黄色いベルリンの地下鉄車両とアディダスの定期券付きシューズ(Photo by @overkillshop | Overkill)

ベルリンの若者たちの間で、あるスニーカーが話題になっている。事情を知らない人が見れば、ちょっと派手なアディダス製のシューズ。しかし、実は年末まで有効の市内交通全線定期券が縫い込まれている。限定500足、しかもアディダスとのコラボ商品とあって、発売の4日も前から路上にテントを張って待つ人が現れる大人気となった。「定期券付きの靴」と聞くといかにも奇妙だが、「沿線の有名グッズ+1日乗車券」のコラボなら、日本の地方鉄道で応用できそうなアイデアかもしれない。

この定期券付きシューズ。はたしてどんなモノなのだろうか――。

価格は年間定期券の5分の1

今回のプロジェクトは、ベルリン交通局(BVG)が今年90周年を迎えるのに合わせて行われたものだ。ベースとなる靴はアディダスが1991年から販売している人気モデル「EQT」に、地下鉄のシートの柄と同じデザインを施した。聞くところによると、ベルリンの壁崩壊が1989年の末だったこともあり、EQTは発売当時、旧東ドイツの若者の間で「西側の代表的なアイテム」としてもてはやされたという。


Jahresticketとは「年間乗車券」のこと。靴には通し番号も打ち込まれた(Photo by @overkillshop | Overkill)

問題の定期券は写真を見るとわかるように、靴のタン(ベロ)に縫い付けてある。「Jahresticket」とは「年間乗車券」の意味で、これでベルリン市全域(同市の料金タリフのゾーンAとB)を走るあらゆる公共交通機関に2018年の年末まで自由に乗ることができる。ゾーンAとBをカバーする年間乗車券は現在で1枚761ユーロ(約10万03000円)だが、今回のコラボ靴はなんとその5分の1にあたるわずか180ユーロ(約2万4000円)で売り出された。そもそも切符としても安い、しかもアディダスの靴、とあって、注目を浴びないはずがない。

1月16日(火)の朝、ベルリン市内のアディダスショップ2カ所で発売された。現地の報道によると、当日の深夜1時には2つの店舗の前には発売予定数を上回る550人が列をなしていたという。最も早く来た人はなんと前週の土曜(13日)で、店の前の路上にテントを張り、氷点下に下がる厳しい気候の中、3泊4日も過ごしていた。

ところで、「定期券付きの靴」をどうやって改札機に通すのか?といった疑問を持つ読者もおられるかもしれない。

ベルリンを含むドイツでは、改札口が全くなく、乗客はなんらかの切符を必ず持っているという前提で成り立つ「信用改札」の制度が導入されている。したがって、「靴にチップが埋め込んであって、ETCゲートのような改札機を通るとOK」などといった仕掛けがあるわけではない。なので、どんな形状の切符であってもその区間に有効でさえあれば良いわけだ。

こんな例もある。街の北西にあるベルリン見本市会場(メッセ)で開催されるイベント入場券には一日全線乗車券が刷り込んであり、参観者は自由に街の乗り物を使ってベルリンを巡ることができる。おかげで1日数十万人が集まるイベントでもほとんどの参観者は公共交通機関で会場を訪れるので、道路渋滞の心配も解消するわけだ。

履いて乗らないとチケットとして無効

今回のコラボ企画は、靴としてはやや高いが、乗車券としてはとても安い。そこで、BVGはこんな厳しい規定を定めた。「この靴の保有者は、必ず自分で履いて電車に乗ること。ただ持っているだけでは乗車券として無効」――。


靴の図柄は地下鉄車両の座席の布から得たものだ(Photo by @overkillshop | Overkill)

とはいえ、これから年末まで11カ月あまりある。毎日履き続けたらぼろぼろになってしまうかもしれない。「アディダスは靴の耐久テストでもやりたいのか?」と揶揄する人もいるが、現地の報道をつぶさに調べてみると大方の予想は「誰も履かない」。「今回並んだたいていの若者は、コレクターズアイテムとして持ちたいのであって、自分で履くとは思えない。新品で持っていたほうが高く売れるから――」との見立てだ。

実際に発売前にはすでに、行列の前のほうにいた若者が「600ユーロで売る」とオークションサイトに上げていたというし、発売開始から1時間後には1200ユーロ近くまで値段が上がっていた、との情報もある。レアアイテムの需要と供給関係はいずこも同じということか。

欧州では、鉄道グッズのひとつのトレンドとして、今回のコラボ企画のように、鉄道車両のシートの柄と同じデザインを使った商品がけっこうな人気を博している。アディダスのライバルに当たるナイキもすでに同じような仕掛けで、ロンドン地下鉄の各種デザインを靴に刷り込んだことがある。しかしさすがに切符を付けるところまではやらなかった。

さて、「靴に定期券」というアイデアだが、はたして日本でも応用できないものだろうか。近年、多くの鉄道会社は、記念品になるような一日乗車券を発売している。最近、筆者が見かけたものとしては、伊豆箱根鉄道駿豆線の乗り放題乗車券がその例だ。「硬券素材で三嶋大社の授与品『三嶋駒』をイメージして製作」したとある。当然、記念に持って帰れるようになっている。

地元の素材で作ったバッグやスカーフは?

ベルリンの例を応用するとしたら、たとえば地元の素材で作られたバッグなり、スカーフなりに券面部分を刷り込み、それを乗り放題チケットとして使ってもらうというアイデアが考えられる。


コラボ靴を掲げる、BVGのニクッタ会長(Photo by BVG/Oliver Lang)

目立つデザインなら、一目で観光客とわかるし、それを持って歩く人には「沿線でのショッピングで割引」といった仕掛けも考えられる。

今回のコラボについて、BVG会長のシグリット・ニクッタさんは「どう、これ、格好良いでしょう?」と胸を張る。「(靴がこれほどまでに話題となったのは)われわれ交通局にとっても素敵なこと。このデザインが街の象徴のひとつになったように思う」と喜びを隠さない。

はたして、ベルリンの例に負けないようなユニークな「チケット&商品」のコラボが日本で生まれるだろうか。