樫本大進 ベルリン・フィルハーモニー交響楽団第一コンサートマスター

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大前研一氏が「今、一番注目する日本人」と言うのが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 第1コンサートマスターの樫本大進氏である。38歳の樫本氏は、30歳のときから現在のポジションでチームをまとめ上げている。今回、『大前研一 日本の論点2018〜19』(プレジデント社)の刊行を記念して、両氏の特別対談をお届けする。テーマは「世界で活躍できる人の条件」だ――。

※本稿は、『大前研一 日本の論点2018〜19』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■早稲田大学のオケでクラリネット

【大前】今、ダニエル・ハーディング(英オックスフォード出身の指揮者。パリ管弦楽団の音楽監督)を聴いてきたんですよ。

【樫本】パリ管弦楽団(愛称はパリ管)の東京公演ですか。

【大前】そう。パリ管は学生時代に聴いて、ものすごく興奮したことがある。東京文化会館の空気に色が付いたような感じがしましたね。

【樫本】そうですか(笑)。

【大前】私、当時、早稲田大学のオーケストラでクラリネットをやっていたので、あそこはよく使ってましたが、あんなに興奮したのは初めて。その後、2、3回行きましたけど、あんな感激はしてない(笑)。

【樫本】僕も2013年、サントリーホールでパリ管を聴きました。素晴らしかったです。サン=サーンスの『オルガン付き(サン=サーンス 交響曲第3番ハ短調作品78)』で。

■東京藝大を受けようと勉強していた

【大前】私、以前にベルリン・フィルのオクテット(八重奏)を聴きに行ったことがあるんだけど、あの時は樫本さんじゃなかったですね。またオッテンザマーというクラリネット奏者が親子3人で共演していたのも聴きに行ったことがある。

確か、一人はおたくのオケの首席奏者ですよね(オッテンザマーはオーストリアの名門音楽一家。父親エルンストと長兄ダニエルはウィーン・フィルのクラリネット首席奏者。次男アンドレアスはベルリン・フィルの首席奏者)。

【樫本】そうです。やはりクラリネット、お詳しいですね。

【大前】本当にすごい演奏だった。私も長い間クラリネットをやってますけど、商売に選ばなくて本当によかったと思いました。

ジャック・ランスロ(フランスのクラリネット奏者)の名前を冠したクラリネットの登竜門(ジャック・ランスロ国際クラリネットコンクール)が2年に1回あって、ランスロの故郷であるフランスのルーアンと日本の横須賀で交互に開かれる。

14年に横須賀でやったときに招待されて聴きに行ったんですけど、150人くらい参加者がいて、まあ、みんな上手い。死ぬほど上手い。

【樫本】(笑)

【大前】私、東京藝大を受けようと思って勉強していたんです、高校時代。でも友達に「商売にしたら趣味じゃなくなるぞ」と言われて、趣味をキープするためにやめた。実際、商売にしなくてよかったとつくづく思いました。

樫本さんみたいに若い頃からとんとん拍子のように見える人がいれば私なんかとっくにやめてたんですけど、当時、クラの若手であまりすごい奏者はいなかった。今は若い人も、めちゃめちゃ上手い。

【樫本】アンドレアス・オッテンザマーも21歳か22歳くらいでベルリン・フィルの首席奏者になってますからね。本当にすごいですよ。

■デジタルコンサートはすごい企画

【大前】ベルリン・フィル、自宅のホームシアターで毎日のように見ているんですよ。

『デジタル・コンサートホール(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏をリアルタイム配信する会員制の有料映像サービス)』ね、臨場感が素晴らしい。

【樫本】ありがとうございます。

【大前】カメラアングルが最高。NHKのコンサート映像はちんたらしているんだよ。ソロが終わった頃にカメラ振ったり。ベルリンのカメラワークはいいですよ。

【樫本】遠隔操作のビデオカメラが7台。カメラ自体もすごくいいものを使っているみたいです。音響にもこだわっているので、音のクオリティも高いと思います。

【大前】コンマス(コンサートマスター)のところにはなかなかカメラは行かないのね。

【樫本】そうかもしれないです。全然来ないです。基本、デジタル・コンサートホールでは女性を映します(笑)。だから実際にコンサートホールに来られる方は、「あれ? もっと女性がいっぱいいると思ったのに」と思うんですよ。実際、女性の正団員は結構少なくて、15〜16人しかいませんから。

