初場所で稀勢の里(左)を寄り切りで破った逸ノ城

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 大相撲初場所(両国国技館)で10勝を挙げて春場所(3月11日初日、エディオンアリーナ大阪)での三役復帰を決めた“元怪物”逸ノ城(湊)。新入幕場所の2014年秋場所で13勝を挙げたころは“怪物”と恐れられた男が覚醒の時を迎えたのか。大関とり、そして、その先の綱とりへ向け、再進撃を開始したのか。有力親方の目を通して占ってみた。

 まず初場所の相撲を振り返ってみよう。初日は大関豪栄道に右差しを許して押し出され、2日目の横綱白鵬には、右四つに組んで長い相撲を取った末に寄り切られたが、八角理事長(元横綱北勝海)は「白鵬が苦労をしていた。重い体に力が入るようになったのかな。大分戻ってきたんじゃないか」と復調の兆しを見逃さなかった。

 八角理事長の言葉通りに3日目の横綱稀勢の里戦は、うまく巻き替えて自分有利な右四つに組むと、胸を合わせての寄り切り。相手が不調だったにしても、かつて怪物といわれたころ以上の力強さが出てきた。

 4日目に横綱鶴竜、5日目に正代に敗れたが、6日目の玉鷲戦は会心の白星だった。立ち合い左で張って右を差すと、差し手を抜いていなして崩し、相手の振り向きざまを右のど輪で吹っ飛ばした。これで波を引き寄せたのか、12日目の嘉風戦までどとうの7連勝で一気に勝ち越しと三役復帰を決めた。

 逸ノ城が復調の気配を見せ始めた要因のひとつに、体重へのコンプレックスを捨てたことが挙げられる。ここ数年は減量に取り組み、200キロ切りを目指したこともあったが、結果につながらなかった。そこで初場所は特に何もせず215キロのままで土俵に上がり、結果として好成績を残した。

 土俵下から逸ノ城の取り組みを見守った審判部の藤島副部長(元大関武双山)はこう話す。

 「逸ノ城は明らかに減量の失敗だった。体重を落としていた時は体がしぼんでいたから圧力も何もなかった。(幕内に上がった当時の快進撃は)相手が過大評価して負けていた人が多かったが、今場所は力強かった。あの体ですから(左)上手を取ったらすごいですよ」

 もうひとり本紙評論家の武蔵川親方は(元横綱武蔵丸)も復調に太鼓判を押した。

 「自分も200キロ以上あったから分かるけど、減量はやっちゃいけないんだ。体が小さくなっちゃうからね。減量するならもっと稽古した方がいい。稽古して、体重はあっても動ける体にすれば、怖いものなしになる。今場所の逸ノ城は体重も重いけど、動けるから腰も重い。右四つに組まれたら、横綱でも苦戦する。春場所までの稽古の内容にもよるけど、初場所の状態を維持できれば、三役でも勝ち越せるんじゃないか。そうすれば自然と上の番付も見えてくるよ」

 初場所を沸かせた栃ノ心に続くのは逸ノ城か。(デイリースポーツ・松本一之)