スペインの高速鉄道「AVE」(写真:Alejandro Garcia/EFE)

サウジアラビアで建設中の、メッカとメディナの二聖都を結ぶスペイン製の「ハラマイン高速鉄道」が、2017年12月31日に全行程450kmを2時間52分で完走した。完走できたのは今回が初めてで、時速300kmを超えた区間もあったという。工事着工から5年かけてようやく全行程走行にこぎ着けたわけだが、ここまでの道のりはありえないほど厳しかった。しかも、足元では新たな問題も浮上している。


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通称「砂漠のスペイン高速鉄道(AVE)」。聞こえはいいが、スペインにとっては悪夢のようなプロジェクトに違いない。この問題だらけのプロジェクトを、サウジ2社、スペイン12社からなるコンソーシアムがサウジ鉄道公社から請け負ったのは2011年のこと。当初は、サルコジ元大統領(当時)がフランスの高速列車(TGV)を積極的に売り込んでおり、同国が受注する可能性が高いとみられていた。これに対して、スペインは当時国王だったファン・カルロス1世に応援を依頼し、リヤドまで赴いてアブドラ国王(当時)を説得することに努めてもらった。

ファン・カルロス国王は愛人を同伴していたことが後になって判明したが、サウジ王家とスペイン王家は歴史的なつながりから仲が良い。その効果もあってか、結果スペインが受注。しかし、スペインが受注した本当の理由は、TGVよりもAVEの見積もりが20%安価であったということが決定打だったことが今になってわかっている。

最初からつまずいた

工事は2012年に開始。総工費は67億3600万ユーロ(7400億円)で、完成予定は2017年1月とされた。

ところが、ここからが大変だった。まず、線路を敷くための土台の完成が大幅に遅れた。これはスペイン・コンソーシアムが受注する以前に、中国の企業とサウジの企業によるジョイントベンチャーが請け負っていた工事で、これが完了しないことにはスペイン・コンソーシアムでは線路を敷くことができないという事態に陥っていた。

ようやくこの工事を終えて次に困ったのが、砂漠の砂が線路にたまる問題。特に、メディナから117km地点から227km地点までの区間が砂の堆積が激しく、砂嵐が起きると線路が見えないくらいに砂がたまってしまうほど。そこで解決策として考案されたのが、線路に枕木と砂利を使うのではなく、あたかも舗装道路の上に線路を敷くような形に変えたのである。

しかも、舗装面をいくらか傾斜させて、砂のたまり具合を少なくさせるように。そして、一定の区間ごとにセンサーを設置し、列車が通過したときに発信する音で砂のたまり具合をチェックするというプランも検討されたほか、線路の側面に防禦壁を建設する案も出た。しかし、試験的に試してみたが、どれも効果がないという結論に。線路に沿って砂漠で生存できる木を植林するという案も出たが、この場合は効果を発揮するには時間がかかるということで採用にはならなかった。

この問題で、工事の遅れは深刻なものになっていた。サウジの担当相からは、これ以上の遅れが出るのであれば契約を打ち切る、というお達しがきていた。

しかも、この頃コンソーシアム内でも問題が発生していた。もともと、コンソーシアム12社のうち、10社はスペイン企業だったが、公営、半官半民、民間と3つの異なった組織体が名を連ねており、足並みがまるでそろっていなかったのである。スペイン人は「2人集まれば、3つの意見が生まれる」という気質。リーダー不在の中、コンソーシアムは空中分解寸前の状態にあったようだ。

次は運転手の問題が浮上

しかも、工事の遅れでペナルティ料金まで発生。プロジェクトを受注するために、いろいろ安く見積もったのが災いして損出を覚悟せねばならない工事になっていた。結局、サウジ側が事情を理解してくれて、開通は当初2017年1月の予定から2018年3月に延期するということで相互に合意した。それでも、スペイン側は2017年12月31日までに列車は全行程を運行できる状態にするとサウジ鉄道公社に約束していた。

砂の問題の解決を見ないままに、コンソーシアムが出した結論は線路に積もった砂の量によって通過する速度を時速120km、50km、5kmという3段階に分けて、スピードを制限して走行することだった。5kmとは歩行速度に近いスピードである。しかも、積もった砂の量は運転士が肉眼で判断する、というやや無理のありそうなやり方に決まった。

しかし、問題はこれだけにとどまらなかった。つぎに浮上したのは、運転士の問題だ。コンソーシアムでは、高速列車に熟知したスペイン人の運転士を採用することにしていた。ところが、聖地に向かう列車だと運転士もムスリムである必要があるという要請がサウジ鉄道公社のほうより出されたのである。

そこで、スペインの高速列車の指導員はサウジ人を採用して指導することにした。ところが、彼らの報告によると「サウジの人は注意力散漫、集中力そして活力の面で高速列車の運転には適さない」という結論が出されたというのだ。そこで、同じムスリムでスンニ派のパキスタン人を採用することになった。