【大前】そうなんだ。ハープの人は顔が映らない。反対側から撮るから手ばっかり。ハープの女性って、大体、美人のイメージがあるじゃない? 髪が長くて。だから「カメラ、こっち行け、こっち行け」っていつも思うんだよね。なかなかやってくれない(笑)。

【樫本】そうそうそう。美人さんですよ、でも。

【大前】それにしても自宅のリビングでベルリン・フィルのライブが思う存分聴ける。

デジタル・コンサートホールはすごい企画ですよ。観に行きたくてもベルリン・フィルのチケットなんかほとんど買えないからね。

【樫本】ありがとうございます。

■樫本ファンとしては見ていて疲れる!

【大前】この間聴いたマーラーの7番(交響曲第7番)もよかった。日本で聴くマーラーは、バリトンとかがあそこまで力強くない。マイクのせいかどうかわかりませんが、もうちょっとね、「大地の歌」(マーラーが9番目に作曲した交響曲。管弦楽伴奏の6つの歌曲で構成される)ですよ。

【樫本】「大地の歌」ですか(笑)。

【大前】コンマスというのは代理というか、何人かいるんですね。

【樫本】ベルリン・フィルは第一コンサートマスターが3人で、コンサートマスターが1人。

【大前】マーラーの7番のときは、背が高いコンマスだったな。

【樫本】新しく入った若いアメリカ人ですね。若いといっても僕より3つぐらい下ですが。

【大前】(ヴァイオリンを弾く真似をして)ちょっと、これをやり過ぎるよね。「一人で弾いているんじゃないんだから」って言っといて(笑)。

【樫本】いや、僕も(ヴァイオリンを弾くときに)結構、動きますから。

【大前】樫本さんの場合は、なんか他の人のことも気にしている感じがする。

【樫本】そうですか?(笑)

【大前】(オケのみんなは)結構、ボーイングなんかに関してもうるさいこと言うでしょ。そんなことない?

【樫本】結構、(僕は)みんなに意見を聞きながら進める優しいほうだと勝手に自分で思っています(笑)。

【大前】いや、その辺は見ていてわかる。

【樫本】ありがとうございます(笑)。

【大前】私が一番感激したのは、ヴィヴァルディの「四季」。樫本さん、立ってやっていたときがあるじゃない? 演奏と同時に指揮もやって。あれ、指揮者がいないんだよね。

【樫本】そうです。あれは指揮なしのグループ(ベルリン・バロック・ゾリステン)で。

【大前】あれは最高だね。もう最初から最後まで緊張の連続だもんね。

【樫本】曲も曲ですしね。

【大前】長いからくたびれるよね。四季のうち二季ぐらいで、もういいかって(笑)。座ってくれてればよいけど、立って指揮しながらやっているんで樫本ファンとしては見ていて疲れる!

■オーケストラにはすごくお金がかかっている

【樫本】弾きっぱなしですから。でも、楽しかったです。

【大前】あれはレコードになっている?

【樫本】録ろうかという話は進んでいますけど。

【大前】私は昔からベルリン・フィルが好きだったけど、デジタル・コンサートホールで茶の間に入ってきてからは、普及度が全然違いますよね。知名度も。

【樫本】それはそうかもしれない。

【大前】プレーの回数に応じて実入りがあるわけ? コミッションというか。

【樫本】いえいえ(笑)。

【大前】オーケストラに入っちゃうんだ。

【樫本】オーケストラもビジネス的には厳しいのではないでしょうか。すごくお金がかかっているようですし。

【大前】もう赤字じゃないでしょう。

【樫本】いや、どうでしょう。スポンサーがついているから続けていられるんだと思います。ドイツ銀行、今大変な状況ですけど、あそこがすごく支援してくれています。

■ドイツは100回くらい行った

【大前】先日もオッテンザマーがウエーバーのクラリネット協奏曲をやっていたけど、いくら金を払ってもいいくらいの名演だった。値上げしても僕なんかはついていくけどね。ところで、私もドイツは100回くらい行っているけど、樫本さんはドイツの田舎で育ったんですよね。

