格安SIMはもう限界?MVNOの現状とこれからを考える

みなさんは仮想移動体通信事業者(MVNO)のサービスを使ったことがありますでしょうか。かくいう筆者は現在、以前に紹介したようにケイ・オプティコムが運営するMVNOサービス「mineo」を利用していますが、その利用までにはかなりの勉強と情報収集、そして何より「勇気」が必要でした。

それまでNTTドコモやauといった大手携帯電話会社の移動体通信事業者(MNO)サービスしか使ったことがなかったが故に、知識不足から「ちゃんと通信できるんだろうか」や「不都合などないんだろうか」と根拠のない不安ばかりが先行していたのです。

なお、その利用までの奮闘は過去に連載企画として詳しく掲載させていただきました。

過去記事:iPhone 7は欲しいが月額料金をもっと安く抑えたい! MVNO初心者によるMNOからの乗り換え体験記 第1回:料金検討からSIMフリー版を手に入れた【レポート】

過去記事:iPhone 7をローコストに運用しよう!MVNO初心者によるMNOからの乗り換え体験記 第2回:iPhone 7のレビューからMVNO契約まで【レポート】

過去記事:事前準備は整った、後は回線を繋ぐだけ!MVNO初心者によるMNOからの乗り換え体験記 第3回:mineoの開通からAPN設定、専用アプリ導入まで【レポート】

実際にMVNOを使い始めてみるとその不安のほとんどが杞憂だったわけですが、しかしそれはモバイルギークとして、そしてモバイル系ライターとしての基礎知識があったからという前提もあります。

もし筆者にそのような基礎知識がなかったとしたらMVNOを契約するのはもっと遅れていたように思えます。恐らくこういった不安は筆者だけのものではないでしょう。もしくは、気軽にMVNOにしてみたものの知識不足からトラブルを起こしてしまった人も少なからずいるのではないでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はMVNO利用に関連するトラブルとその傾向、そしてこれからのMVNOの在り方などを考えます。


MVNOを使うからにはすべて自己責任……そんな考え方はもう時代遅れ?


■増加を続けるMVNO契約者数とそのトラブル
国民生活センターは2017年4月に同センターへ寄せられた「MVNOに関連するトラブルおよび相談件数の推移」を発表しました。発表によれば、2015年には380件であった相談件数は2016年に1045件と約2.8倍に急増しており、グラフ全体の推移を見ても2017年も更なる相談件数が寄せられているであろう状況が容易に予想できます。


相談件数は年を追うごとに急増している


日本でMVNOサービスがスタートしたのは意外と古く、2001年にDDIポケットのPHS回線を日本通信が借り受けて開始した「b-mobile(ビーモバイル)」サービスが最初とされています。以来、しばらくは通信事業としてあまり大きく報じられることがなかったMVNOは2008年頃からビジネス向けのIP電話サービスを中心に徐々に増え始め、現在は約600社もの企業がサービスを行うまでに成長しました。

MVNOサービスの増加と利用者数の増加は当然ながら比例しているわけですが、その契約者数の伸びは前述した相談件数ほどの急増とはいっていません。ICT総研が2017年6月にまとめた「2017年 MVNO格安SIMの市場動向調査」によれば、MVNOサービス全体の契約数は2015年が1163万件で2016年が1485万件となっており、その伸び率は約1.3倍にとどまっています。またMVNOがエンドユーザーと直接契約を交わしたSIMカードの件数でも2015年が419万件、2016年が819万件で伸び率は約2倍程度と、相談件数の増加率とは若干乖離した数字となっています。この数字の差はどこから来るのでしょうか。


MVNOの契約件数も増加しているが相談件数の増加率よりも緩やかだ


■MVNOが陥りつつある「流行り」の罠
考えられるのは「MVNOサービスがキャズムを超えたのでは」という点です。キャズムについては以前掲載したコラムで詳しく解説していますが、早い話が「一般層にMVNOが浸透し始めた」ということです。

それまで業界の最先端を走る技術者や筆者のようなモバイルギークだけが使っていたような状況から、MVNOどころか携帯電話の通信の仕組みそのものにあまり詳しくない一般層の人々が利用するようになったことで、「使い方が分からない」や「今までできていたことができなくなった」といったトラブルや相談が一気に増加したと考えられるのです。

それを実証するかのように、前述した国民生活センターへの相談内容では「メールアドレスの提供がなく、別会社のメールアドレスで送ったが、相手にメールが届かなかった」、「SIMロック解除をしないと、他社のSIMカードでスマートフォン(スマホ)が使えなかった」といった相談が寄せられています。携帯電話に詳しい人々であれば「当たり前じゃないか」と思ってしまうような内容ですが、そこが一般層にはなかなか理解しづらい部分なのです。


スマホは使えても通信の仕組みなんて知らない、という人は少なくない


しかし、これはMVNOが真にキャズムを超えたとは言える状況ではないと筆者は考えます。キャズムを超えるとは、一般層にもその扱い方や知識への理解が十分に進み、リテラシーとして正しく浸透してこそだと考えるからです。分からないのに使っているという状態は単なる「流行り」であって「普及」とはほど遠い存在だからです。「MVNOにすると通信料金が安くなる」という言葉のみが独り歩きした結果とも言えます。

以前のコラムでもお伝えしたように、2017年3月時点での日本における移動体通信サービス全体の契約数に占めるMVNOサービスの契約数の比率は9.4%に達しており、現在はすでに10%を超えている可能性もあります。真の意味でのキャズムを超えることなく流行りの状態のままサービスが広がってしまうと「MVNOは安いだけの低品質サービス」、「何もしてくれないなら大手キャリアでいい」といった認識で終わってしまう危険な状況に陥りつつあるのかもしれません。

