左から、潮干狩鯏、店長のやっちゃん、八剱咲羅(撮影:志和浩司)

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 子供のころのなつかしい思い出の中に、駄菓子屋がある。千葉県八千代市にある「まぼろし堂」(八千代市桑橋116-3)は、「子供が子供のまま主役になれる駄菓子屋は、いま思えば大切な勉強の場だったのかもしれない」との思いから、約5年前に開店した。いまでは、地元の子供たちの”社交場”となっている。

「駄菓子屋から学ぶことがあった」経験をいまの子供たちにも伝えたい

 JR西船橋から東葉高速鉄道に乗換えて約17分、八千代中央駅に降り立つと郊外の閑静な街並みが広がる。ここからさらに車で走ること10分、畑や森や小山に囲まれた自然豊かな場所にあるまぼろし堂に到着した。近隣までバスもあるそうだが、徒歩なら30分〜40分はかかりそうだ。

 「本当にこんなところに駄菓子屋があるの?」と思ってしまうほど、空は広いし緑も多い。竹林を整地してつくったという場所に、まぼろし堂がまるで映画のセットのように待ち構えていた。ある種、テーマパークのような佇まいだ。店内に入ると、温もりを感じる電球の照明が嬉しい。クジ引きをはじめチョコマシュマロ、酢漬けイカなど子どもたちに人気の駄菓子、アイテムが、所狭しと並ぶ。「こんなお菓子あったなあ」「そうそうこのクジだよねぇ」と、懐かしさでいっぱいの空間だ。

 「いらっしゃい!」と、元気のいいオバサン(?)の声が聞こえてきた。このお店の店長は謎の被り物姿、やっちゃんと呼ばれるにこやかなお母さんだ。さっそくお店の成り立ちに関して聞いてみると、店舗もすべて手づくりで、ご主人と息子さんがこしらえたのだという。

 「前はここら辺にも5軒以上の駄菓子屋さんがあったんですよ。全部やめられて、ぜんぜん(駄菓子屋が)なくて、とんでもないところまで子どもたちが行っているというのを聞いたんです。それで息子が『俺たち、駄菓子屋でいろんなこと教わったよ」って言うんですね。その気持ちを、この辺の子どもたちに教えてあげたい、というのがきっかけで始めたんです」

「まぼろし堂」をはじめたもう一つの理由

 息子である成田英輝さんは、44歳。自らも妻と店に立ち、母親であるやっちゃんをサポートしている。

 「オフクロ(やっちゃん)にも話していなかったのですが、子どもたちのためというのとは別に、開店にはもうひとつ大きな動機があったんです」と、秘話を明かしてくれた。

 「2011年に東日本大震災が起きたとき、被災地の友達に連絡をしたら、もう連絡をとれない友達がいたり、家族を失った友達も大勢いました。僕は都内に住んで働いていたのですが、『地元にぜんぜん帰らないから、もし千葉で大災害が起きたら家を守ることができない』と、仕事をやめて地元に戻ったんです。人間、いつ命がなくなるかわからないから、育ててくれた親と何かできたらいいな、という気持ちでした」

 そうした思いが、まぼろし堂の開店につながった。薄利多売で商売としてはかなり厳しいというが、現在の年商は約500万円という。地元の子どもたちも多数集まるほか、広い敷地を利用してミニコンサート的なイベントや、プロレス団体と協力してのプロレス大会など、これまでにさまざまな自主イベントも催してきたそうだ。その都度、おもに千葉のローカルメディアなどに情報を売り込み、それなりに露出してきたのだとか。商売の秘訣を、成田さんに聞いた。

「まぼろし堂」が子供たちのためにできること

 「駄菓子自体はスーパーやデパートにもあって、実はありふれています。大事なのは、駄菓子それ自体ではなく”場所”を提供することです。庭があって、敷地があって、屋根があって。子どもが見ても懐かしいって思える建物の中で、スーパーで売っているのと同じ駄菓子を食べても、やっぱり味が違って感じられると思うんですよ。そういう楽しい場所をいかに作り上げるか、っていうのがこの商売のコツだと思うんです」

 そしてもうひとつの秘訣として成田さんは、子どもたちとのコミュニケーションをあげた。

 「昔は叱ってくれるおじちゃんおばちゃんが近所にいっぱいいたけど、いまはコンビニに行っても、子どもにも『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』っていうだけのつながりしかない。ウチには、子どもがくれば『おかえり』とか『よし、それ安くしてあげようか』とか、積極的にコミュニケーションとってくれるおばちゃん(やっちゃん)がいるのも大きい。子どもたちも、人の温もりがわかるんです」

 続けて、自らの子ども時代を振り返って熱い思いを語る成田さん。

 「昔は子どもに何かを提供してくれる大人が多かった。いまは意外と大人同士で楽しんでいるところが多いように感じます。子どもに何か提供してあげたり思い出を残してあげることが大人じゃないかなって。それがまぼろし堂でできていることが嬉しいです」
 
 「まぼろし」とは、たちまちのうちにはかなく消えてしまうもの。子どもでいられる時間は、たしかにまぼろしのように短いけれど、子どものころ見聞きし体験したことは一生残る。

(取材・文・撮影:志和浩司、取材協力:C-Style<八剱咲羅、潮干狩鯏>)