【樫本】はい。日本の幼稚園に通って、父の赴任先のニューヨークで6年過ごし11歳からドイツ北部のリューベックというところで暮らし始めました。すごくきれいでかわいらしい街なんですけど、本当に田舎です。リューベック在住のザハール・ブロンというロシア人の先生に9年間師事して、それから音楽院で勉強するために南ドイツのフライブルクに移りました。

【大前】ドイツの田舎というのは、どこに行ってもきれいですよね。

【樫本】古びた教会があって、街づくりがとてもきれいで。

【大前】田舎の街はよく似ている。そもそもドイツは大きな街がないですね。

【樫本】そうなんですよね。

【大前】ベルリンが若干大きいくらい。

【樫本】ベルリンは本当に大きいですね。人は少ないですが。

【大前】世界の中心にしようと誰かさんが作ったわけだから(笑)。チェックポイント・チャーリー(ベルリンが東西に分断されていた時代の国境検問所。1990年まで存在した冷戦のシンボルであり、現在はベルリンの観光名所)って覚えてますか?

【樫本】はい。

【大前】90年10月の再統一であそこが開いて、トラバント(東ドイツで作っていた大衆車)なんてけったいなクルマに乗って西ベルリンに入った東ドイツの人たちはみんな感激していましたよ。

【樫本】でしょうね。あれは奇跡ですね。

【大前】樫本さんはあのとき、もうドイツにいたの?

【樫本】1年前、89年からです。

【大前】ベルリンもすっかり観光地になって。

【樫本】でもチェックポイント・チャーリーは相変わらずそのまま残してますから。

【大前】(ベルリンの)壁の石、私も持ってます(笑)。樫本さんの今のお住まいは?

【樫本】ベルリンです。1年の半分くらいは。

【大前】旧東(側)の部分?

【樫本】いえ。旧西(側)ですね。基本的に若い音楽家は東のほうに住んでいて、ちょっともう若くないという組が西なんです。

■ドイツの歴代首相は素晴らしい人が多い

【大前】東ドイツ時代、確かドレスデンだったかな。街の肉屋に入ったらソーセージしか売ってない。店主に聞いたら、1週間に豚が1頭くるんだって。さばいたら肉はあっという間に売れちゃう。くず肉をソーセージにするんだけど誰も買わないからそれだけ売れ残っている。当時は公害もひどかったからね。今は、旧東の部分もガラッと変わりましたけど。

【樫本】すごいお金を投じて、頑張っていますからね。

【大前】再統一のコストを皆で負担するということで、最大5・5%のサータックス(連帯付加税)も5年間、我慢して払いましたし。

【樫本】僕も払っていました。まだ一応、続いていますよ。

【大前】あれ? 5年で終わりの予定だったですよね。

【樫本】途中で中断されたこともありましたけれど、なんだかんだといって今でも続いてます。

【大前】再統一を成し遂げたヘルムート・コール首相にしても、今のメルケル首相にしても、ドイツの歴代の指導者は素晴らしい人が多いですね。よくまあ、あんな人が出てくると思いますよ。日本はいつまで経っても、ろくなのが出てこない。

■英語、ドイツ語、日本語と3つの言語を使い分ける

【大前】樫本さんが日本で生活していたのは幼稚園まで?

【樫本】はい。小学校からアメリカだったので。

【大前】そうすると語学をキープするのは大変だったんじゃないですか?

【樫本】大変でしたね。10代はもう全然日本語がしゃべれない状態。それこそデビューしたての頃は、日本語のインタビューなんて無理、無理という感じでした。

【大前】すごい進歩ですね。

【樫本】最近ちょっとわかってきたかなと(笑)

【大前】私は学生時代に通訳をやっていて、向こうの学校(MIT マサチューセッツ工科大学)にも行っていたから英語はできるんですけどね。それからドイツ語。昔、いいなと思うドイツ人の女優さんがいてね。

ロミー・シュナイダー(オーストリア・ウィーン出身の女優。西ドイツ、フランスの映画界で活躍)というんだけど。ああいう女性を口説きたいと思ってドイツ語を勉強した。

【樫本】ああいうタイプ、ドイツには滅多にいませんから(笑)。

【大前】だよね。マッキンゼーというコンサルティング会社に入ったらドイツの事務所が大きくて、よく呼ばれてシーメンスとかドイツ銀行のコンサルタントをやっているうちに、彼らのひそひそ話が少しわかるようになった。でも口説くチャンスはなかったね。ロミー・シュナイダーには会えなかった(笑)。

【樫本】滅多にいないタイプだからこそ、有名になったんでしょうね。

【大前】まあ、おかげでドイツ語を勉強して、タクシー運転手にごまかされない程度にはなったかな(笑)。樫本さんも英語、ドイツ語、日本語と3つの言語を使い分けているけど、メンテナンスが大変じゃない?

