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産業能率大学の調査によると、現役の課長の約半数は出世を望んでいない。そんな課長たちは「プレーヤーの立場に戻りたい」「現在のポジションを維持したい」と答えているという。企業の中枢を担う課長たちは、なぜそう考えるようになったのか。その背景には「働き方改革」のしわ寄せが影響している――。

■若い社員の出世意欲が低いのは想定内だが……

昔も今も「出世と昇給」はサラリーマンのやる気の大きな源泉だろう。“年功的賃金制度”が崩れつつある今日では、昇進は給与アップの前提条件となっている。逆に言えば、収入を上げるためには、出世を目指さなければいけない。

ところが、「出世を望まない」という若手社員が増えている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングが新入社員対象のセミナーの参加者約1300名に実施したアンケート調査(2017年5月)によると、「出世したい」「出世しなくても好きな仕事を楽しくしたい」の二者択一の質問で、前者は46.6%。これに対して後者は53.4%だった。13年度までは出世派が多数を占めたが、14年度に逆転し、その差は広がりつつある。

男女別では、男性の「出世したい」は62.1%(大学・大学院卒) だが、女性は24.4%にとどまっている。この傾向は学歴とは関係なく、三菱UFJリサーチは「将来、結婚や出産を経ても仕事を続けるか、現時点で明確な意志を持つことができない女性が多い。出世意欲の低さとも関係がある可能性がある」 と分析している。

▼上昇志向の管理職が、なぜか「出世レースから降りたい」

私は長年、人事担当者の取材を続けているが、若手社員の出世意欲の低さに頭を抱えている企業は少なくない。このため最近では割り切った考えをもつ企業もあらわれている。食品業の人事部長はこう語る。

「仕事を適当にやって趣味や遊びをしたいという人はさすがに困りますが、若手の中には管理職になるよりも専門職としてスキルを磨きたいという人も増えています。それはそれで結構なことだと思いますし、仕事の経験を重ねていくうちに管理職になりたいという人も出てくることもあり得ます。皆が全員管理職になる必要もないし、実際に管理職ポストも限られていますから、それほど心配はしていません」

新入社員のときは出世意欲が低くても、その後の仕事や人材育成を通じて意欲が芽生えてくることもあり、前出の調査結果についてそれほど心配することはないかもしれない。

だが、すでに管理職に登用されている有望な人材の多くが「これ以上、出世をしたくない」となれば、話は別だ。企業にとっては危急存亡の危機と言えるかもしれない。

■「一兵卒に戻りたい」出世望まぬ課長の胸の内

別の調査データを見てみよう。今度の対象者は、現役の課長だ。産業能率大学の「上場企業の課長に関する実態調査」(2018年1月)によると、「(今後さらなる)出世を望んでいない」課長が49.5%と、約半数に上っている。

出世を望んでいない課長は今後どうしたいのかと言えば、「プレーヤーの立場に戻る」「現在のポジション(課長)を維持する」と答えている。

ちなみに同調査によれば、残り半分の「(今後さらなる)出世を望む」課長のうち、「部長クラスのポジションに就きたい」人が36.0%、「役員」が10.2%、「経営者(社長)」が4.3%だった。部長までいけたら御の字ということのようだ。かなり控えめな回答である。

冒頭に紹介した新入社員を対象とした調査では、どれくらいの役職まで出世したいかも聞いている。結果は、課長が4.8%、部長が15.0%、役員が21.4%、社長が8.9%だった(「役職にこだわらない人」が49.9%)。出世したい新人が目標とするのは、「役員」が最も多い。

新入社員はまだ野心を抱いているのだ。現職の課長の半数は出世レースから事実上降りることを宣言し、出生を望む人であってもせいぜい「部長ぐらいになれれば」と考えているのとは対照的である。

▼なぜ、現役課長は出世を拒むのか?

なぜ、現役課長は出世を望まないのか。その理由のひとつが、課長の働き方の実態から浮かび上がってくる。

再び産業能率大の調査を見れば、3年前と比べて「業務量が増加している」と答えた人は58.9%だった。2010年の調査以降、徐々に増えている。

また驚いたのは程度の差はあれ、職場の(課長としての)マネジメント以外にプレーヤーとしての役割が求められるプレイングマネジャーである人が99.2%だったことだ。プレーヤーとしての業務がマネジメント業務に何らかの支障があると答えた人が約6割に上っている。

■部下を率いるチーム運営は「もう、しんどい」

対部下の仕事を重荷と感じている人も多い。例えば、「メンタル不調を訴える社員が増加している」「労働時間・場所に制約がある社員が増加している」「外国人社員が増加している」など7項目が調査史上、最高値になっている。

さらに課長の悩みを単刀直入に聞くと……(複数回答)。

「部下がなかなか育たない」39.9%
「部下の人事評価が難しい」31.9%
「職場の業務量が多すぎる」26.6%

となっている。「求められる成果が出せていない」「部下が指示どおりに動かない」「目標のハードルが高すぎる」と答えた人も過去最高だった。

以上の調査結果を見る限り、会社の期待が大きすぎる一方、今の課長が、部下を率いてチームを運営することにしんどさを感じていることがよくわかる。

仕事をこなすのにいっぱいいっぱいの状況ではとても今以上の出世を望まない人が多いのも理解できるような気がする。

▼部下よりも給料が低いケースは少なくない

それでも課長職に見合った報酬と権限・裁量が与えられれば何とか耐えられるかもしれない。だが、中には部下よりも報酬が少ない管理職も存在する。建設関連会社の人事課長はこう語る。

「課長には基本給に5万円の役職手当がつきますが、平の社員でも残業すればその額を上回り、実質的に給与が高くなる。また、年上の部下もいますが、彼らは基本給の年功部分があり、課長よりも給与が上という人もいます。本来であれば賃金制度を改革する必要があるのですが、現状では難しいし、ボーナスで報いる方向で検討しています」

重責を担う課長が部下よりも給与が低ければ、何のために課長になったのかわからない。降りたくなる気持ちもわからないではない。

■「残業代出ない」管理職は、働き方改革の犠牲

また、最近は働き方改革による残業削減に取り組む企業が多いが、時間外労働が適用除外とされている管理職にしわ寄せが及んでいるケースも少なくない。

ルール上は、管理職でも深夜10時以降の時間外割増賃金を払う必要があるが、請求している管理職はほとんどいないのではないか。

大手通信会社の人事課長は管理職の働き方についてこう語る。

「非管理職は労働時間把握が法的に義務化されており、労働基準監督署からも違法残業がないかをチェックされます。しかし、管理職に関してはまともに労働時間の把握すらされていません。ぶっちゃけて言うと、部下を残業させないようにして早く帰らせ、管理職がその分を背負って遅くまでやっている部署もあります。管理職がちゃんと休息をとれているのかどうかわからないし、無理して働いている人がいるのが実態です」

企業の現場の要である管理職が働き方改革の犠牲になっているとすれば、本来の管理職の役割を全うすることはほとんど不可能だろう。

現場の指揮官である管理職が疲弊している現状を放置すれば、いずれ経営にも悪影響を及ぼすのは必至だ。出世したくない課長が増えていることはその前兆でもある。

(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)