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大塚家具の経営権をめぐる長女との争いを経て2015年に新会社「匠大塚」を立ち上げ、70歳を過ぎての「第2の創業」に挑んでいる大塚勝久氏。今後、匠大塚は家具業界の中でどのような存在になろうとしているのかを聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 深澤 献)

じっと我慢していたこの2年半

――2017年12月から、匠大塚は全アイテムの値下げに踏み切り、大塚会長もこの連載の中で「いよいよ本当の勝負になる」と述べられました。

大塚 まぁ、それほど気色ばんだものではありません。すぐに本格的な商売を再開して大塚家具と直接競合するのも嫌でしたし、社員のことも心配だったので、大塚家具を辞めてから2年半はじっとしていたということです。

――品揃えなども準備が整った。

大塚 大塚家具はあれほど大きな会社ですから、我々が同じような家具を調達するというのは簡単ではありません。メーカーさんも大塚家具と取引があるので遠慮があります。いくら私に信用があっても、取引できないこともありました。また強引に仕入れて売ったところで迷惑をかけてしまいます。

 ただ、今では逆にメーカーさんから「うちの商品を扱ってくれませんか」と言われるようになりました。「やっと思い切り仕事ができる」と実感しています。今までは時間がかかりましたが、これからはスピードが速まると思っていますよ。

――会社の総合的な戦略として「値下げ」が可能な状況になっているのですね。

大塚 そもそも私は「値引き」という行為が嫌いなのです。従業員には一所懸命お客さまのために、品質の説明や室内デザインでのアドバイスに力を注いでもらいたい。だから私は大塚家具時代から、そして今の匠大塚でも、お客さまとの商談で値引き交渉などをするのではなく、値下げした実売価格表示で販売してきました。最初から「これは値下げしていくらのものです。同一商品で当店よりも安い店があれば、その値段に合わせます」というわけです。

――(大塚家具の)大塚久美子社長と経営方針で一番合わなかったのはどの辺なのですか。

大塚 合わなかったことはないと思うんですけれどね。ただ、私の退任後の新聞報道などを見ると、だいぶ変わってしまったようですね。接客に対する考え方もそうです。なぜ、今までのお客さまを大切にしない形にしてしまうのか。なぜああいう風にしてしまうんだろう。ちょっと私にはわからない。一人の商売人として考えても不思議ですね。

――退任以前にも同様の議論はあったのですか。

大塚 ありましたよ。ただ、それは「成功するために反対している」というか、私への諫言役として、あえて反対の態度をとっているのだと思っていました。ですが、(退任後を見ると)本当にやりたかったことだったのだなと分かりました。本当に、それがいいと思っていたのですね。

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