【樫本】ドイツに住んでいますしドイツ語は必要ですが、同僚はやっぱり英語が多いので英語で話す機会も多いし、家庭は日本語ですから。結構、3つとも普通に使ってますね。

■子どもには家ではなるべく日本語で話しかける

【大前】奥様(マリンバ奏者の出田りあ)はマリンバでしたね。

【樫本】そうです。

【大前】一緒にベルリンに住んでいるわけ?

【樫本】そうです。

【大前】お子さんは?

【樫本】子供もベルリンです。

【大前】ドイツ語?

【樫本】いや、まだしゃべれないので。1歳ですから。

【大前】このままいくとドイツ語?

【樫本】そうなるだろうと思います。だから家の中ではなるべく日本語で。じゃないと日本語を忘れてしまうと思うんですよ。

【大前】マリンバとヴァイオリンの組み合わせというのは、あまりいい曲がないですよね。

【樫本】ないですねえ。いろいろ調べたんですが、ギブアップしました。大きめの編成の室内楽で一緒にやったりはしているんですが、デュオはないですね。

【大前】ウチの奥さんはもともとニューイングランド音楽院でオーボエを吹いてたんです。私はMITのオケで吹いていて、彼女がトラ(エキストラ)で来ていた。来た途端に可愛い子だなと思ってね。私がドクターを取って日本に帰ってくるときにくっついてきた。19歳で日本にやって来て、すぐに結婚しちゃったので。

【樫本】ご結婚は日本で?

【大前】日本に着いた次の日です。

【樫本】すごいですね(笑)。

■我が家でブラームスの三重奏を演奏する

【大前】日本で生活するようになって国立劇場で江戸囃子を聞いたら、「あっちのほうがいい」と言い出してオーボエから篠笛に変わっちゃった。

能管(能や歌舞伎の囃子に用いられる管楽器)や龍笛(雅楽で用いられる管楽器)をやって藤舎名生(日本の横笛演奏家)という人の弟子にもなって藤舎露生という名取りです。今は中国の竹の笛(簫=XIAO)を習ってますよ。

【樫本】すごい。いろいろな楽器ができるんですね。

【大前】リコーダーも習いましたから。オランダのフランス・ブリュッヘンという世界的なリコーダー奏者の弟子が日本にいて、妻も私も習った。でも、リコーダーの演奏会ではお客さんが集まらない(笑)。

【樫本】それはちょっと難しいかもしれませんね。曲がそんなにいっぱいあるのかな。

【大前】いっぱいありますね。バロック時代のものなら本当にいっぱいある。デンマークの天才リコーダー少女と言われたミカラ・ペトリを我々もよく知っていて、来日中はウチにも泊まりにきてくれるんです。一緒に演奏したりしてね。我が家に50人くらい入るコンサートホールがありまして。

【樫本】すごいなあ。

【大前】コンサートホールがないと人が来てくれない(笑)。素人なのでチケットを売って人前でやるのとは全然レベルが違いますから、ウチでご飯をごちそうするくらいしてイーハン、リャンハンつけないと(笑)。麻雀用語ですけど、そのくらいしないと来てくれない。ブラームスの三重奏くらいは、そこでできますよ。

■一通りのレパートリーを弾くのに10年はかかる

【大前】この一年くらいベルリン・フィルを見ていて思うのは、最近ではシェーンベルク(アルノルト・シェーンベルク オーストリアの作曲家、指揮者。十二音技法の創始者)とか、結構アグレッシブに選曲しますよね。よく皆ついていけるなと思ってね。

【樫本】レパートリーは広いですね、やっぱり。一通りのレパートリーを弾くのに10年はかかると言われたこともあります。僕がまだ弾いたことがない曲もある。ただ、オーケストラ自体が128人いて、皆が乗っているわけではないですから。

【大前】分ける。分業する。

【樫本】分けるというか、乗り番(演奏会で奏者として参加する曲目)と降り番(奏者として参加しない曲目)があって、曲目で編成が変わってくるので。降り番休暇もよくあります。日本やアメリカのオケと違って、休みが多いです、ドイツは。

【大前】そうなんですか。だからバックアップというか……。

【樫本】誰かが病気になったら、誰か違う人が。

【大前】クラなんかも代わってますよね。そういう厚みがあるからレパートリーも広げられるわけだな。でも、たとえば私はニールセン(カール・ニールセン デンマークの作曲家)が好きなんだけど、あんまりやってない。

【樫本】ニールセンはあまりやってないですね。

【大前】ちょっとデンマークを馬鹿にしているんじゃない?

