東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

商社マン・洋平(30歳)と運命的な出会いを果たした彩花(26歳)。しかし洋平には、付き合って2年になる彼女・繭子がいた。

夏美のアドバイスのもとついに初デートを実現するものの、ある日街で偶然彼女と歩く洋平を見かけた彩花は、本命彼女の前で存在を無視され自分の立場を思い知る。

しかしその日の夜洋平からフォローのメールが届き、再び会うことに。

覚悟を決めた彩花は洋平に彼女との別れを迫る。その後、再び連絡があった洋平は、本当に彼女・繭子と別れていた。




女の最高値


「彩花ちゃん、綺麗になったんじゃない?しばらく見ない間に垢抜けたよね」

パレスホテルの『琥珀宮』。

つやつやと飴色に光る北京ダックに目を輝かせていると、斜め向かいに座る柳田さん(夏美さんの古い知り合いで、私も過去何度か会ったことのある40代男性)がそう言って私を褒めた。

「え!…どうしよう、すごく嬉しい!」

私が照れ隠し半分、手を口に当てて大げさに喜んでいると、柳田さんの隣で夏美さんが悪戯な目を向ける。

「彩花は今、仕事も恋も絶好調なのよ。ね?」

夏美さんの言葉に、柳田さんは「なるほど。若いっていいね」と目を細めてワインを飲んでいる。

「でもほんと、20代後半の女性って、格別の美しさがあると私も思う。瑞々しさと色気が同居できる時期なのね、きっと」

昔を懐かしむような口調で夏美さんはそう言って、最後に私に向かって「だから、大事に過ごした方がいいわよ」と忠告した。

私は二人に「はーい」と笑顔を返しながら、こっそりあの夜の出来事を思い出していた。


彼女と別れたと聞かされたあの夜。デートの後の、甘い出来事


タクシーの中で


-数日前-

あの夜、『サッカパウ』を出たのは23時前。

この日は月曜日でまだ週頭だったから、二軒目は行かず大人しく帰ろうということになった。

「彩花の家、目黒だったよね?家まで送るよ」

洋平くんはそう言って、西麻布交差点を走るタクシーに手をあげる。

初回デートの時は店が恵比寿で、洋平くんは家まで徒歩だったから、私はひとりタクシーで帰った。

2回目は昼デートで、お互い次の予定があったから表参道で現地解散した。

家まで送ってもらうのは、今回が初めてだった。




好きな人と一緒に乗るタクシーは、単なる移動手段じゃない。

運転手がいるとはいえ、広くない空間でほろ酔いの男女が二人きり。

しかも、つい今しがた「彼女と別れた」と聞かされたばかりの私は洋平くんへの気持ちがこれまで以上に高まっていたから、平静を装いながらも、至近距離で彼と目が会うたびにドキドキしていた。

ふいに会話が途切れ、私はなんとなく窓の外に目をやる。

私が、腿に置いていた手を力なく座席シートにずらした、その瞬間、手のひらが温かな感触に包まれた。

私が慌てて右側を振り返ると、洋平くんもそれに気づいてこちらに顔を向ける。

そして私と目が合うと、母性をくすぐると言うのはこのことか、というような人懐っこい笑顔を見せるのだった。

彼は私が受け入れたのを確認すると、改めてぎゅっと、手に力を込めた。しかしそれ以上を迫ったり、突然とってつけたように口説き始めるなど野暮なことはしない。

私たちはずっと手を繋いだまま、恋人と旅をするなら絶対リゾートがいいよね、という他愛のない話を続けていた。

-これは、モテるよなぁ。

わかっていたことだが、洋平くんは女心を掴むのが抜群にうまい。

とはいえはっきり言って、いわゆる“誠実な男”ではないだろう。手を握られ浮かれて忘れていたが、彼はついさっきまで「彼女にフラれた」と言って切ない表情をしていたはずなのだ。

それなのに、今は深夜タクシーの後部座席で私と手を繋いでいる。

これは、どういうことだろう?

頭の中で葛藤を繰り返していると、気づけばタクシーは目黒駅前を通過していた。

「すみません、次の角を左、そのあと2つ目の路地をまた左です」

慌てて運転手に道案内をしていると、洋平くんが繋いだ手を軽く引っ張る。

私が「ん?」という顔をして振り返ると、彼は少し甘えたような表情で私を見つめ返し…そして、こう言うのだった。

「俺も…彩花の家、行ってもいいかな?」


洋平くんから、突然のプッシュ。ここで流されるのは、アリかナシか!?


彩花の出した答えは…


「えっ…?」

家まで送ると言われた時から、この展開を予想していなかったわけではない。

しかしこの場合の正解は、イエス or ノー、一体どちらなのか。

家にあげたら、もちろんそういうことになるだろう。恋愛のセオリーから考えれば、「好き」だとも「付き合おう」とも言われていない段階でそれはありえない。

ただ、私は以前に自分の好意を伝え、「私を誘うなら、彼女と別れてほしい」とはっきり告げてある。

少なくとも洋平くんだって、私が遊びに付き合うつもりはないことくらいわかっているはずだ。

確かに、順序は違う。しかし、セオリーはあくまでセオリーでしかない。

無論、私のことは遊びなのかもしれない。いや、そうではなく、たとえもしこのままうまく彼女の座を手に入れることができたとしても、今度はまた別の女が登場する可能性だってある。

しかしそんな未来のことを、今考えたって意味がない。

恋の始まりは、覚悟を決めて、後先考えずに飛び込む勇気だって必要なのではないだろうか。

「…いいよ」

心を決めた私が意識して艶っぽい声を出した時、タクシーのドアが開き、私たちは連れ立って車を降りた。




「彩花、すごく綺麗」

1DKの小さな部屋、カーテンの隙間から差し込む月明かり。

暗闇で私を見下ろした洋平くんは、そう言って私の頬を撫でた。

26歳の私の肌はもちろんハリと弾力を保っている。特別なトレーニングなどしなくても腰はくびれているし、お尻も垂れていない。

私はちょっとスタイルには自信があって、実際、彼が満足している手応えもあった。

翌日ももちろん仕事だから夜中のうちに帰るかな、とも思ったが、洋平くんはずっと腕枕をしたまま隣で寝ている。

私はそれが嬉しくて、彼の首筋に唇を近づけながら呟いた。

「洋平くん。私、洋平くんが好きだよ」

洋平くんは目を瞑っていたけれど、様子を伺う私に気づき、ぐっと私を抱き寄せた。

「…心配しなくても大丈夫だよ」

彼はそう言って少し笑うと、私の目を見つめて頷いてみせるのだった。

「俺も彩花のこと、好きになったみたいだ」

彼が今夜私の家に来たのは、寂しさを埋めるためだったかもしれない。

しかしきっかけの正しさなんて、恋愛の順序なんて、きっと大した問題じゃない。大事なのは、これから先の未来だ。

洋平くんと何度も唇を重ねながら、私はこれまでに感じたことのない高揚と幸せを感じていた。

…奪った恋は奪い返されるなんて、一体誰が決めた?

私は洋平くんの元カノとは別人だし、私が見ている洋平くんは、元カノが見ていた彼とは違う。

だから、大丈夫。

私は必ず洋平くんと、幸せになってみせる。

▶NEXT:2月5日 月曜更新予定
ついに男女の仲となった洋平と彩花。二人はこのままハッピーエンドとなる?