東京都北区のマンション「パークホームズ赤羽西」には、ピッチャーズマウンドが併設されている(記者撮影)

1月27日に配信した「体育館に茶室、マンション共用部が凄すぎる」では、マンションの共用部を使って住民や地域のコミュニティを取り戻そうとする取り組みを紹介した。

共用部の進化はそれだけにとどまらない。マンション全体を特徴付けるような、新しい共用部が次々に誕生している。

ピッチャーマウンドのあるマンション

最寄り駅となる都営三田線「本蓮沼」から、徒歩7〜8分の地に位置する「パークホームズ赤羽西」。1階の集会場に面した外に、一風変わった共用施設がある。

リトルリーグ仕様と同じピッチャーマウンドだ。ピッチャープレートからホームベースまでの距離は14メートル強。すでにピッチャープレートに接する土は一部がえぐられており、投げ込んだ跡もみえる。

「おカネもかからず、楽しく住める」。そんな施設を目指して知恵を絞ったと話すのは、発案者である三井不動産レジデンシャル都市開発二部の岡部淳郎・開発室主管だ。

「パークホームズ赤羽西」は、五輪強化拠点である「味の素ナショナルトレーニングセンター」や、東京ヴェルディの準本拠地であるサッカー場にも近い。近所には公園も多いが、ほとんどの公園はボールを投げたり、蹴ったりするのは禁止されている。

一方で、ボールをうまく投げられない子どももたくさんいる。岡部氏が子どものころは、庭先で親と楽しくキャッチボールをした。そういう楽しい思い出もつくって欲しい。それではどうすればいいか。自分の家に運動できる場所があればいいのだ、と思いついたという。

岡部氏は「マウンドを導入したのは、自分自身が野球をやっていたから」と、照れ臭そうに笑う。ただ、(導入には)賛否両論あった。特に運動をやらない女性社員からは、共用部が運動系に偏りすぎと批判された。しかし、何を作ろうと、いつも反対意見は出てくる。ならばと、自分の信念を通すことに決めた。

作るからにはと、土にもこだわった。マウンドは神宮球場や福岡ヤフオクドームなど、プロ野球でも使われているものだ。仕掛けはマウンドだけではない。多用途で使える空間を意識し、ホームベースからマウンドまで人工芝を敷き詰めた。そのもくろみは当たり、キャッチボールだけでなく、バトミントンをしている親子もよくみかけるという。


「パークホームズ赤羽西」にはボルダリングルームもある(記者撮影)

入居者も年を取る。子どもたちが小さいうちはいいが、長ずるにしたがってマウンドが小さすぎて見向きもされなくなる可能性は高い。時間が経過すれば無用の長物と化すのではないかとの懸念もある。

しかし、マウンドは土を固めただけのもの。メンテナンス費用や解体に莫大な費用がかかるわけではない。スコップで掘り返せばすぐに元に戻せる。使う住民がいなくなれば、管理組合が率先して平らにならせばよい。

住む人にとって価値あるものと考え作ったマウンド。思いはムダではなかったようだ。休日の昼間などには、笑顔がこぼれる親子の姿が見られる。

企業と提携しライブラリーを設置

最近、共用部でひとつのブームとなりつつあるのがライブラリー(図書館)だ。昔は装飾品として本が置かれることが多かったが、今はあくまで実用を兼ねた施設と位置づけられている。

2017年10月に全棟が竣工し、現在も販売中の総戸数630戸超となる東京・大田区の「プラウドシティ大田六郷」。ここに設置されたライブラリーは、中古本販売首位のブックオフコーポレーションと提携して運営されている。


「プラウドシティ大田六郷」に設置されたライブラリー(写真:野村不動産)

仕組みはこうだ。1世帯当たり月90円の管理料で、月に約20冊の雑誌と3カ月に約50冊の書籍を購入する。貸し出しアプリを活用して、メンテナンス費用ゼロで蔵書の管理を可能とした。その結果、読まれない本、貸し出された形跡のない本が履歴となって残り、不要となった本をブックオフが回収する。

最初は7000冊からスタートするが、入居者のリクエストに応えつつ、将来は1万冊の蔵書を目指す。あまり知られていないが、ブックオフは新刊書店の青山ブックセンターも展開しており、本の選定は同センターがアドバイスする。たとえば共有部にあるランドリー室には気軽に読める本、カフェテリアにはじっくり落ち着いて読める本といった具合だ。

マンションの開発者である野村不動産住宅事業本部の東伸明課長は、開発に先立って、近くの商店街を含め近隣1000軒以上を訪ねた。そして、この地域の来歴や課題など話を聞いて回ったという。課題の1つに挙がったのが、最寄り駅である京浜急行本線「雑色駅」周辺に図書館も書店もないことだった。

一方で、東氏はまったく別件でブックオフの担当者と話す機会があり、同社がお客が来るのを待つ営業形態を変えたいという思いを持っていることを知った。マンションと書店のニーズ。それらを合わせてライブラリーはできた。

東氏の構想はこれで止まらない。ブックオフは100%のリユースを目指す会社で、家電製品のリユース品も扱う。いずれは家電関連まで取り扱いを拡大し、生活の幅を広げることを狙う。「マンションを軸にこうした企業連携ができれば、他の物件にも応用できる」(東氏)と、早くも次の物件に向けた構想が膨らんでいるようだ。

「住むだけで健康になる」マンション

「ハードだけを提供して、後は住む方の自由にしてくださいとすると、飽きられるのも早い。作り上げたハードをいかに活用できるか、仕組みが重要だと思う」。そうしみじみと語るのは、大和ハウス工業マンション事業推進部の瀬口和彦・商品企画グループ長だ。