12月31日に全行程を試運転する前に、2017年6月にはジェッダとメディナ間を関係当局の官僚を招待して最高時速300kmで試運転を行った。11月には招待客を呼んで同じ区間を走行。そして、最終的に残りのジェッダからメッカをつなぐ78kmを加えて450kmの全行程を走行したというわけである。

今回の試運転にはナビル・アル・アムディ運輸相をはじめ、関係当局の高官らも乗車。企業側からはサウジ国営鉄道の社長やスペイン側のコンソーシアムの社長らも同席した。さらに、スペイン政府代表として在サウジのアルバロ・イランソ大使が同行した。

鉄道は走れるのに、駅舎ができていない!

今回のパキスタン人運転士による試運転では駅での停車は行われなかったが、最終的に営業開始の暁には所要時間2時間11分を目標にしているという。まだ、信号機など安全保安装置(ERTMS)の配備が残されているが、営業開始は今年3月15日となっていた。

ところが、またもや問題が発生したのである。サウジの大手ゼネコン2社「サウディ・オジェール」と「ビン・ラディン」が受注した駅舎の完成が遅れており、少なくともあと1年の歳月が必要だというのである。スペイン側は公約を果たしているのに今度はサウジのゼネコンが遅れの要因をつくってしまった。

ジェッダ駅と空港をつなぐ駅を加えて全部で5つの駅(メッカ、ジェッダ、空港、アブドラ前国王、メディナ)の建設が計画された。メディナ駅が最初に完成する予定だという。

サウディ・オジェール社はジェッダ駅とアブドラ前国王に因んだKAEC駅の建設を請け負い、一方のビン・ラディン社はメッカ駅とメディナ駅をそれぞれサウジ鉄道公社から受注していた。メディナ駅とKAEC駅は建設が順調に進んでいるというが、ジェッダ駅とメッカ駅で工事に遅れが出ており、完成までに少なくともあと1年は必要だとしている。

背景にあるのは資金難だ。ビン・ラディン社は結局8万人を解雇するという事態に陥り、現在工事はトルコとサウジのジョイントベンチャー企業にバトンタッチされている。ちなみに、ビン・ラディン社の創業者ムハンマド・ビン・ラディンの息子のひとりが、あのテロリストのオサマ・ビン・ラディンであった。

一方、サウディ・オジェール社は、レバノンの元首相で、2005年に暗殺されたラフィーク・ハリリがレバノンで建設事業を始めた後に、フランスのオジェール社と合弁で、サウジで建設事業を展開させたのが始まりである。その後、ハリリはオジェール社を買収してサウジでゼネコンの大手企業として発展させた。ちなみに、ハリリの息子、サード・ハリリが後継者で、同氏は現在、レバノンの首相を務めている。

サウジ高速列車は現在、金曜日と土曜日は広報の目的も兼ねて、乗客を招待し、試乗を行っている。というのも、開通した暁にはより多くの乗客を集めたいと考えているからだ。

利用者数は当初予想の3分の1に…

そもそも、このプロジェクトをスペインのコンソーシアムが受注した時には、年間の利用客は6000万人以上になると見込まれていた。しかも、新幹線並みの4分間隔の発車が計画されていたほどである(余談ながら、このような超過密ダイヤを仕切れるのは日本しかない。スペインでも高速列車はほぼ30分間隔である)。

しかし、世界的な不況やテロ懸念、サウジとカタールとの断交などもあって、今では年間の利用客は2000万人くらいが見込まれているという。当初から見て3分の1にまで減少しているのだ。

コンソーシアムの中で、利用客の減少の影響を最も受けるのはスペイン国営鉄道(Renfe)である。同社は営業開始から7年間売り上げの一部を報酬として受け取ることになっており、その後も5年の契約延長も認められている。売り上げが伸びなければ、報酬は期待できなくなる。

また、原油価格の下落に伴ってサウジの財政事情が悪化し、コンソーシアムへの支払いも遅延ぎみになっていた。現時点ではこれまでの未払い金は完済しているというが、コンソーシアム側は受注するために当初工事を安く見積もって応札しており、最終的には当初の見積もりを15億ユーロ(1950億円)ほど上回る金額になる見込みだ。

サウジ鉄道公社では約束どおり昨年末までに列車を走行させたことへの報酬として、コンソーシアムに1億5000ユーロ(195億円)のボーナスと、予想外の出費を補填する意味で2億ユーロ(260億円)を提供することになっている。しかし、それでもこの難工事の赤字を補填するには至らなそうである。こうした事情から、今回の受注はコンソーシアムにとって採算の取れないプロジェクトだったという結論に終わりそうだ。