【樫本】いや(笑)、近いから。ではなく、サイモン(サイモン・ラトル ベルリンフィルの首席指揮者兼芸術監督)さんが、そんなにやらない作曲家なんです。ニールセンは。

【大前】なるほど。

【樫本】なぜかはわからない。シベリウス(ジャン・シベリウス フィンランドの作曲家)はやるんですが。

■ベルリンは基本的には音楽が好きな人たちが多い

【大前】グリーグ(エドヴァルド・グリーグ ノルウェーの作曲家)もあまりやらない。

【樫本】チャイコフスキーもやらないです。

【大前】我々が聴いたことがないようなレパートリーがある割には、その辺が少ない。

【樫本】そうですね。結構メジャーな曲をあまりやらないというのはありますね。日本のオーケストラはブラームスのシンフォニーやベートーヴェンのメジャーなシンフォニーを毎年やるじゃないですか。

【大前】そう。

【樫本】そういうのが、僕らはないんです。僕、ベートーヴェンの5番(交響曲第5番「運命」)、まだ弾いたことがない。ブラームスも、4つの交響曲のうち、3つしか弾いていないんです。

【大前】しかも1番と4番じゃなくて、2番をやったりね(笑)。

【樫本】そうそうそう。そうなんです。

【大前】日本は2番、3番は滅多にやらない。

【樫本】ですよね。もったいない。

【大前】マーラーでも……。

【樫本】1番、9番、5番ですか。

【大前】そう。ところがベルリン・フィルだと……。

【樫本】4番、6番、7番、8番もやりますしね。

【大前】だけど、よく客がついてくるよね。ベルリン・フィルだからしょうがないって感じなのかな。

【樫本】昔からそういう歴史なので。やっぱり、それはちゃんとついてきてくれますね。

【大前】あれでチケットが売れるのが不思議だなと思っているんですけど(笑)。

【樫本】チケットは一応どうにか。ベルリンは基本的に音楽が好きな人たちが多いので。文化人が多いですからね。

【大前】でも、終わったときに拍手できないで固まったままのお客さんも見かける。実は曲を知らない人も結構いるんだよな(笑)。

【樫本】(笑)。それもあります。ツーリストも来ますから。

【大前】第一楽章が終わると拍手しちゃう。

【樫本】大体ツーリストですね(笑)

■2万4000人入る音楽堂で年に1回、野外コンサート

【大前】野外の演奏会も見たことがあります。

【樫本】ベルリンに2万4000人くらい入るヴァルトビューネ野外音楽堂というのがあって、年に1回、6月下旬に野外コンサートをやっています。

【大前】夕暮れぐらいからやるでしょう。きれいですよね。

【樫本】絵としては最高です。

【大前】よく聴こえますよね。

【樫本】あれはでも、マイクを通してますから。

【大前】AV(音響機材)を使ってるんですね。

【樫本】「ピクニックコンサート」と言われているくらいで、本当に皆ピクニック感覚で、ワインとか食べ物を持ち込んで、飲みながら、食べながら、聴いている感じです。

【大前】私がMITにいた頃はボストン・ポップス(オーケストラ)がチャールズ川のほとりで野外コンサートをやってました。水際だから蚊がすごくてね(笑)。

【樫本】でも、時にはそういう雰囲気もいいですよね。

【大前】あとボストンの場合、タングルウッド(米マサチューセッツ州バークシャー郡レノックスで毎年夏に開催される世界的な音楽祭)がありますから。

私はボストンに3年いたので3回行きましたけど、最後の音楽祭のときにウッドストックというところでベトナム戦争反対のロックフェスティバルがあってヒッピーが20万人以上集まった。

タングルウッドとウッドストックは隣町だから、ハイウェーもヒッチハイカーで溢れてましたよ。ああいうのは日本ではあまりない。

■毎年、赤穂と姫路で行われるル・ポン国際音楽祭

【樫本】日本では屋外で演奏するチャンスはあまりないですよね。僕は毎年、兵庫県の赤穂と姫路で野外コンサートも行う音楽祭(ル・ポン国際音楽祭 樫本氏が音楽監督を務める)をやっているんですが、天候とか、やっぱり大変なんです。

【大前】何でそこなんですか?

