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 一生に一度だけ、極地と呼ばれる北極か南極に行けるとしたら、どっちがいいだろうか?

 極地を訪れるには、高額な費用だけでなく長期の休みも必要になるし、加えてげんなりするほど移動時間も長い。このように「行けない理由」を挙げればキリがないが、そのハードルを乗り越えた者にしか見られない風景が確かにある。北極と南極は、一生に一度の旅に相応しい格別な旅先といえるだろう。

 北極と南極の違い、そして魅力をお伝えするには、専門家の声が一番だ。そこで今回は、10年以上にわたって極地ツアーに携わっている、極地専門ガイドの伊知地亮さんに話を聞いた。一生に一度ならどっちの極地へ行くべきなのか。ぜひ参考にしてほしい。

●南極と北極の違い

――南極と北極って、何が違うのでしょう?

伊知地亮さん(以下、伊知地) 南極が大陸であることに対して、北極は大陸ではないということが最大の違いです。南極の平均標高は2,000mを超え、陸地の大部分がぶ厚い氷に覆われていますが、北極は島などがあるとはいえ、海に厚さ1〜2mの氷が浮いている程度です。南極が立体的な場所である一方で、北極は平面的な場所であるといえます。そのため、氷が織り成す圧倒的な風景を見たいのであれば、絶対に南極がオススメです。また、南極の氷は降り積もった雪が凍った淡水のものですが、北極のそれは海水が凍ったものです。オンザロックでお酒を楽しみたいなら、断然南極の氷ですね。

――風景以外の違いはどういったものでしょう?

伊知地 見られる動物の種類です。代表的なところですと、南極ではペンギンやアザラシ、北極ではシロクマやセイウチなどが見られます。また、クジラはどちらでも見られます。風景だけでなく、野生動物との出会いも極地へ訪れる大きな動機のひとつでしょうから、ペタペタと歩くペンギンなのか、地上最大の肉食動物であるシロクマなのか、どういった動物を見たいのかにもよりますね。

――野生動物だけに、出会うのは難しかったりするのですか?

伊知地 まず氷の世界をイメージしがちな南極についてですが、実は夏の限られた間にのみ一部の地面が露出します。南極大陸の2%にすぎないその場所で、多くの動物が営巣地を築き、子孫を残していきます。そのため、狭い範囲に動物が集中しているので、私たちガイドからすれば、「あそこに行けばヒゲペンギンが見られる」「あそこだったらアデリーペンギンが見られる」といった具合で、ほぼ確実に目的とする動物へとご案内できます。

 一方で北極の旅は、動物、それもシロクマを中心に探し続けるといったものです。なぜならシロクマは、500km四方を生活圏としていて、常に移動し続けているため、そう簡単には出会えないからです。そのため、「絶対にシロクマを見られます」とは事前に約束できません。

 こうやって比べると南極のほうがたくさんの動物に出会えるといえますが、視点を変えると北極のほうが魅力的ともいえます。それは、南極の旅は良い意味でも悪い意味でも予定調和なものであることに対し、北極の旅はとても冒険的要素が強く大きなワクワク感を味わえるということです。「いつ出会えるのか?」「本当に出会えるのか?」という期待や不安を抱かざるを得ないという旅のスタイルが、そうさせるのだと思います。

 事実、南極でペンギンに出会った時のお客さんの反応と比較すると、北極でシロクマに出会った時のほうがより大きな感動を含んでいると思います。

――「冒険」という言葉が出てきましたが、北極や南極は普通のツアーとは異なるのでしょうか?

伊知地 普通のツアーであれば現地ガイドさんは、「ガイドさん」と呼ばれるのが一般的ですよね。ですが私たちガイドは、遠征隊のリーダーといった意味合いで「エクスペディションリーダー」と呼ばれます。この名前こそが、極地ツアーが「みんなで冒険しよう」という要素を含んでいることを表しているんです。僕らはお客さんが冒険できるように、現地での案内だけでなく、ゾディアックというゴムボートを操縦したり、船上で環境や動物をはじめとしたさまざまなテーマのレクチャーを行ったりもします。すべては、お客さんが主体的に「自分たちで見に行こう!」という気持ちになってほしいからです。ただガイドのあとをついていくような受け身の旅よりも、そのほうがより一層楽しめますからね。

 かといって、さまざまな旅行会社が極地ツアーを販売しているように、参加するにあたって特別な体力や資格などが必要ということではありません。ただ単に極地ツアーは、「冒険」の要素が一般的な観光ツアーよりも大きいということです。

●新たな発見があるのは北極?

