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正月明けの閑散期に「週末1位」となったのは、災害パニック映画の『ジオストーム』です。吹き替えキャストにブルゾンちえみを起用し、テレビCMでは「海が凍り、飛行機が凍り、そして彼氏も凍った」と笑いを取るなど、宣伝はコミカル路線でした。なぜ「災害」より「笑い」をとったのでしょうか――。

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『ジオストーム』

■製作国:アメリカ/配給:ワーナー・ブラザース映画/公開:2018年1月19日
■2018年1月20日〜1月21日の観客動員数:第1位(興行通信社調べ)

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■世界中の大都市が異常気象に見舞われる

1月19日から公開された『ジオストーム』が、同週末公開の日本映画『嘘を愛する女』を破って初週末1位となりました。これにより、5週連続で1位をキープしていた『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が、ようやく3位に陥落した格好です。

『ジオストーム』の舞台は気象コントロール衛星で全世界の天気が管理されている近未来。その衛星が何者かによってハッキングされ、世界中の大都市が異常気象に見舞われてしまいます。衛星の開発者である主人公の科学者は宇宙に旅立ち、衛星の暴走を止めるべく奮闘しますが……。良くいえば安心感のある展開。悪くいえば、この手の映画としてはやや「ありきたり」です。

『ジオストーム』は、映画界では「ディザスタームービー(災害映画)」と呼ばれます。自然災害や巨大事故などを大掛かりなVFX(視覚効果)で描き、引き起こされるパニックの中に人間ドラマを見出すもの。端的に言えば「見世物映画」です。

ディザスタームービーの歴史は長いのですが、直近では1990年代後半から2000年代前半にブームが起こりました。CG技術が飛躍的に進化したことで、未曾有の自然災害を圧倒的なリアリティをもって描けるようになったからです。

代表的な作品としては、巨大竜巻を描いた『ツイスター』(96年、配収23億円)、彗星の地球衝突危機を描いた『ディープ・インパクト』(98年、配収47.2億円)、海上の大嵐を描いた『パーフェクトストーム』(00年、興収36億円)、地球規模の氷河期を描いた『デイ・アフター・トゥモロー』(04年、興収52億円)など。日本映画でも『日本沈没』(06年、興収53.4億円)という大ヒット作がありました。

*配収(配給収入)を2倍するとおおむね興収(興行収入)に換算できる。配収・興収ともに一般社団法人日本映画製作者連盟の発表より

2000年代後半以降、ディザスタームービーにかつてほどの勢いはありませんが、確立されたジャンルとしては存続しています。2009年には地球規模の地殻大変動を描いた『2012』が、興収38億円という好成績を残しました。

■監督は日本では「ほぼ無名」

ディザスタームービーには、著名な俳優や監督が関わっていないことも少なくありません。『ジオストーム』の監督は日本では「ほぼ無名」。出演俳優たちも、名前だけで大量に集客できるほど十分に知名度の高い布陣とは言えません。

『ジオストーム』の一番のセールスポイントは派手なVFXなのです。予告編やTVスポットでは、リオのビーチがまたたく間に凍って人間が次々と犠牲になるシーンをはじめ、アスファルトの道路で卵が焼ける香港、竜巻に見舞われるムンバイ、巨大な雹(ひょう)で破壊される東京、超巨大津波に襲われるドバイのシーンなどがピックアップされていました。観客はこれを観たくて劇場に足を運んだはずですし、宣伝を指揮した日本の配給会社もそれをよくわかっているのです。

さらに、『ジオストーム』はベストセラー原作があるわけでも、「スター・ウォーズ」や「ハリー・ポッター」のような大ヒットシリーズの最新作でもありませんから、知名度ゼロから宣伝をスタートさせなければなりません。そんななか、配給会社が宣伝のウェイトを「VFX1本」に絞ったのは、セオリー通りの賢明な判断だったと言えるでしょう。

■閑散期の「ファースト・チョイス」になる方法

本作が「週末1位」をとった理由として、映画興業の閑散期である1月後半に公開されたことも重要です。

配給会社は繁忙期であるゴールデンウィーク(4月後半公開)や夏休み(7月公開)、正月興行(12月公開)に合わせて超大作を仕込み、子供たちが春休みに入る3月には売れ線のキッズ作品を仕込みます。逆に、正月興行が一段落した1月後半〜2月や秋口は閑散期です。

映画館の数やスクリーン数は決まっていますから、出演俳優や監督の知名度が低く、ベストセラー原作もなく、人気シリーズの最新作でもない『ジオストーム』は、何本もの超大作が多くのスクリーンを占有する繁忙期には、十分な公開館を確保できません。チケット売上で生計を立てている劇場側が「より確実な集客を見込める」作品に多くの館を空けるからです。だからこそ、閑散期である1月3週目の週末に公開されました。

それに、無理に繁忙期に公開できたとしても、集客が最大化できないのは目に見えています。なぜなら、人が映画館に行く頻度やタイミングは限られているからです。1ヵ月に何度も映画館に足を運ぶ人は、よほどの映画好きです。「映画が趣味」という人でも月1〜2回でしょう。興収を稼ぐためには、この「月1〜2回」に選ばれなければいけません。