【樫本】母の出身地が赤穂なんです。僕も子供の頃、遊びに行っていました。故郷みたいなものですね。

【大前】コンサートは年1回?

【樫本】赤穂で開始し、初めは毎年は予算が取れないということで、「2年に1回」というお話だったのですが、姫路市長が「空いているときに姫路でも」と言ってくださり。

【大前】じゃあ赤穂と姫路で交互に?

【樫本】しばらくは交互でしたが、毎年でなければ意味がないということで、2年に1回ではなくもう一緒に毎年やっちゃおうと。

【大前】コンサートホールはどちら側にあるんですか?

【樫本】ホールでの演奏会は両市で毎年やっています。オープンエアのコンサートは、毎年各市で交互に。だいたいは会期前半は赤穂で後半は姫路に移動します。オープンエアは、赤穂では赤穂城跡、姫路では姫路城の前でやったり、山の上にあるお寺(書写山圓教寺)をバックにしたり。面白い音楽祭ですよ。

【大前】日本でクラシックの音楽フェスというと、長野の松本(セイジ・オザワ松本フェスティバル)や大分(別府アルゲリッチ音楽祭)が有名ですね。

【樫本】規模が全然違いますよ。僕らの音楽祭は参加アーティストが14人くらいで、こぢんまりやっている。松本はオーケストラもあって、オペラもやっちゃいますから。

【大前】そうすると赤穂、姫路はだいたい室内楽?

【樫本】室内楽です。シンフォニーだけではなく室内楽にも親しんでもらいたいと思って。

【大前】樫本さんの音楽祭だったら必ず集まる。これはもっと言わないとダメですよ。

【樫本】チケットは幸運なことに、いつもよく売れています。

【大前】地元の人が多い?

【樫本】半分くらいは地元の方かな。できるだけ地元の方にも来ていただきたいですが、やはり東京からも来られますね。今度、是非いらして下さい。楽しい音楽祭ですから。

■自分を中心に宇宙が回っている感じ

【大前】1年の半分はベルリンで、あとは世界中を回って日本にも定期的にやって来る。くたびれないですか?

【樫本】まあ、時差ボケはありますね。

【大前】飛んじゃったりしてね。

【樫本】時々ありますね(笑)。

【大前】私らはアマチュアオケだからどうってことないけど、一度、北海道でシューベルトの8番(交響曲第8番「未完成」)をやるときに、あれはA管(吹奏楽など一般的に多く使われるクラリネットはB管。オーケストラではB管よりも半音低いA管のクラリネットも使われてA管、B管2種類用意する)なんだけど、B管を持ってステージに出ていっちゃった。

【樫本】あららら。

【大前】セカンドに「お前のよこせ」と言ったら「嫌です」と言うから、しょうが
ないから全部半音下げて。

【樫本】うわー。それって大変ですね。

【大前】ソロがすぐに出てくるでしょう。きつかったけど、あの頃はまだそれができた。この間、ベルリン・フィルで「未完成」をやっていたときに、私は半音下げて今でもできるかなと思いながら聴いてました。もう全然無理(笑)。

【樫本】ホルンも一音上げたり、すぐできますよね。管楽器の人はすごいな、と思います。僕ら弦楽器の人間は絶対無理です。

【大前】だから自分を中心に宇宙が回っている感じ(笑)。

【樫本】ヴァイオリニストの感覚ですよ、それは(笑)。

■アンドレア・グヮルネリを所有

【大前】今日持ってきてらっしゃるヴォイオリンはどちらのですか?

