「相対的剥奪指標」というデータで見ると、国民が貧困によって生活のどんなものをあきらめているかがわかる。日本の現状はかなり深刻だ(写真はイメージです)

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「健康で文化的な生活」への
距離を測るもう1つの指標

 2018年1月22日、通常国会が開始された。審議対象の1つである政府予算案には、厚労大臣が「最大5%引き下げる」とした生活保護基準が含まれている。5年おきに見直される生活保護基準は、2013年の見直しに引き続き、子どものいる世帯に対する引き下げ幅が特に大きい。しかし日本にとって、子どもの貧困の解消は重大な取り組み対象の1つではなかっただろうか。いずれにしても、国会で活発な議論が行われるだろう。

 今回は目の前の切実すぎる問題を、「相対的剥奪指標」から俯瞰してみたい。生活の「あきらめ指標」と言い換えてもよいだろう。2017年に開催された社保審・生活保護基準部会での重点的検討課題の1つでもある。

 試行という位置づけではあったが、同部会報告書の28ページには、「この検討の結果(略)ひとり親世帯は他の世帯類型に比べて、生活水準が低い可能性があることを確認した」と記述されている。にもかかわらず、ひとり親世帯は大幅な引き下げ対象になっている。

 生活保護世帯に限らず、可処分所得は「できる指標」だ。可処分所得が増えれば、購入できるモノ・サービスや実現できる希望が増えていく。しかし厳しい家計の中での「何を実現するか」の選択は、「何をあきらめるか」の選択と裏腹だ。一見、貧困状態にあるとわかりにくい「見た目」の裏にある「あきらめ」を数え上げれば、「実は相対的貧困状態にある」という事実が明らかになるかもしれない。

 生活の「あきらめ指標」として広く用いられているのは、相対的剥奪指標だ。

 可処分所得が下がると、何かを断念しなくてはならなくなり、「剥奪」が起こる。人によっては、「ポルシェの新車に乗れない」「タワーマンションの最上階に住めない」「子どもを私立大学の医学部に進学されられない」といったことを「剥奪」と感じるかもしれないが、日本の多くの人々はそれらを「ゼイタクな悩み!」と冷笑しそうだ。

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