興行界には「ファースト・チョイス」という概念があります。今この瞬間に公開されている映画の中で、「最初に選ばれる作品」になるためにどうすればいいか、という話です。『スター・ウォーズ』のような大人向けの強力な作品が公開されている時、他の大人向け作品は「ファースト・チョイス」になりにくいので、公開日をなるべくずらします。『ドラえもん』のように強力なキッズ作品が公開されている時、同様に他のキッズ作品は公開日をずらします。

『ジオストーム』が閑散期公開なのは、与えられた条件下で最大の集客を得るための、当然の方法なのです。1月3週目の週末というのは、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』をはじめ、他の有力なお正月映画の初動の勢いが落ちてくる絶好のタイミング。ここに『ジオストーム』はうまく潜り込み、見事1位となりました。

『ジオストーム』の初動の数字(初日3日間で約3億円)から考えると、最終的な興収がメガヒットの域に達する可能性は低いですが、それでも1位は1位。言葉は悪いですが、うまく「繰り上げ当選した」と言えるのです。

■「コスパのいい暇つぶし」としては誠実

しかしどれだけ興行側が仕掛けても、観客に「観たい」と思われなければ、興行としては失敗です。先ほど、『ジオストーム』について「ありきたりのストーリー」「見世物映画」「『ほぼ無名』の監督」「知名度の低い出演俳優」と書きました。そうした作品に1800円を払って観に行くのは、映画体験としては「コスパが悪い」と思われるかもしれません。

しかし『ジオストーム』は、そう考える人に向けた映画ではないのです。極論すれば、「好きな監督や俳優がいて、彼らの最新作を常にチェックする」「過去のアカデミー賞受賞作をさかのぼって観る」ような人たちには、観てもらわなくてもいいのです。

映画にはいろいろな機能があります。熱心な映画ファンは、難解な社会問題をシビアに照射した作品や、斬新で実験的な演出に挑戦した作品が観たいと思うでしょう。原作ものであれば原作と映画版との違いをああだこうだと論じ、人気シリーズ最新作ならば過去作を観ていればニヤリとできるセリフやシーンのうんちくを語りがちです。

しかし、時にそうした映画は「なんか、めんどくさい」という印象も我々に与えます。事前準備も前提知識も、「作品に向かい合おう」などという大仰な心構えも必要もなく、ただただ即物的に2時間を退屈させないコンテンツ。そうした「コスパのいい暇つぶし」として映画を観たくなることもあるでしょう。

多くの人間には、(もちろん筆者にも)映画に限らず、そういう娯楽――土曜の午後にポテトチップをコーラで流し込みながら、何も考えず興じるような「コスパのいい暇つぶし」――が必要です。人生のすべての時間を向上心で埋めようとすれば、疲れてしまいますから。『ジオストーム』はそういう人間の欲求に、誠実に応えました。「週末1位」は必然なのです。

■ブルゾンちえみの起用は必然だった

『ジオストーム』の配給会社は、同作の消費シーンをわかっていたからこそ、日本版主題歌にB'zのアッパーな楽曲を起用し、プロモーションに売れっ子実演販売士のレジェンド松下氏を起用し、日本語版吹き替えキャストのひとりにお笑い芸人のブルゾンちえみを起用しました。リオのビーチが凍るシーンに「海が凍り、飛行機が凍り、そして彼氏も凍った」という日本語ナレーションを重ね、視聴者の笑いを誘うTVスポットも作りました。

このようなプロモーション方針が「熱心な映画ファンに向けた作品として映画を鑑賞してもらおう」ではなく、「バラエティ番組的に消費してもらおう」なのは明らか。本作が、少なくとも日本市場においては、格好の「コスパのいい暇つぶし」として機能しうることは、配給会社自身が先刻承知であるということです。果たして、目論見通りに多くの観客を劇場に集めることができました。

ただ、このような割り切った宣伝は『ジオストーム』のような映画には合致しますが、ごくたまに悲劇を招きます。配給会社が「バラエティ番組的な消費」を目論んで宣伝を仕込んでいるにもかかわらず、その作品に興味を抱いている層が「熱心な映画ファン」を自認している場合です。

たとえば2017年8月に公開された『ワンダーウーマン』は、日本での宣伝展開時に乃木坂46を起用して「バラエティ番組的な消費」を促しましたが、一部の映画ファンから「自立的な女性主人公を描いた作品なのに、男性に媚びるような楽曲(『女は一人じゃ眠れない』)をタイアップ曲にするなんて、作品を冒涜している!」といった怒りの声が上がっていました。

とはいえ配給会社としては、そのような反発も想定内でしょう。なぜなら、彼らがいくら怒ろうとも、なんだかんだ言って彼らは『ワンダーウーマン』を観に来てくれるからです。それよりは、『ワンダーウーマン』に1mmも興味がなかった層に、「乃木坂46」で少しでも注意を引くほうが、集客の上乗せにつながります。

もちろん配給会社としては、「熱心な映画ファン」も、映画を「コスパのいい暇つぶし」扱いする客も、どちらも大事なはずです。ただ、限られた宣伝リソースを何に集中させて集客を最大化するかという話になれば、ドライなビジネス判断を下さざるをえません。『ジオストーム』がその判断によって一定の成果を挙げている以上、この手の作品は今後も引き続き作られ続けるのではないでしょうか。

(編集者/ライター 稲田 豊史)