【樫本】昔、親が購入したものでアンドレア・グヮルネリ(グヮルネリはイタリア北部ロンバルディア地方のクレモナ出身の弦楽器制作者一族で、アンドレアはグヮルネリファミリーの初代)です。その後ストラディヴァリウス(ストラディヴァリが制作)を3台くらい使わせていただいて、またこれに戻ってきたという感じです。

【大前】じゃあ、ご自身のヴァイオリンなんですね。ストラディヴァリウスのような名器はスポンサーがいて、貸してくれるケースもあるようですけど。

【樫本】よくあるパターンですね。

【大前】何年か前、日本人のヴァイオリニストがドイツの税関で愛用のヴァイオリンを没収される事件がありましたね。

【樫本】堀米(堀米ゆず子 ベルギー・ブリュッセル在住のヴァイオリン奏者)さんの話ですよね。フランクフルト空港で。

【大前】あれは何だったんですか。私は依然として理由がわかってない。

【樫本】税関の問題ですね。手荷物扱いで持ち込んだヴァイオリンが税関に引っかかった。EU内で買った楽器ならよいのですが、EU外で買った楽器は仕事用でも輸入扱いになる。

【大前】だって本人がずっと愛用していたんでしょう?

【樫本】そうです。堀米さん、日本で買った楽器をヨーロッパに持ってきて、ヨーロッパに住んでいる人ですから。

【大前】愛用のヴァイオリンだって、きっともとはヨーロッパで作られたわけでしょ。

【樫本】そうなんですが、一度、EUの外に出ているじゃないですか。昔はそんなに厳しくなかったんですけど、今は買い取った場所がEU外だったら輸入しなきゃダメだと。

【大前】EU内で買ったか、EU外で買ったかわかるんですか? 税関で。

【樫本】いや。証明しろと言われるんです。僕も言われたことが何回もある。

■ドイツの場合、楽器の輸入関税は19%!

【大前】へー、大変ですね。持って歩くのも。

【樫本】ドイツの場合、楽器の輸入関税は19%ですから。

【大前】名器なら1億円なんてざらだけど、関税は1900万円。それは無理だ。だから長いこと差し押さえられていたんですね(後に当人に無償返還されている)。

【樫本】その場で払えと言われても、そんな現金、持ち合わせていませんから(笑)。僕も楽器を置いていかなければならないことがありました。

【大前】常に証明書を持ってないといけないね。

【樫本】今の楽器はドイツで買ったものなので、買ったときの契約書も入ってます。意味なく面倒ではありますね。

【大前】ウチの奥さんがオーボエを吹いていた頃、フランス人の友達にいいオーボエ(ローレー製)を買ってきてもらった。そうしたら日本の税関で「これはお前のか?」って。「そうだ」と答えたら「吹いてみろ」と言われた(笑)。なんやかんやで最後は許してくれたみたいですけど、オーボエだけは素人には吹けない。

【樫本】無理ですね。日本も厳しいんですね。

【大前】昔はね。日米貿易戦争で日本は輸入が足らないと叩かれたから、今はゆるゆる(笑)。ドイツのいいワインを持ち込んでも、いくらも税金取られない。原価が高くても安くても1本300円くらい。あいつら価値わからないから。

【樫本】ホントですか(笑)。

■プレッシャーがないから、ある意味楽でした

【大前】樫本さんのキャリアを拝見すると、本当にとんとん拍子で階段を駆け上がったようにしか思えないけど、何かこれが契機だな、というようなことはあったんですか?

【樫本】どうなんでしょうね。子供の頃って、やっぱりなんか必死でやっているところもあれば、やらされていることだけをやっていることもありますし。ヴァイオリンをやめようと思ったこともあります。自分がどうなってやろうみたいな、そういう責任感はなかったと思うんです。プレッシャーがないから、ある意味、楽でしたね。オーケストラに入ってから、それはちょっと変わりました。

【大前】コンマスだもんね。レパートリーも強制的に広がっちゃうし。

【樫本】そうですね。もう信じられないくらい新しい楽譜を次々と読んでいるので。

【大前】他の団員もそうなんでしょう?

【樫本】みんなそうです。始めたときは誰でもそうですから、特別なことじゃないと思うんですけれど。

【大前】とはいえベルリン・フィルは芸域が広いから。

【樫本】同じ曲をやった記憶がそんなにないですからね。もう7年いますが、同じ曲をやったのは2曲ぐらいですね。本当に変な曲がいっぱいありますから、僕らは。

【大前】日本では耳にしたことがないような曲も結構ありますよ。

【樫本】でも決して悪い曲じゃない。

【大前】そう、そう。とにかくベルリン・フィルは弦と管のバランスがすごくいい。アメリカの某オーケストラなんて管だけ素晴らしくて、弦はガクッと劣る。しかもいつまで経っても直さない。ああいうのは何ですかね。

【樫本】どうでしょう、文化とトラディションの違いもあると思いますけどね。

■“樫本追っかけ”の私としては忙しくなる!

