1月12日に連立協議入りで合意。左からホルスト・ゼーホーファーCSU党首、メルケル首相、マルティン・シュルツSPD党首(写真:ロイター/アフロ)

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、社会民主党(SPD)が1月21日の臨時党大会で、大連立へ向けた交渉開始を決めた時、安堵の表情を見せた。この党大会での決議は、大連立政権を復活させる上で、最大のハードルだったからだ。首相は、過去数カ月にわたって、「一刻も早く安定した政権を樹立するべきだ」と繰り返してきた。

ドイツでは、昨年9月末の連邦議会選挙から約4カ月経っても、新しい政権が誕生していない。このような異常事態は、第2次世界大戦後一度もなかった。だが今回のSPDの決定によって、政権の空白というトンネルに一筋の光明が見えてきた。メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)とSPDは、党大会に先立ってまとめ上げた新政権の政策アウトラインに基づき、連立協定書の合意を目指して本交渉を始める。交渉が順調に進めば、今年3月には、メルケル首相に率いられて新政権が誕生する。

EUはSPDの連立参加の決定を歓迎

SPDの今回の決定について、ドイツの国外と国内では反応が大きく異なっている。まず国外では、SPDの決定を称賛する声が強い。たとえばEU(欧州連合)で経済問題を担当するピエール・モスコビチ委員は、「SPDはこの決定によって責任感の強さを示した」と称賛。欧州委員会のジャンクロード・ユンケル委員長も、「今回の決定は、欧州の団結を強化する上で朗報だ」という声明を発表している。EU幹部が、一政党の党大会の決議の結果を称えるコメントを出すのは、異例のことだ。

EU幹部がSPDの決定を高く評価したのは、彼らが、一刻も早くドイツに新政権が誕生することを待ち望んでいるからだ。EUのリーダー国であるドイツで、政府不在の状態が長引いていることは、欧州全体の政局運営に影を落としている。

たとえばEUは、欧州経済通貨同盟の改革について、早急に協議しなくてはならない。フランスは、「ユーロ圏財務大臣」という新しいポストを設けて独自の予算を持たせることや、ユーロ圏加盟国の救済機構である「ESM(欧州安定メカニズム)」をIMF(国際通貨基金)の欧州版に発展させることを提案している。またEUは、イスラム・テロやロシアの脅威に対抗するために、独自の防衛体制を強化し、米国への依存度を減らすことを目指している。さらに、将来、北アフリカや中東から欧州を目指す難民がさらに増えると予想されているため、EUの外縁部の警備を強化や、EU加盟国への難民配分ルールについても早急に決める必要がある。

だがEUに最大の影響力を持つドイツで政権が定まっていないために、これらの課題についての協議は棚上げになっている。SPDの大連立承認は、この膠着状態を打破するための重要な一歩だ。ユンケル委員長らがSPDの決定を歓迎したのは、このためだ。

一方ドイツ国内では、手放しの歓迎ムードは希薄だ。「果たして安定した政権ができるのか。結局は『敗者の大連立』になるのではないか」という懸念すら聞かれる。その理由を知るには、時計の針を昨年の連邦議会選挙まで戻さなくてはならない。

ドイツはこれまで、他の欧州諸国と異なり、政治が安定していることで知られてきた。読者の皆さんの中には、「その国でなぜ政局がこれほど混迷したのか」と不思議に思われる方も多いだろう。

その引き金は、3年前の難民危機である。ドイツへの難民流入は、昨年9月24日に行われた連邦議会選挙で大きな地殻変動を起こし、同国の政治的安定という岩盤に深い亀裂を生じさせたのだ。この選挙で多くの有権者たちは、2015年にメルケル政権がシリアなどからの難民約100万人を例外的に受け入れたことについて強い不満を抱き、大連立政権を構成していたCDU・CSUとSPDを厳しく罰した。

CDU・CSUの得票率は前回に比べて8.5ポイント減少し、戦後2番目に低い水準に落ち込んだ。SPDの得票率は、20.5%という結党以来最低の水準を記録した。逆に、有権者たちは排外主義を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の得票率を前回の選挙に比べて2.7倍に増やし、一挙に第3党の座に引き上げた。反EU、反イスラムを標榜する極右政党が、ドイツ連邦議会に議席を持ったのは初めてのことである。


SPD・シュルツ党首の下野宣言で波乱

得票率は大きく減ったものの、CDU・CSUとSPDの議席数を合わせれば、議席の過半数を確保できるはずだった。だがSPDのマルティン・シュルツ党首は、得票率が史上最低の水準まで落ち込んだことを理由に、開票直後に、「野党席に戻って党を立て直す。大連立政権には加わらない」と宣言した。シュルツ氏は、CDU・CSUと大連立を組んだことで、政策が似通ってしまい、独自色が薄れたことが選挙の敗因の1つだと考えたのだ。

このためCDU・CSUは中道保守で企業寄りの政策を持つ自由民主党(FDP)、環境政党・緑の党との四党連立政権を作らなくては議席の過半数を確保できないという事態に陥った。だがFDPと緑の党は、エネルギー政策や難民政策などについて鋭く対立している。リベラルな思想を持つメルケル首相は、交渉の中でFDPよりも緑の党の肩を持つ場面が目立った。怒ったFDPのクリスティアン・リントナー党首は、「主義主張を曲げてまで政権に加わるよりは、野党でいた方がましだ」として、11月19日に交渉から離脱してしまった。第2次世界大戦後のドイツで、大政党が連立政権の樹立に失敗したのは、初めてである。