――景色や動物のほかにも、何か大きな違いはあるのでしょうか?

伊知地 まずツアーとしては、北極のほうが旅先のバリエーションが豊富といえます。南極は南米大陸南端へ向かって延びる南極半島を訪れるツアーが大半を占めますが、北極はヨーロッパ北極、ロシア北極、アラスカ北極、カナダ北極、そしてグリーンランドと、大きく5つのエリアに分けることができます。とはいえ、一生に一度限りの北極ということでしたら、ノルウェー領スヴァールバル諸島最大の島であるスピッツベルゲン島を起点とするヨーロッパ北極がオススメです。理由は簡単で、もっとも多くシロクマが生息しているエリアなので、出会える確率が高いからです。やはり一番人気のエリアとなっています。

 また、人類との距離というのも大きな違いがあります。南極は寒流に囲まれていることによって、例えるなら冷凍庫化したことで人類を寄せ付けてきませんでした。そのため、現在でも観測隊員しか人はいませんが、北極には古くから人が暮らしてきたという歴史があるということです。南極が人類と隔絶された別世界とすれば、北極は人類が環境に適応してきた極地といえます。

 そして、日本に暮らす私たちも北極とのつながりを感じることができます。それは、地球温暖化の被害者としてシンボル的な存在となっている、シロクマが置かれている状況を目の当たりにしたときです。実際に北極を一緒に訪れた多くのお客さんから「はるか彼方の極地と自分がつながっているのを実感しました。帰国したら小さなことでもできることはやっていきたいと思います」という声を聞きます。

――では、最後の質問です。極地へ何度も行かれている伊知地さんは、ずばりどちらが好きですか?

伊知地 本当に難しい質問ですね(笑)。ちなみに長いことガイドをしてきましたが、実はいまだに『北極に行ってから、南極に来ました』という人に出会ったことがないんです。みんな南極を最初に訪れ、そして北極へと行っています。なので、南極のほうが先に人を惹きつける魅力があるといえると思います。そのため、北極は玄人向けの場所といえるかもしれませんね。僕はどちらも大好きな場所ですが、いつも新たな発見があるのは実は北極です。なので、個人的にはやや北極よりですが、「どっちに行ったほうがいいか?」ということであれば、それは好みとしか言いようがありません。

 ですが間違いないのは、どちらも素晴らしい場所ということです。ぜひ一度は極地に足跡を残してみてください。この記事を見ていただいた方と極地でお会いできる日を楽しみにしています。

――ありがとうございました。

●最後に

 毎年、現地が夏にあたる日本の冬に南極の地に立ち、日本が夏を迎えると北極を航海する船の上にいるという伊知地さん。この原稿が掲載される日にはきっと、多くのお客さんと共にペンギンを目の当たりにしていることだろう。

 幸いにも私は南極を訪れたことがある。今までに訪れた国は70を数えるが、「別世界」「絶景」という言葉で選ぶとすれば、断トツで南極だ。まさに地球の最果ての名にふさわしいものだったし、一生に一度の旅先として申し分のない場所だった。だから私は南極のほうは自信を持ってオススメできる。

 しかし、南極未訪問で北極に訪れた友人は、完全に北極の虜になっていた。やはりどちらも素晴らしいというのは、間違いないだろう。とはいえ、無理矢理にでも決着をつけるとすれば、まずは南極、そして一生に二度があるなら、北極というのが現実的なところだろうか。

 ちなみに北極クルーズも南極クルーズも150〜200万円が相場。北極点に到達するツアーだと300万円、南極点だと1桁増え1000万円が目安となる。このおいそれとは出せない費用も、極地がまさに一生に一度の旅先だということを物語っている。
(文=多賀秀行/フリー編集者、宿「ANCHOR SITE」オーナー)