【大前】これは多分言えないと思うけど、ベルリン・フィルを一定期間経験して、次のフェーズというのは何か描いていらっしゃいますか?

【樫本】いや、正直なところ何も考えていないです。オーケストラをやって、ソロをやって、室内楽もやって、ヴァイオリニスト活動としてはいろいろやらせていただけているので、これを大きく変える必要はないのかな、と。

【大前】なるほど。でも、“樫本追っかけ”の私としては忙しくなる!

【樫本】今のところ、全部楽しい。どこかつまらないと思ったら、それを切ってしまっているでしょうから。

【大前】そうか。仲間はどうやって集めるんですか?

【樫本】何のですか? 室内ですか?

【大前】たとえばオクテット(八重奏団)とか。

【樫本】ベルリン・フィルのオクテットはもともと80年以上の歴史があるグループなんです。当然メンバーは変わっていくわけで、前回少し大きめなメンバー交代があったときに、「お前、やりたくない?」って声をかけてもらいました。

■日本人にとって誇りや勇気の源泉になる

【大前】栄えあるベルリン・フィルの第一コンサートマスター、日本人としては2人目(1人目は安永徹氏)ですけど、他方で日本の赤穂・姫路にもしっかりアンカーを打って活躍されている。そういう日本人は非常に希です。私も日本企業のグローバル化をずっと手伝ってきましたが、それを育つ過程で自然体でやられて、世界の第一線で活躍されているというのは素晴らしいことだと思う。

私は日本人にもっと外向きになってもらいたいと思ってビジネスの世界で活を入れているんですけど、「自分には無理だよ」と思っている人も多い。そういう人たちに樫本さんの活躍のレンジを知ってもらいたいと思う。

小澤征爾さんの『ボクの音楽武者修行』(新潮社)という本があるんですよ。昔、それを読んで私はすごく刺激を受けた。24歳で一人バイクに乗ってヨーロッパを旅してブザンソンの国際(指揮者)コンクールで優勝し、カラヤンやバーンスタインのような一流と出会う。彼も世界に打って出ようという世代の人なんですね。

やっぱり樫本さんにも音楽のメッセージはもちろん、ご自分の人生やものの考え方を本に書いていただいて、パーソナルヒストリーを多くの日本人にシェアしていただければと思います。日本人にとって誇りや勇気の源泉になるし、課題の克服の仕方とか学びもたくさんあるでしょう。

世界に行きたいと思っている日本人に、コンフォタブル(快適)に国内に安住している日本人に対して贈り物をして欲しいなと思う。今後のますますのご活躍、お祈りしています。

【樫本】ありがとうございます。

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樫本大進(かしもと・だいしん)
ヴァイオリニスト。1979年ロンドン生まれ。1996年のフリッツ・クライスラー、ロン=ティボーの両国際音楽コンクールでの1位など、5つの権威ある国際コンクールにて優勝。マゼール、小澤征爾、ヤンソンスなどの著名指揮者のもと、数々のオーケストラと共演。室内楽においても、クレーメル、バシュメット、堤剛、パユなど世界有数のソリストと共演し、2007年には自ら音楽監督として「ル・ポン国際音楽祭〜赤穂・姫路〜」を開始。2010年、ベルリン・フィル第1コンサートマスターに就任。使用楽器は1674年製アンドレア・グヮルネリ。樫本大進氏の最新情報は、https://www.japanarts.co.jp/artist/DaishinKASHIMOTO に掲載中。
◆パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団 第1880回定期公演
サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 作品61 を演奏
2018年2月16日(金)19:00 NHKホール 2月17日(土)15:00 NHKホール(問)N響ガイド 03-5793-8161
◆樫本大進&キリル・ゲルシュタイン デュオリサイタル 日本ツアー
2018年6〜7月開催予定。詳細後日発表。 (問)ジャパン・アーツぴあ 03-5774-3040

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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一、ヴァイオリニスト 樫本 大進 構成=小川 剛 撮影=大沢尚芳)