 この結果、ドイツでは再選挙の可能性が急速に浮上した。その理由は、メルケル首相が「少数派与党政権は、ドイツでは機能しない」と断言していたからだ。だが再選挙となると、政治の空白が今年の夏ごろまで長引く危険がある。フランクヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領は再選挙を避けるべく、各党の党首と会談。特にSPDのシュルツ党首に対しては、野党席に戻るという決定を考え直すよう求めた。シュタインマイヤーは、シュルツと同じSPDに属している。大統領に請われたシュルツは、「下野宣言」を撤回して大連立政権に前向きの姿勢を取り始めた。

筆者はドイツの政局を28年前から定点観測しているが、大政党の党首がこれほど右往左往するのを見たことは、一度もない。SPDの草の根の党員からは、「シュルツは連邦議会選挙の直後には、野党になると断言した。その舌の根も乾かぬ内に、再びCDU・CSUと組み、メルケルを首相の座に押し上げる梯子の役目を務めるのは、我が党の信用性を失墜させる」という強い批判が出た。SPDの代議員の44%が、大連立に反対する票を投じたことは、現在SPDが事実上の分裂状態にあることを示している。

政策アウトラインをめぐり紆余曲折も

SPDの青年部や地方支部では、臨時党大会の直前にCDU・CSUとSPDの幹部らがまとめた新政権の政策アウトラインについても、不満の声が強い。SPDが求めていた所得格差の是正に関する重要な提案が削られたからだ。たとえばSPDは、民間健康保険を廃止して、すべての国民が加入する「市民保険」を創設し、富裕層と低所得層が受ける医療サービスの格差を減らすことを求めていた。さらに、富裕層に対して所得税率を引き上げ、低所得層の税負担を減らすことも提案していた。今年1月12日に発表された、準備協議の合意内容からは、これらの主張は抜け落ちている。

SPD指導部は臨時党大会で代議員たちに対し、「CDU・CSUとの連立協定書に関する本交渉では、医療サービスの格差是正や、難民の家族の呼び寄せに関する規則の緩和などを要求する」と代議員たちに約束した。このため、連立協定書の内容をめぐる議論には、今後も紆余曲折が予想される。

しかしCDU・CSUは準備協議で合意した政策アウトラインを大幅に変更したり、新しい政策を盛り込んだりすることについては、強い難色を示している。

筆者は、SPDの指導部は「CDU・CSUと激しく戦った」というポーズを見せた後に、結局は譲歩して連立協定書に署名すると考えている。シュルツはFDPのリントナーとは異なり、一刻も早く政権を樹立することを優先している。欧州議会の議長を長く務め、ドイツの国内政治の経験が少ないシュルツは、「党を改革して、野党として出直す」という大義名分のために、連立交渉を中断するような胆力は持っていない。

SPD指導部が大連立を支持したもう1つの理由は、再選挙を行った場合、SPDの得票率がさらに下がる危険があることだ。党大会でナーレス院内総務は、「再選挙さえ行えば、我々の政策を実現できるという保証はない。大連立政権の中でも、政策の実行は可能なはずだ」と代議員たちに訴えた。

現在再選挙の可能性は低くなったものの、シュルツの右往左往が原因で、SPDに対する支持率はすでに下がりつつある。1月23日にドイツの世論調査機関Insaが発表したアンケート結果によると、SPDへの支持率は、昨年9月の連邦議会選挙での得票率よりも約2ポイント下がり、18%になった。逆に極右政党AfDへの支持率は、約2ポイント増えて14%に達し、SPDとの差は4ポイントに縮まった。現在の傾向が続けば、SPDがAfDに追い抜かれる可能性がある。

レームダック化する第4次メルケル政権

満身創痍のSPDが出直すには、シュルツに代わる新しい党首を選ぶ必要がある。もしもシュルツが第4次メルケル政権の閣僚になるとしたら、SPDに対する支持率は、さらに下がるだろう。SPDにとってシュルツは、問題の解決者ではなく、問題の一部となってしまっている。

一方、連邦議会選挙で大幅に得票率を減らしたCDUのメルケル、CSUのホルスト・ゼーホーファーともに、もう「過去の人」という印象が強い。

メルケルにとっては、4期目が最後の任期となる見通し。彼女の難民受け入れ決定は、「英仏やEU、連邦議会と協議せずに独断で行い、結果として市民の不安感を強めて、右派ポピュリズムの追い風となった」として強い批判を浴びた。連邦議会選挙でCDUの歴史的な敗北が明らかになった直後に、メルケルが党員たちの前で「私が政策を変更する必要はまったくない」と断言したことは、多くの支持者に強い衝撃を与えた。CDUの草の根の党員の間では、「メルケルは、長年にわたって権力の座にいたために、現実世界に足が着いていないのではないか」という意見もある。

ゼーホーファーもCSUの党首の座には残っているものの、バイエルン州首相の座を今年中にも同州のマルクス・ゼーダ―財務大臣に明け渡す方針だ。彼が党首の座を退くのも、時間の問題だろう。

つまり第4次メルケル政権は、「レームダック(足の悪いアヒル=影響力を失った政治家のこと)」たちに率いられた「敗者の大連立政権」になる可能性が強い。連邦議会選挙で負けた政党が再び政権の座に就くことを、「これは民意の実現ではない」と奇異に感じる有権者も多いはずだ。この4カ月間の政治家たちの迷走が、市民たちの既成政党に対する失望をさらに強めて、極右政党AfDの支持率をさらに押し上げる危険すらある。

大連立政権が誕生しても、伝統政党の危機は終わっていない。ドイツの民主勢力が有権者の信頼を回復するまでの道のりは、まだ遠いと言うべきだろう。