山さんの、後藤さんへの優しさ

総務部の忙殺されている状況

システムの入れ替えが頓挫していることでの、会社への打撃

そして、何もするな・しなくていいと言われている涼子自身の現状…。

それぞれの想いや大切にしたいもの、何かを優先すれば、どこかが叶わない。

涼子はどうすべきか堂々巡りに陥っていた。

そんな状況で、涼子がテコ入れすることでこの現状が悪化したり、誰かがもっと被害を被ることになってしまうのでは…そう思うと怖くて動けず、深いため息が出る。

涼子の心境とは裏腹に、恵比寿ガーデンプレイスから見下ろす東京の街は、灯りがともり始めキラキラと輝き始めていた。遠くまで見渡しても、小さな光はどこまでも広がっている。

よく、高い場所から地上を見下ろして、自分の悩みの小ささを知る、なんて言うが、涼子はそれには同意できない。どんなに小さくても、本人にとっては地上の生活が全てで、悩みに大きいも小さいもない。

ーきっと、みんな東京で頑張ってるんだ…

輝くひとつひとつの光に目をこらして、涼子は自分に言い聞かせる。

『心の底から信じられる仲間』

後藤さんの言葉を思い出し、ふと涼子の脳裏に、誠の明るい笑顔が思い出された。

-誠は、信用できない訳ではない。ただ…勇気が出ない。

涼子が相談することで、それが誠の重荷になるかもしれない。

何より、もし誠に相談した後にこの話が広まったら、誠を疑わずにいられるか…

涼子は頭を抱えしばらく悩んだ。

考えても答えは出ない。でもあの誠の笑顔に癒やされたい、その強い想いで、涼子は急いで誠にLINEを送った。


涼子が誠に送ったLINE 「今夜、会えない?」




LINEを送信すると、すぐに誠から返事が来た。

「ちょうど今夜飲む予定だった奴がこれなくなってさ、ちょうど良かった。19時に『中目黒 KIJIMA』でどう?」

涼子は「了解、ありがとう」と返し、時間に間に合うよう会社を出るため、自席に戻り仕事を片付け始めた。



涼子が店の前に着くと、そこには誠が立っていた。

「…もしかして、待っててくれたの?」

「まぁな、前道に迷ったことがあったろ?今回もたどり着けるか心配だったからさ。」

誠が意地悪く笑う。

「もうっ!」と涼子が誠の手を軽く叩くと、誠の手は随分冷えていた。


涼子と誠


身体が温まるコラーゲンたっぷりの鶏鍋と、気の許せる同期との楽しい会話で、今日は楽しい時間を満喫するだけで十分かな、なんて思い直していた涼子だが、誠からの質問で現実に引き戻されることになった。

「お前、突然会いたいなんて、なんかあったの?」

突然の質問に涼子がうつむき、どうしようかと唇を軽く噛み考えていると、

「ま、言いたくなかったらいいけど。俺は涼子と飲めるだけで。」

と、人懐っこい笑顔を向けてきた。

その笑顔を見て、心配してくれている誠を信じてみようと、涼子は勇気を出すことにした。

「あのね…ちょっと仕事で悩んでて、誠だったらどうするかなって聞いてみたかったの。自分はこうした方がいいって思ってることがあるけど、周りの人は止めておけって反対してて。こういう場合、誠だったらどうするのかなーって。」

誠は「うーん、そうだなぁ…」と頭上の照明を見上げながら少し考え、口を開いた。

「止めた理由によるかな。その止めておけと言う理由は本質をついているのかどうか。俺ならそこを見極める。目先の短期的な結果に捕らわれず長期的な未来を考えているか、個人やチームだけでなく全社目線で考えられているか、それによって反対意見を聞き入れるか考えるかなぁ。」

そこまで一気に、しかしゆっくりと言うと、さらにこう続けた。

「営業でよくあるのは、個人の成績ばかり追いかけて足の引っ張り合いをすること。幸いこの会社では少ないけど、そういう本質を考えられていない人の反対意見なんて聞いていられないからな。そして前進するために、味方を巻き込んで勢力にする。いくらいい考えを持っていても、一人でできることなんて限られてるからさ。

なーんてな、たまにはいいこと言うだろ?」

誠はドヤ顔をした後、真剣な顔をして「少しは役に立ちそうか?」と優しく聞く。

その整った顔立ちに、迂闊にも涼子の鼓動が早くなる。

「うん、ありがと。勇気貰えた。」

自分を奮い立たせようと発した涼子の言葉に、「よかった」と誠の顔にはまたいつもの人懐っこい笑みが浮かぶ。涼子は自分の動揺が誠に気付かれず安堵していると、

「でも…

今日の呼び出し、仕事の話だったなんて、ちょっと残念だな。」

誠の真剣な視線が涼子をとらえる。

―え?それって…?

▶NEXT:2月6日火曜更新予定
誠の言葉の真意とは?涼子と誠が急接近!?




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