■苦しい台所事情と限られたリソース
1月15日には総務省による有識者会合「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」の第2回が開催されましたが、その席上でも全国消費生活相談員協会や全国地域婦人団体連絡協議会の各代表から分かりやすいサービスの説明や質の高いサポートを求める声が上がった一方で、MVNO各社や野村総研などは「MVNOには安いなりの理由がある」、「サポート努力はしているがすべてをサポートするならめざす先はMNOになってしまう」と、MVNOとしての台所事情の苦しさも露わにしていました。

事実、mineoや楽天モバイルといった大手MVNOであってもいまだに事業の黒字化に苦しんでいるのが実態であり、現状の料金体系を維持しつつサポート体制を充実させるだけの予算も体制も整わない状況です。それでも楽天モバイルなどは公式WebサイトのFAQやサポート用チャットボットの導入などによってコールセンター業務に掛かる負担を減らし、コストを抑えつつ消費者トラブルも低減させていく施策を事業概況説明会でプレゼンするなど、消費者のリテラシー向上と理解度の浸透に腐心している様子が伺えます。

過去記事:楽天モバイルの事業概況説明会が実施!事業の買収に伴うFREETEL SIMユーザーのスーパーホーダイへの乗り換え施策なども発表【レポート】


契約者数の増加とサポート体制増強の問題はどんな企業でも常に頭を抱える難題だ


■MVNOが「第2のパソコン」とならないために
MVNO界隈に限らず、現在の携帯電話業界全体が抱える消費者トラブルやクレームの問題を俯瞰していると、かつて日本でWindowパソコン(PC)ブームが起きた頃を思い出します。当時それまでビジネス用途や一部のデジタルギークが楽しむ程度であった「パソコン」はMicrosoftの「Windows 95」が発売されたことで一気にブームとなり、日本の大手電機メーカー各社を巻き込んだPC市場の拡大が社会現象にまで発展しました。

しかしその実態は惨憺(さんたん)たるもので、PCを買ってはみたが使い方が分からない、インターネット以外の何に使えばいいか分からない、メンテナンスやアップデートなどの知識がまったくなく壊れて使えなくなったといった声で世間は溢れ、当時「今年買った無駄なものランキング」の上位にPCがランクインするほどの「不人気家電」扱いとなってしまいました。

その後もPCを売るばかりでリテラシー教育に力を入れなかった業界側の姿勢やPCに対する知識を身につけようという姿勢のないユーザー側の認識の甘さが長く続いた結果、日本では「ホームPC」や「リビングPC」として何度も業界側から普及促進が図られたにもかかわらず真の意味で家庭にPCが浸透することはなく、そうしている間に手軽で便利なスマホにカジュアルな利用シーンの全てを奪われてしまいました。

20年かけても世の中に「PCは使えて当然」という風潮すら醸成できなかったのですから、昨今の若者の中に「PCなんて要らない」、「スマホで十分」と考える人が現れ、社会人になってから「PCが使えない」と焦る人が出てきたとしても無理はありません。


便利なはずのPCも、使い方が分からなければ高価な粗大ゴミである


現在のMVNOには、そんな「今年買った無駄なものランキング」の仲間入りをしてしまう不安を感じるのです。多くの人は知識なく道具を使うことの危険性を考えようともしません。とはいえスマホに使われているIT技術の細部まで知るべきだといったような話ではありません。もっとシンプルに、なぜ通信料金が安いのか、安い理由となっているリスクはどの程度なのかといった知識を身につけ、リスクが顕在化した時に備えておく覚悟と認識が必要だということです。

筆者はMVNOを使い始めて1年以上になりますが、これまでのところ想定していた以上のリスクには幸い遭遇することなく便利に使い続けられています。それまでauに支払っていた月額8,000円近い通信料金は月額2,000円以下に抑えられ、さらにiPhoneの購入費用も下取り価格との差額などを含めるとSIMフリー版の方が安く、トータルとして昨年は10万円近いコスト削減ができました。

MVNOは正しく使えばとても便利でコストパフォーマンスの非常に高い通信回線となります。それだけに単なるブームで終わり「MVNOは使えない」、「安かろう悪かろうの商品」などと揶揄され市場が縮小してしまうことを強く懸念するのです。振り返れば日本のPC市場は大きく後退し、国内PCメーカーも多くが撤退を余儀なくされ、もはや風前の灯です。それはPC業界がユーザーを育ててこなかった代償かもしれませんが、本来はメーカーや業界だけに責任を押し付けて話が終わるような問題ではなかったはずです。

MVNOのリテラシー問題もまた、MVNOサービスを運営する企業にのみ責任を押し付けるべき問題ではないと筆者は考えます。なにより、莫大なコストをかけられるはずの大手MNOの直営店ですら週末ともなればアフターサポートとクレーム対応で長蛇の列を作る時代です。既に業界側でできる施策の限界が見えているのです。ユーザー自らの「道具の使い方を学ぶ姿勢」が問われる時期なのかもしれません。

そういった「ユーザー自らが学ぶ姿勢」を後押しする啓蒙活動のための媒体として、そしてまた情報の発信源として、メディアがもっと強く存在意義を主張すべきなのではないかと、筆者も本コラムを執筆しつつ自らの仕事について今一度振り返ってみた次第です。


読者を煽るだけがメディアの仕事ではない……と思う


記事執筆:秋吉 健


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