約3万5000平方メートルの敷地に開発されている総戸数914戸の「プレミスト湘南辻堂」は、湘南エリアで最大規模の超大規模マンションだ。その出色な取り組みが、フィットネススタジオとIoT技術、AI(人工知能)を活用した「住むだけで健康になる仕組み」づくりだ。


「プレミスト湘南辻堂」に設置されたフィットネススタジオ(写真:大和ハウス工業)

マンションの外周にはキロポストが刻まれたウォーキングコースが設けられ、コースの各所にはストレッチなどができる健康器具も配されている。さらに敷地内には、スポーツクラブ「NAS」が監修したフィットネススタジオを完備している。

だが、これらの施設があるから「住むだけで健康になる」わけではない。「運動しなきゃ」と思わせる仕組みが組み込んであるのだ。

入居時には、全戸にリストバンド型のウェアラブル端末が配られる。一方、敷地内には各所にセンサーやデバイスが敷設されており、マンション内でウォーキングやランニングをしたり、フィットネススタジオで汗を流したりしたときに、ウェアラブル端末を通じて、活動量がクラウドサーバー上に記録されるのだ。

そして記録された運動データを基にAIが個人ごとの運動量を解析。「フィットネスジムであと10分、エアロバイクを漕いだほうがよさそうです」など、その日の運動量に応じて細かいアドバイスを受けられる。

「プレミスト湘南辻堂」は、最寄り駅の東海道本線「辻堂駅」から徒歩10〜11分とやや遠い。そこで瀬口氏は「弱みを強みに変えるにはどうしたらいいか」を考えたという。距離があるということは、歩かなければならない。毎日、単に同じ道を歩くのではなく、これが健康につながっているのだと考えてもらえばいい。そこで、歩いた歩数が確実にフィードバックする仕組みを考え、行き着いた答えが「住むだけで健康になる」だった。

引き渡しは2019年度に入ってから。実際に入居した人に感想を聞くのが楽しみな物件でもある。

地下にゴルフシミュレーター

ゴルフ好きにとって魅力的な施設を備えたマンションもある。たとえば、神戸市で圧倒的な強さを誇る和田興産が2015年5月に竣工した「ワコーレ舞子グランテラス」。山陽本線「舞子駅」から徒歩約9〜10分、総戸数143戸という大規模マンションだ。このマンションの地下には、パーティルームに併設する形でゴルフシミュレーターが備え付けられている。


ゴルフシミュレーターは3時間500円で利用できる(写真:和田興産)

竣工当時は兵庫県で初お目見えとあって、地元紙でも大きく取り上げられた。開発者である分譲マンション事業部大阪営業所の石田亮二副課長自身も大のゴルフ好き。「自宅マンションでパーティでもしながら、集まった仲間とゴルフの練習ができれば楽しいだろうなぁ」という発想から、導入を思いついた。

地下に造ったため、容積対象外床面積として扱われ、専有面積を削ることなく多目的室を設置。費用対効果も上った。3時間500円という割安な利用料もあって、週末ともなると必ずといっていいほど予約が入るという。

ただ、過去には共用施設が無用の長物と化してしまった例もある。

都内で営業職をつとめる30代の大橋義明さん(仮名)は、中古でスパ付のマンションを購入した。だが、利用する住民がいないのに、費用ばかりかかるという理由で、入居したその年に理事会で廃止が決まってしまった。「よく考えてみれば、いまはご近所で裸の付き合いをしようと思う人などほぼいない。廃止も当然だったかもしれない」(大橋さん)。

同じような問題に直面したのが神奈川県にある「ザ・パークハウス横浜新子安ガーデン」だ。総戸数497戸の同マンションで問題になったのは、シアタールームだった。

シアタールームには、大型スクリーンに最新の音響設備が備え付けられ、防音も完備している。しかも室料は1時間400円と格安だ。にもかかわらず、ほとんど利用されていなかった。このままでは開かずの間、メンテナンス費用だけがかかる負の遺産と化すのも時間の問題だった。

カラオケルームに進化

そこで理事会は知恵を絞り、持ち運び可能な中古のスピーカー付きカラオケ機器を購入。完全防音という特徴を生かし、シアタールームをカラオケルームとしても使えるようにしたのだ。購入したカラオケ機器はポータブル式なので、組合総会やクリスマス会などで拡声器としても活用できる。


「ザ・パークハウス横浜新子安ガーデン」のシアタールーム。いまはカラオケルームとしても使える(記者撮影)

このカラオケ機器の導入が功を奏し、徐々に利用者も増えてきた。特に小学校低学年か学童の子どもと一緒の親子連れが増えたという。すべてをデベロッパー任せにせず、「自分たちの所有物」という意識の下、管理組合が知恵を出しあうことで問題は解決できる、という好例といえそうだ。

「社内調整がいちばんの難関だった」。特徴ある共用部を作ってきた開発者たちからは、異口同音にこのような言葉が飛び出した。企画段階から「何をやりたいのかわからない」「それを作ったからどうなる」など辛辣な言葉を浴びた人も多い。「壁はまず社内にある」との名言も飛び出す。

特徴ある共用部は作るときから軌道に乗せるまで、担当者をはじめとする大きな熱量が必要になる。逆に言えば、特徴ある共用部がある施設は、それだけ熱意のある開発担当者がいた、という証かもしれない。

住友不動産やプレサンスコーポレーションのように、共用部には力を入れない、と最初から明言するデベロッパーもいる。専有部は購入した後でもおカネさえかければ、どれだけでも変えることはできる。だが、共用部は後から新たに作ることはほぼ不可能だ。金食い虫で負の遺産となるような共用部は問題外だが、ユニークな共用部はきっと生活を豊かにするはずだ。